第八話 ウォーレン・ハイスミスと激突する

「なんでなんだっ!! おかしいだろうっ!! アガタの槍は俺の肩に当たった!! 俺が言うんだから間違いはないっ!! 俺の槍は避けられたっ、手応えもなかったっ!!」


 ウォーレン・ハイスミスが面頬(めんほう)を上げて審判に怒鳴っていた。

 へえ、意外ね。


「君の槍はアガタに当たった、アガタの槍は浅かった、いいね、ウォーレン・ハイスミス」


 審判長が厳かに宣言した。


「ふざけるなっ!! トーナメント馬上槍試合は騎士の誇りを表す場だっ!! そんな不正を見逃して何が騎士だっ!!」


 ゴーバン伯爵が立ち上がった。


「黙れウォーレン、これ以上我が儘を言えばハイスミス家がどうなるか解って言っているのだろうなっ!! 私は寛大な領主だが、いつまでも甘い顔は見せておれんぞっ」

「ぐううっ」


 悔しそうにウォーレン・ハイスミスは黙り込んだ。

 そして私を睨む。


「つ、次は、言い訳ができないほどにあなたを倒す、絶対だ」

「あら、奇遇ね、私もあなたを落馬させるわ」

「しょ、勝負だっ!!」


 なんだか変な笑い方が影をひそめると、まっすぐな騎士の姿が現れたわね。

 ちょっと見直したわよ、ウォーレン。


 私とユニコは旗振り役人に先導されて隣のレーンに移動する。

 行きと帰りで馬が走る側は変わる。

 相手を左側に見て走るのは同じだけれども。


 ウォーレン・ハイスミスは荒々しく面頬を下げた。


『次は落馬させようぜ』

「そうね、じわっと行きましょう」

『けけけっ、相変わらずアガタたんは性格が悪い』

「経験よ」



 中央の赤旗が掲げられる。

 二十馬身向こうのウォーレン・ハイスミスはいきり立っているようだ。


 赤旗が下に振られ、旗持ちの白旗が上がった。


 ウォーレン・ハイスミスはその葦毛の馬に拍車をかけて全速力で突進してくる。

 私とユニコはじわりと進む。

 速度はまだ上げない。


 え? という疑問がウォーレン・ハイスミスの眼に浮かぶ。

 馬鹿ね、相手の意表を突くのが騎馬戦のコツよ。


 ゆっくりと速度を上げて、ウォーレンの馬の勢いが落ちた所でユニコの速度が最速になるように調整した。


 ウォーレン・ハイスミスが槍を突いてきた。

 こちらの槍を彼の槍の下に潜り込ませるようにして跳ね上げる。


「なっ!!」


 すかさず槍を引いて本命の突きをウォーレン・ハイスミスの胴の中央にぶち込んだ。


 槍が砕けて衝撃がまっすぐウォーレン・ハイスミスの胴に伝わり彼は吹き飛んで落馬した。


 私たちはそのまま駆け抜ける。


 観客が爆発するように沸いて、そして、一瞬で沈黙した。


 振り返ると副審の旗が一本も立っていない。

 主審が立ち上がる。


「無効! 事故による落馬だ、取り直しを命ずるっ!!」


 ああ、そうか、落馬させても駄目なのね。

 そうかそうか。


 私は覚悟を決めた。


「伯爵の首を取る、あそこまで跳べる?」

『任せろ、アガタたんっ!』


 貴族を殺して、私はお尋ね者になってしまうけれども仕方が無いわね。

 子供とヘラルドは昔の仲間に頼もう。


 にやけて拍手をしているゴーバン伯爵は観客席の三階。

 馬では絶対に届かない場所だけれども、ユニコーンなら跳んでいける。

 武器は砕けた槍の根元しかないが、かまわない、ユニコの角は必殺の武器でもあるし。


 黒騎士が眼を見張り、立ち上がった。

 殺気を読めるのね。

 出来る物なら、私とユニコを止めてごらんなさい。


「俺の負けだああっ!! 完膚なきまでに落馬させられたのにっ、どうして俺の負けにしてくれないんだああっ!! そんな酷い事があるものかあああっ!!」


 ウォーレン・ハイスミスは地面にうずくまって号泣していた。


「そうだそうだ、汚えぞっ伯爵めっ!!」

トーナメント馬上槍試合をなんだと思ってんだよっ!!」

「こんな不正が赦されると思うなよっ!!」


 平民の観客が立ち上がって口々に怒鳴った。


 主審が苦虫をかみ殺したような顔で観客を見回していた。

 伯爵もすこし不安な色を隠せない。

 黒騎士だけが腰の剣に手をかけて私への警戒を解かない。


 ふう、と、私は息をはいた。

 ここで伯爵を殺すのは簡単だが、それをやるとウォーレン・ハイスミスの心に大きな傷を残すな。

 あいつは馬鹿で変な髪型だが、中身はちゃんとした騎士だ。

 ちゃんとした騎士は私の仲間だ。


「ウォーレン・ハイスミス!! あと一戦できる?」

「え、あ、だが、アガタさん……」

「気持ちを切り替えろっ!! 騎士が泣くなっ!! 最後の一戦で私はお前をまた落馬させてやる、それで決着だ!!」

「だ、だがっ、だがーっ!!」


 まったく大男が泣くな。


「ユニコ、恫喝する」

『まったく、アガタたんはやさしすぎるぜ』


 ユニコを駆って観客席に飛びこんだ。

 柵や桟を蹴って客席を跳んでいく。


 伯爵の目の前まで来ると彼は眼を飛び出さんばかりにして驚愕の表情を浮かべた。

 黒騎士は肩をすくめて剣から手を離した。


「落馬しても決着しないので、伯爵、あんたを殺して逃げようかと思った」

「ば、ばかな……。く、黒騎士!! こやつを斬り捨てろっ」

「伯爵、落ち着いてください……、ユニコーンの角は私の剣よりもずっと速いのです……」

「ちゃんと裁定するように審判に命令しなさい、難しい事では無いでしょう?」

「こ、こんな事をして貴様、わ、わしに逆らって生きていけるとでも」

「今、恫喝しているのは私よ、私の命令に逆らって生きていけるとでも思うの?」


 ゴーバン伯爵は真っ白な顔色になり、ハアハアと荒い息をついた。


「嫌なら、ここで死ね」

「わ、解った、解った、何かの行き違いがあったようだ、そんなにいきりたたんでくれよ、い、今すぐ是正する、わ、ワシは命令とかはしとらんのじゃ、下の者が勝手にやった事だ、すまないすまない」


 汗をかき、真っ赤な顔をしてゴーバン伯爵は取り繕った。

 まったく、嘘ばっかりね。


 黒騎士は満足そうに微笑んでいた。


「なによ」

「君と、ちゃんとした勝負が出来そうで楽しみなんだ」

「ふんっ」


 私とユニコは客席の柵や桟を蹴って競技場へと戻った。


「すげえぜっ!! アガタ奥さんっ!!」

「格好いいわ~~!!」

「アガタ奥さん、バンザーイ!!」


 客席が沸きに沸いていた。


 伯爵は主審を呼んで何か命令をしていた。

 これで、落馬ぐらいは旗が上がる事だろう。


「さあ、早く立ちなさいウォーレン・ハイスミス」

「いいのか、あんたの勝ちなのに」

「私は欲深なのよ、ちゃんと審判に認められて勝ちたいわ」

「わ、わかった、あ、ありがとう、アガタの奥さん」


 そう言ってウォーレン・ハイスミスはまた顔をゆがめてヒーンと泣いた。

 まったく、手の掛かる子ね。

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