第六話 その名はウォーレン・ハイスミス

 甲胄を着込みブーツを履いて兜をかぶる。

 頬面を付けたから前が見えにくいわね。

 早く慣れないと。


 ガッチンのスケイルアーマー鱗鎧は柔軟性が高い。

 準備運動がてら屈伸したり柔軟をしたりする。

 うん、体はまだ硬くなってないわね。


「良く曲がるわね~~、私なんて、んぐっ、くっ」

「ゾーイ、フルプレートアーマーは柔軟運動に向いていないわよ」

「そ、それでも、地面に手ぐらいはっ」


 構造的に無理なんだけど……。

 お腹のプレートが邪魔するから。


 結局、屈伸で地面には手が届かなくてゾーイは悔しそうな顔をしたあと、はっと気が付いた顔をした。


「そうだ、そろそろ開会式よ、一緒に行きましょう」


 呼びに来てくれたのか、親切な娘だ。


 私は馬房からユニコを引きだした。


「わあ、ユニコーン、白くて綺麗ね~~」

「ゾーイ、あまり近づかない方が……」

「え、どうして、凶暴なの?」

「凶暴じゃないけど」


 ユニコはゾーイに近づき体にすりすりと頬ずりをした。

 この淫獣め。


「わ、人なつっこいっ、わあ……」


 待合所の男どもがそれを見てニヤニヤしているので、ゾーイも気が付いたようだ。

 ばっと後方に飛び退いて両手を前にして振った。


「ちちち、違うからっ!! わたしはその、ちがうんだからっ!!」

「はいはい」

「ち、ちがうもん、私は大人だもんっ!!」

「はいはい」


 まわり中の男どもにニヤニヤが広がる。


 ユニコーンに触れられる娘はおぼことばれるので、年頃の女性は彼らに近づく事は無い。


 ゾーイはユニコから離れて下人から馬の手綱を取った。

 彼女の馬は栗毛の立派な馬だった。


「立派な馬ね」

「そうでしょう、高かったわっ」


 ゾーイと一緒にユニコを引いて馬場へと向かった。

 他の参加者も馬を連れて歩いている。


「これまで参加者の女性は私一人で心細かったんだ、アガタが来てくれて嬉しいよ」

「そうなのね」


 それで彼女は私に懐いてくるのね。


 明るくて綺麗で溌剌とした貴族の娘さん。

 彼女たちが笑って過ごせるような世界を作るためにあの戦争があったと思えば、少しは気が休まるわね。


『ゾーイたんか、いいなあ』


 馬鹿ユニコがそんな事を言うので喉にパンチを入れた。

 まったく、節操のない。


 馬場に十六騎が並んだ。

 チャンピオンの黒騎士は貴族席、ゴーバン伯爵の隣に座っていた。


 ゴーバン伯爵が立ち上がり両手を広げた。


「ようこそ我が競技場へ、春のトーナメント馬上槍試合を無事開催できて私としても嬉しい限りだ。参加選手は十六騎、いずれ劣らぬ……、まあ多少難のある選手もいるがそれは言うまい」


 伯爵は私を見ながらそう言った。


「我が栄光あるトーナメント馬上槍試合にふさわしくない選手は早々に敗退するであろう、そうでなくてはいけない、なぜならトーナメント馬上槍試合は貴族の栄光ある競技なのだから、生まれが卑しい者は実力で叩き出す、若い選手の君たちに、私はそう期待している!!」


 観客席がどっと沸いた。

 競技場には一人として私の味方はいないようだ。

 だが、かまわない。

 よくあることだ。


「十六人のうち、決勝戦で勝ち残った勇者が最後に黒騎士と戦う!! 彼はこの大陸最強の騎士で、一度も負けた事の無い真の英雄だ!! さあ勇者たちよ、雄々しく戦い栄光を掴むのだ!! これより春のトーナメント馬上槍試合を開始する!!」


 わあっと観客席が沸きに沸いた。


 私はその中でただ黒騎士を見ていた。


 大柄の偉丈夫。

 整った顔立ちで漆黒の甲冑に身を包んでいる。


 お前に敗北を教えるのは、私とユニコだ。


「あ、対戦表が張り出されたよ、見に行こうアガタ」


 ……。

 味方じゃないけど、友達は一人出来たわね。


 ゾーイと一緒に対戦表を見に行った。

 私の今日の対戦は……。

 第三仕合ね。

 相手はウォーレンという騎士らしい。


「あらあら、アガタとは決勝まで行かないと対戦できないね」

「それは楽しみね」

「女性の選手による決勝戦は初めてじゃないかしら、そうなるといいわね」

「ひゃっはー、そりゃあ無いぜお嬢ちゃん、なぜならアガタ奥さんはこの僕、ウォーレン・ハイスミスに倒されるからさあっ!!」


 ゾーイと一緒に奇声を上げた大男を見上げてしまった。

 すごい、頭がモヒカンだ。


「あ、はい」

「あ、はい」

「なんだよなんだよっ、テンション低いなあっ!! ぎゃははは、もっと盛りあがって行こうぜーっ!! でも勝つのはこの僕、ウォーレン・ハイスミスだけどなあっ!!」


 私はゾーイと顔を見あわせた。


「馬鹿だわ」

「馬鹿ね」

「えー、酷いよっ、僕は馬鹿じゃあない、未来の英雄ウォーレン・ハイスミスさっ!! アガタ奥さんも覚えておくといいよっ、将来、ああ、あのウォーレンさまと戦ったんだって誉れになるしさあっ、ヒャッハーっ!!」


 というか、うるさいなこいつ。


「正々堂々戦いましょうね、ウォーレン・ハイスミス」

「正直、僕の眼中にアガタ奥さんの姿は無いんだ、僕が戦いたいのは只一人、黒騎士なのさーっ!! ヒャッハーッ!!」


 なんでこいつは舌をだして変な笑い方をするのだろうか。

 何かの病気かもしれないわね。


 ウォーレンは踊るような足取りで葦毛の馬を引っ張って待合所に入っていった。


「もの凄いのが居るわね」

「世界は広いのね」


 ともあれ、あの痴れ者が私の最初の相手だわ。

 ……。

 たぶん一ひねりね。

 全然強そうに見えないわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る