第三話 赤髭のガッチンの店へ行く
店に入ってきた私を見てガッチンは腹を抱えそっくり返って大笑いをした。
このドワーフは……。
「そうかそうか、甲胄だな。ああ、良いぜ今は店のディスプレイにしてるけどよ、灼熱のアガタが復活すんなら仕方がねえや、ぎゃっはっは」
「話が早いわね」
「いつお前がゴーバン伯爵の城にカチコミに行くか楽しみにしてたんだぜっ、もちろん
今回はパルチザンは要らない。
「得物は
「……、ぐわっはっはっ!! そうかそうか、トーナメントかっ!! 伯爵の面子をぶっ潰すんだな、ぎゃっはっは。まかせろまかせろ、バランスが良いすげえ当たる
「お金は無いのよ」
「かまわねえかまわねえっ!! ぎゃっはっは、お前はトーナメントに出る。俺は有り金全部をお前に掛ける。お前は勝つ、俺は大もうけだっ!! ああっ、まったく痛快だ、あの頃みてえだなっ! アガタ!!」
「手伝って、くれるの?」
「あったりまえだっ! お前に何度命を救われたと思ってんだっ!! ああっ?」
「私もガッチンに何度も命を救われたわ……」
「救ったり救われたりだ、だから戦友ってのは一生もんなんだぜっ!!」
鼻の奥がキーンとしてきた。
私がかがみ込んで目を押さえるとガッチンは背中を撫でてくれた。
「泣くな泣くな」
「だって、もう何年も会ってないのに、こんなに……」
「ばっか、十年やそこらで戦友の絆が消えるかよ」
ガッチンの大きな手でポンポンと背中を叩かれて、さらに涙が出てきた。
ガッチンは店のショーウインドウを後ろから開けて甲胄を取り出した。
懐かしい、娘時代に着ていた
彼はそれを私の体に当てる。
「ぬああ、あちこち出っぱって直さないと着れねえな」
「娘時代の物だからね。結婚する前にはもう寸法が合わなかったわ」
「フルプレートじゃなくて良いのか?」
「ガッチンの鎧はフルプレートよりも堅いわ」
「へへ、解ってんじゃねえか」
ガッチンは満面の笑みを浮かべた。
彼の作る甲胄は軽くてしなやかで、それでいて堅かった。
何度も何度も命を救われた。
「兜の方は頬面つけねえといけねえな、トーナメントは何時だ?」
「明後日から始まるわ」
「解った、
「ありがとうガッチン、本当にお金はいいの?」
「いらねえ、ユニコの飼い葉代にでもしろ」
私の兜はヴァルキリー様式で顔が出て両脇に羽が付いている物だった。
トーナメントではヘルメットを狙うと高得点なので頬面を付けないと危ない。
私は懐かしい兜を撫でた。
私はガッチンにお礼を言って店を出た。
『次はどこだ?』
「神殿に、ヘラルドのお見舞いに行くわ」
『亭主か、具合はどうなんだ?』
「昏睡中で、まだ、目が覚めないわ」
『でかい奴だったが喧嘩は弱そうだったからなあ』
「あの人は意外に強いわよ。悪口言わないで」
『男はみんなユニコーンの敵だ、世界がみんな処女で出来てればいいのに』
「馬鹿ね、そんな綺麗な世界はすぐ滅んじゃうわよ」
『ちえっ、世界はままならないぜっ』
ユニコを引いてとぼとぼと歩く。
いつの間にか日が暮れて頭上には小月が昇り赤く光っていた。
赤い小月は凶兆というけれど俗信だって私は知っている。
あの戦いは黄色い大月の時に起きたもの。
「面会は夕方までです、お引き取り下さい」
仮面を付けたみたいな無表情なシスターが入り口に立ち塞がって、そう言った。
「そ、そうですか、あの明日は何時からですか?」
「犬の刻からですが、来ても無意味です、ヘラルドさんはまだ昏睡状態です」
「そ、そうですか……」
「ヘラルド牧場の財政状態が悪いと風の噂で聞きましたが治療費は払えるのでしょうね」
「は、はい、払えますよ。今持ち合わせがあります」
セギトとガッチンがお金を受けとってくれなかったので余裕はある。
シスターは袋ごと金貨を奪い取り中身を数えた。
「来月まで、これで治療しましょう。今、領収書を書きます」
「お願いします」
シスターは薄い羊皮紙に領収書を書いてこちらに渡した。
「貴族さまにたてついた上にゴロツキと喧嘩をして怪我をするなんて、領民の風上にも置けませんよ、ヘラルドさんが起きて何か問題を起こしたら、すぐ出て行ってもらいますからねっ」
「はい、よろしくおねがいいたします」
ふんっ、と鼻を鳴らしてシスターは神殿の中に入っていった。
『あれだからババアは駄目なんだっ!! 滅ぼすべき存在だっ!! 角で突いていいか、アガタ!』
「駄目よ、別に意地悪で言ってるわけじゃないし、この街で治療院はここだけなんだし」
『くそうっ!! ババアめっ!! ババアめっ!!』
「暴れないでっ」
激しく暴れるユニコを引いて、牧場に帰り彼を馬房につないだ。
ヘラルドも、子供達もいない牧場はなんだか空っぽな感じがした。
台所でパンを一つかじり、寝室に戻り、寝た。
明後日からが勝負だ……。
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