第二話 子供を親友に預ける

 ユニコから下りてハゲ髭を縫い止めているピッチフォークに手を掛けた。

 思いっきりランスチャージしたので壁に深く食い込んで抜けない。

 足を壁に掛けて思い切り引くとスポンと抜けた。


 ハゲ髭は喉を押さえてゲハガハと咳をした。


「あ、ありがとう、助かったぜ」

「殺すつもりでチャージしたわ、運が良かったわね」

「お、おお怖ええっ」


 ハゲ髭は震え上がった。


「なあ、奥さん、マジにゴーバン伯爵に逆らうつもりか? 俺が言うのもなんだがやめておいた方がいい、貴族には逆らうもんじゃあねえよ」

「もう引き返す事が出来る地点は過ぎたわ、突撃していくだけよ」

「かなう訳ねえよ」

「ゴーバン伯の事業も潰すし、黒騎士も倒すわ」

「無理だ無理だ、奥さんじゃ勝てっこねえよ、この国中の騎士が総掛かりでも黒騎士には勝てねえんだぜ」

「ふん、対戦相手の馬に細工をしてくれって調教師に頼むような騎士が強いもんですか」

「そいつは違う、馬の細工なんか本当はいらねえんだよ。ただ閣下は完璧を期すお方でよう、それであんたの牧場に話を持ちかけたって訳さ、黒騎士さまの実力は本物だぜ」

「うるさいっ、伯爵のところにお帰りっ!! また壁に縫い止めるわよっ!」

「解った解った、だが、気を付けてくれ奥さん、俺たち以外にも伯爵の手の者は多いからよ、じゃあな」


 そう言って、ハゲ髭は馬房を出て行った。

 意外におしゃべりなヤクザだったわね。


『なるほど』

「そういう訳なのよ」

『ゴーバン伯爵とやらの馬上槍試合トーナメント相手の馬に細工を頼まれて断ったんだな』

「うちの人、真面目だから」

『それで嫌がらせを受けて牧場が破産しかけか、旦那はどうした?』

「ゴロツキに袋だたきにされて、神殿に入院してるわ……」

『それはムカつくな』

「ゴーバン伯爵は馬上槍試合トーナメントの賭けで荒稼ぎしていてそれを誇りに思ってるわ」

『俺とお前で馬上槍試合トーナメントで勝ちまくって賞金を奪ってと伯爵のプライドをぶっ潰そうってんだな』

「協力してほしいの、ユニコ」

『解った、俺は非処女は乗せねえと誓っていたんだが、そういう事情じゃあしょうがねえ、一肌脱ぐぜ、アガタ』

「ありがとう」


 感極まってユニコの頭を抱いたら、臭そうに顔にシワを寄せたので鼻筋にパンチを食らわせた。


『いってえなあっ、ババア臭いんだからしょうがねーだろっ!』

「もう、絶対コロスっ!」


 バンバンユニコを叩いたあと、手綱を持って引いた。


『どこに行くんだ』

「友達の家に子供を預けに行くわ。人質にされるかも知れないし」

『そっかっ、そっかっ、コンチャちゃんとアマラちゃんなら俺に乗せてもかまわないぜ、うっひょーっ』

「……あんたとは長い付き合いだったけど、こんな変な性格をしてるとは思いもしなかったわ」

『ユニコーン界の掟で、喋れる事は秘密にしてんだよ』

「絶対に正解ね」


 心優しい頼れる相棒だと思っていた少女時代の私が馬鹿みたいだわ。


 ユニコを母屋に引いていった。

 コンチャはアマラの手を引いてドアを開けた。


「おかーさん、だいじょうぶ?」

「大丈夫よコンチャ、これからセギトのおばさんの所に行こうね」

「ゆにこーゆにこー」


 アマラが笑いながらユニコの近くに来た。

 ユニコは優しくアマラの頬に顔を擦り付けた。


 二人をユニコに乗せ、引いて歩く。


 牧場はすっかり空になってしまった。

 夫が頑張って繁盛させていたのに、もう見る影も無い。

 ゴーバン伯爵に睨まれたと知った瞬間、調教を依頼していた顧客は一斉に馬を余所の牧場に移した。

 売れる馬は全て売って、借金の返済にあてたが、まだまだ残っている。

 広い牧場は夫の夢だった。

 春先に借金をして建物を新築したのが仇になった。


「おかあさん、かなしそう」

「そんな事無いよ、大丈夫大丈夫」

「ゆにこーはしえーっ」


 アマラの声でユニコが微笑んだ気がした。

 ユニコーンは純粋無垢な物が好きだから。


 私は世俗にまみれてすっかりと汚れてしまった。

 でも、後悔はしていない。

 夫を愛しているし、子供は可愛い。


 何時までも娘じゃないのよね。

 自然と落ちた肩をゆすって気持ちを引き上げる。



 セギトの家は高台にあってお花が沢山咲いていた。

 彼女は私の姿を見つけて柔らかく微笑んだ。


「セギト」

「まあ、どうしたのアガタ? まあまあ、コンチャちゃん、アマラちゃん、大きくなったわねえっ」

「ごめんなさい、少しの間、この子達を預かって欲しいのよ」

「それはかまわないけど、どうしたの?」

「理由は聞かないで、一週間ぐらいしたら迎えにくるから」

「そう、解ったわ、コンチャちゃん、アマラちゃん、いらっしゃい、来てくれて本当にうれしいわよ」

「こんにちはあ」

「こんちわう」


 セギトは二人を抱き下ろした。

 彼女に預けておけば二人の子供は安心だ。

 王宮薬師の彼女の家ならば伯爵の部下たちも手出しは出せまい。


「これ、少ないけど」


 私は小袋に入れた金貨を差し出した。

 彼女は首を横にふった。


「いらないわ、私は子供が産めなかったから、本当にコンチャちゃんとアマラちゃんが自分の娘みたいに思えるのよ」

「でも……」

「それよりも、ちゃんと帰ってきなさい。それで良いわ」

「セギト……」


 彼女は事情が解っているのかな……。

 ありがとうセギト。


 子供達を預けて私は丘を下る。


『あいつは魔法使いだったな』

「昔ね……」

『そうか、隠居したのか』

「あの頃は、色々と無理をしたからね」


 あの頃に私たちは色々と置いてきて大人になった。

 振り返っても仕方が無い。

 王国最強の魔術師を使い潰してでも守らなきゃならない物が昔はあった。


 今はどうだろうか……。


『次はどうする?』

「武器屋で甲胄を返してもらうわ」

『ああ、赤髭の馬鹿の店か』

「そうよ」


 私は丘を下って街へと向かった。

 振り返るとセギトの家には灯りが点いていた。

 セギト、コンチャとアマラをお願いね。

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