第四話 ゴーバン伯が黒塗りの高級馬車でやってくる

 朝起きてパンとチーズをかじってユニコに乗る。

 誰も居ない牧場だから料理を作る気がしない。

 からっぽの牧場でからっぽな気持ちの私は的を作り、ランス馬上槍チャージの練習をする。


トーナメント馬上槍仕合のルールはどうなってんだ?』

「そういえば、ユニコと槍仕合をしたことがなかったわね」

『俺らは実戦しかしてねえからな』


 私は柵に沿うようにユニコを走らせる。


「柵を左手にギャロップ 襲歩で走らせて、すれ違いざまにランス馬上槍で突き合うのよ」

『ああ、そうか、実戦でも馬は相手の左側に付けるからか』


 人間は右利きが多いので、馬上戦闘の場合相手の左側に位置するように馬を走らせる。

 その方が武器が当たったときの被害が少ないからだ。

 トーナメント馬上槍仕合でも、それを再現する。

 ランス馬上槍を左側の敵に対して突くのだ。

 かなり難しい技術ね。


「首から胴までに一撃を入れたら1ポイント、頭に一撃を入れたら2ポイントよ。3回すれ違って、3ポイント先取した方の勝ち。落馬させたら3ポイントね」

『同点の場合は?』

「馬を下りて武器で闘うわ」

『解った、実戦に比べたら屁でもねえなっ』



 牧場の外に高級馬車が止まった。

 ヤクザが扉を開けて脚立を置いた。


 太って目付きの悪い紳士が下りてきた。

 ゴーバン伯爵だ。


「やあ、アガタさん、ご機嫌はいかがかな」

「あなたの顔を見たから気分が悪くなったわ」


 ゴーバン伯爵は肩をすくめ首を振った。


「これはご挨拶だね、アガタさん。今日は良い話を持って来たというのに」

「聞きたく無いわ、帰りなさい」

「まったく君は気が強いね、そんな所も気に入ってはいるのだが、いい加減にしないと温厚な私も怒ってしまうかもしれないよ」


 私はゴーバン伯爵の言葉を無視してユニコを走らせて的に槍をあてた。


「ブラボー、素晴らしい。それで私のトーナメント馬上槍仕合に参加して、黒騎士を破るとか、たわごとを言っていると部下が言ってきたけれども、本当かね」

トーナメント馬上槍仕合に出るわ」

「私のトーナメント馬上槍仕合には平民の女性は参加できない」

「そう、だったら黒騎士の仕合に暴れこんで賭けをめちゃくちゃにしてあげるわ」

「……。そんな事をしてみろ、ただではおかないぞ……」

「ははっ、どうするつもりなの? 顧客に悪口を言って馬を引き上げさせる? 亭主を闇討ちして神殿送りにする? 残念ね、もうやられてるので怖くないわ」


 ゴーバン伯爵は黙って私を睨みつけた。


「子供たちを殺すぞ」

「信頼出来る人に預けたわ」

「私のトーナメント馬上槍仕合に下賎な女なぞが出る事は赦されない。思い上がるのもいい加減にしろ、お前をさらうなど今すぐにでも出来るのだぞ」

「やってみろ。この場でお前を突き殺す理由が出来て手っ取り早い。さあ、やってみろっ!」


 私が槍をビュンと素振りするとヤクザどもが気圧されたように一歩下がった。


「ほ、本気か、本気でこの街の領主たる私を害そうというのか」

「私に何の気後れがあると思うの? ここであなたを突き殺そうと、トーナメント馬上槍仕合に暴れこんで賭けを台無しにしようと、何の気後れも無いわ。それが嫌ならトーナメント馬上槍仕合に私を登録しておくのね」


 伯爵はゴクリと唾を飲み込んだ。


「あくまで私に逆らおうというのだな、牧場の女房風情が、この私、ゴーバンに」

「あんたはやり過ぎたのよ、もう私を止めるすべは何も無い、黒騎士に頑張るように伝えておくのね」


 ゴーバンは手を上げかけて、止めた。

 だらだらと脂汗が額に流れている。


 いいのよゴーバン。

 この場で戦争を始めても。


「おまちください、ゴーバン伯」


 黒い大きな馬に乗った偉丈夫が牧場に入ってきた。


「黒騎士……」

「このご婦人ですか、俺と戦いたいというのは……。ユニコーン?」

「元ヴァルキリーのアガタよ、黒騎士さん」

「……、あ、あなたはっ!」

「なによ」


 黒騎士は笑い始めた。


「ゴーバン伯爵、俺はこの人と仕合がしたい」

「いや、だが、こんな牧場の女房と……」

「どうしてもやりたいのです」

「お、お前がどうしてもと言うなら……、しかし、なぜだ?」


 黒騎士はこちらを見て笑った。

 どこかで彼と会った事があるかしら?

 見覚えが無い。


「ユニコーンに乗るヴァルキリー上がりの女騎士と戦うのも興行として盛りあがりましょう。もちろん、トーナメント馬上槍仕合なので彼女が俺の所まで勝ち上がって来たらの話だが」

「お、お前がどうしてもというなら、解った。女、明日からのトーナメント馬上槍仕合に選手登録をしておく、せいぜい頑張るのだな」


 黒騎士はにんまり笑ってウインクした。


「別に恩には着ないからね黒騎士さん」

「必ず俺の所まで駆け上がってこいよ。待ってる」


 ゴーバン伯爵は馬車に乗り込んだ。

 黒騎士は馬を回頭させ、去って行く。


「いけ好かない感じね」

『そうとうやるなあいつ、難敵だぞ』

「あはは、何を言ってるのよ、あの頃の敵に比べたらなんでもないわよ」

『ああ、違いねえ』


 さあ、トーナメント馬上槍仕合は明日からだ。

 首を洗って待っていろ、ゴーバン伯爵め。

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