第七話 待機所には古い知り合いが寝ていた

 ユニコを引いて待機所に戻る。

 ガッチンが手を上げて挨拶してきた。

 木箱の上でテュールが丸くなって寝て居た。

 いつも猫みたいに寝てるわよね。


「……」

「ああ、さっき来た」

「終戦からこっち会ってないのに普通にいつも通りと思ってしまったわ」

「ハーフリングたあ、そういう生き物だぜ」


 テュールが眼を覚まして顔を上げた。


「おはよ、アガタ」

「おはよう、久しぶりねテュール」


 テュールは指を折って考え込み、年月を換算するのが面倒くさくなったのか頭を振った。


「新大陸とかぶらぶらしてた。みんなに会いたくなって帰ってきた」


 そうなんだ。

 ハーフリングってお気楽な生き物なのよね。


「だんだんとあの頃のパーティメンバーが揃ってきたな。きっと最終日には勇者も聖女もくるぞ」

「まさか、二人とも忙しいわよ」


 凄腕の盗賊だったテュールは欠伸をすると、また丸くなって寝始めた。

 猫っぽいわね。


 ガッチンがユニコの蹄鉄を調べている。

 目的がちゃんとあると男性に触られても、この子は大人しくしているのよね。


 競技場の盛り上がりが潮騒のように伝わってくる。

 ここは静かな海の底みたいね。


「アガタ、用意しろ、仕合だ」


 若い兵士がやってきてそう言った。

 私はうなずいて兜をかぶった。


「いっちょぶっとばしてこい。おいテュール、客席に行くぞ」

「あたしは寝てるよ。賭札買って来てガッチン」


 そう言ってテュールは懐から金貨をガッチンに渡した。


「おめえ……、あ、そうだな、待機所の番は頼んだぞテュール」

「まかせとけー」


 そうか、荷物に細工とかされないためにも番はいるのね。

 テュールが来てくれて助かったわ。


 テュールはまた横になって手を振った。

 ガッチンが馬車から毛布を出して彼女に掛けてあげていた。


 私はユニコを引いて待機所を進んで行く。


「あ、アガタ、出場?」

 

 ゾーイが馬房の柵から頭を出して声を掛けてきた。


「そうよ」

「がんばってね、あんな色物に負けちゃだめよ」

「わかっているわよ」


 ありがとう、ゾーイ。



 私はユニコを引いて競技場への門をくぐった。

 仕合用のランス馬上槍は三本。

 本物の金属の槍だと装甲を貫いて人死にが出るから、自ら砕けて衝撃だけを伝える使い捨ての木の槍を使うのだ。

 ガッチンが作ってくれた槍はとてもバランスがいい。


 係員がスタート位置を指示した。

 私はユニコに乗り、長大な槍を持つ。

 二十馬身向こうにウォーレン・ハイスミスの姿が見えた。

 金ぴかで派手な趣味の悪い甲胄だった。


「ヒャッハーッ!! お集まりの皆さんっ!! この僕、ウォーレン・ハイスミスが見事に、牧場の奥さん、アガタさんを倒す所をどうかご覧下さいっ!! 彼女は愚かにも貴族の嗜みであるトーナメント馬上槍試合に割り込み、人妻でありながらユニコーンに乗るという恥ずべき行為をいたしましたあっ!! この僕、ウォーレン・ハイスミスが今から彼女を懲らしめますので、どうかごらんあれっ!!」


 まったくべらべらとうるさいわね。


「奥さんは観客に口上を述べないんで?」


 旗振りの役人が嗤いながら聞いて来た。


「戦場では習わなかったからね」

「お、戦場にいなすったかね、そいつはご苦労な事で」


 旗振り役人はなるほどという感じにうなずいた。


「あんたが戦場上がりたあ思わなかった、頑張ってくだせえよ」

「ありがとう」


 私とユニコは位置についた。

 左側に半馬身ほどの柵が立っていて二十馬身向こうのウォーレン・ハイスミスの所まで続いている。

 選手は柵にそって馬を襲歩ギャロップで走らせすれ違いざま槍で突き合うという競技だ。


 観客席の三階にいる主審が笛を鳴らした。

 彼の下の段にいる三人の副審が白い旗を二本持っていて、右と左の選手の攻撃が有効かどうかを判定する。


 旗振り役人が私の前に旗を掲げた。

 彼が旗を上げた瞬間から一本目の勝負が始まる。


 観客が息をのんで私たちを見つめている。


『へへ、注目されんのも悪くねえな』

「油断したら駄目だからね」

『わかってらあな、アガタたん』


 主審が笛を二回吹いた。

 中央の旗振りが大きな赤い旗を掲げる。

 そして振り下ろされる。

 間を置かず私たちの前の旗が上げられた。


 私は槍を構えユニコに拍車を入れた。


 ドン。


 後ろから蹴られたような加速感。

 観客がユニコの出足に息をのむのが解った。

 ウォーレン・ハイスミスの頬面向こうの眼が見開かれた。


「は……」


 はやい、と言わせなかった。


 ドガンッ!!


 私の槍はウォーレンの肩に当たり木片を飛び散らせて砕け散った。

 彼の槍は私の胴を狙ってきたが体をずらしてよけた。


 そのまますれ違い、私たちは柵の端へと到達した。


 よし、まずは一ポイント先取だ。


「え、なんだあれ? 旗が?」

「え、なんでウォーレンの旗が上がってんだ? どこに当たったってんだよっ!」

「アガタの槍は肩に直撃だろ、ウォーレンの槍は砕けてもねえぞっ!」


 観客が審判席を見て騒いでいた。


 私は審判席を見た。

 三人の副審のうち二人がウォーレンの攻撃の命中の旗を上げ、私の旗は一本も入っていなかった。


 なるほどなるほど、審判も敵なのね。

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