第九話 ウォーレン・ハイスミス戦、三本目

 元のレーンに戻った。

 あと一回すれ違い槍を打ち合ったら勝負が決する。

 私は一ポイント取られているから二ポイント以上を取らないといけない。

 というか、落馬させるしか勝ち筋は無いだろう。

 微妙な判定は全てウォーレン・ハイスミスに旗が上がるだろう。


 だが、かまわない。

 実戦では生きるか死ぬかでポイントなんて物は無かったからね。


 気持ちが落ち着いたのかウォーレン・ハイスミスの動きが滑らかになっていた。

 こちらの動きも良く観察しているようだ。


「いやあ、すげえですねアガタさん。ファンになっちまいまさあな」

「ありがとうおじさん」


 旗振り役人のおじさんがニコニコしながら声を掛けてきた。

 あなたが私のファンになると色々と不味いんじゃないかな。


 主審の笛が二回鳴った。

 中央の赤い旗が上がり、振り下ろされた。

 おじさんが持った白い旗がすかさず上がる。


 私はユニコに拍車をかけず、中速で駆けさせる。

 ウォーレン・ハイスミスも落ち着いて馬を襲歩ギャロップで走らせている。

 そう、襲歩ギャロップにも色々と種類があるのよ。


 丁度柵の列の中央で私たちは接敵する。

 ほんの一秒以下で幾つもの手数で攻撃を仕掛ける。


 先のように槍をウォーレンの槍の下に潜り込ませようとしたら蛇のように動いて避けた。

 覚えが早いわね。

 ウォーレンが肩を回して私の胴を突こうとする。

 その突きにまといつくように私の槍を沿わせ、跳ね上げる。


 跳ね上がった槍は正確にウォーレンの兜の面頬に当たった。


 ドガッシッ!!!


 私の槍が砕け、彼の兜は跳ね飛ばされて客席の方へ飛んだ。


 ウォーレンの槍は力なく外れる。

 そのままふらつきウォーレンは落馬した。


 私は柵の端まで駆け抜ける。


 観客が立ち上がり大歓声を上げていた。


 振り返る。


 副審が皆、左の旗を上げていた。

 三ポイント先取で私の勝ちだ。


 遠く地面に倒れたウォーレン・ハイスミスが立ち上がった。

 怪我は無いようね。

 頭部への衝撃で一瞬気を失ったようだ。


「勝者アガタ!! 二回戦進出だ!!」


 重々しく主審が宣言した。

 私はユニコの上で手を上げて観客の歓声に応えた。


『なかなか気持ちがいいな』

「本当ね」


 私はユニコを歩かせて、待機所に向かった。



 待機所の馬房にユニコを放り込んだ。


「おつかれー、勝ったみたいね」

「勝ったわよ、テュール」


 箱の上で寝転んでいたテュールが声を掛けてきた。

 いつの間にかクッションが増えていて快適そうに寝ているな。


 ガッチンがドタバタと走って帰って来た。


「アガタ良くやった!! 儲かった!!」


 ガッチンが金貨が入ってるとおぼしき大きな袋を二つ持ってジャラジャラ言わせた。


「テュールお前の分」

「うおーー、儲かった」


 テュールは小ぶりの袋を貰ってジャラジャラいわせた。

 二人とも良かったわね。


「アガター、お疲れー、後半見てたけど凄かったわ」

「ありがとうゾーイ、嬉しいわ。あなたの仕合は?」

「私は第八仕合だから夕方かな」


 ゾーイが箱の上のテュールを見つけた。


「あら、アガタのお子さん?」

「ちげー、わたしゃアガタより年上だよ、お嬢ちゃん」

「え、ハーフリング?」

「そうそう、テュールと言う、よろしくなー」

「ゾーイ・ドミニオよ、よろしくー」


 テュールはゾーイの手をとってブンブンと振った。

 にこやかにしてると彼女は子供にしか見えないのよね。


 だだだと誰かが走って来て、いきなり土下座をかました。

 私の足下で。


「アガタ先生っ、俺をあんたの弟子にしてくれーっ、ヒャッハーッ!!」


 ウォーレン・ハイスミスであった。


「ぎゃはは、モヒカンモヒカン!」


 テュールが指差して爆笑した。


「俺はあんたに負けたが悔しくもなんとも無かった、あんたみたいな凄腕の騎士を見た事がねえっ、俺を、俺をあんたの弟子にしてくれえっ!! ヒャッハーッ!!」

「ぎゃっはっは、なんだその語尾はっ、チンピラかーっ!」


 テュールは腹を抱えて笑った。


「私はトーナメント馬上槍仕合の師匠とかしないわ、今回の大会が終わったら賞金を持って牧場に戻るし」

「そんな、勿体ないっ! アガタ先生ほどのお方がっ!!」


 ゾーイが土下座をしているウォーレン・ハイスミスの近くへしゃがみ込んだ。


「ねー、ちょっと聞いていい?」

「な、なんだ、女、お前の出る幕じゃあないぞっ、ヒャッハーッ!!」

「その語尾と、あと、その頭は何?」


 あ、それは私も聞きたい。


「お、俺のおにいちゃんが教えてくれたんだ、この髪型でこの語尾だと夜会でもてもてだってなっ、俺のおにいちゃんは凄いんだ、領の会計局の主任だぞっ、ヒャッハーッ!!」

「ぎゃっはっは、わ、笑い死ぬっ!! お、お前、お兄ちゃんに騙されてんぞーっ!!」


 テュールが笑いすぎで箱から転げ落ちた。


「なんだと、そんな事は……、あるまい……」

「私もそう思う」

「私もそう思う」

「ワシもそう思う」

「そう、なのか……?」


 うん、馬鹿だなこいつは。


「あんた、それで夜会で女の子は振り向いてくれたの?」

「そ、それは、無いが、それは俺に魅力が無いからで、か、髪型のせいでは、無いと思うのだが……」

「まったく馬鹿だなあ」


 テュールがゲラゲラ笑いながらウォーレンの背中に乗って懐からナイフを取り出した。


「な、何をする幼女めっ!!」

「動くな動くな、頭に傷がつくぞ、あひゃひゃひゃっ」


 テュールはナイフでウォーレンのモヒカンをシュルシュルとそり落とした。


「ぎゃーっ、なんてことをっ!!」

「おー、意外に男前じゃんよ」

「あら」

「まあ」

「お前、モヒカンよりハゲの方が良いぞ」


 うん、モヒカンよりもはげ頭の方が精悍な感じになったな。

 ゾーイが鏡を見せるとウォーレンはしげしげと自分の顔を見た。


「ほ、本当にこっちの方が良いのか?」

「うん、こっちの方が格好いいよ、モヒカンだと眼がまずモヒカンに行くしね」

「そ、そういう物なのか……」

「うん、男ぶりが上がったわよウォーレン」

「そ、そうですか、アガタ先生」


 ウォーレンもなんだかまんざらでも無いようで、鏡を近づけたり離したりしていた。


 バラバラと待機所に兵隊沢山入って来た。

 そして私たちに槍を向けた。


「アガタ夫人! 伯爵への脅迫により、あなたを逮捕するっ!!」


 あらあら。

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