人妻ユニコーンライダー
川獺右端
第一話 ユニコーンがべらべら喋る
私は悲しい思いを噛みつぶしながら鞍を持って馬房に入った。
中にはユニコーンがいる。
彼は私が少女だった頃のまま、真っ白く気高い姿でそこにいた。
ただただ懐かしい。
あの頃の私は希望に燃えて世界の全てが思うままに動くと信じて、ユニコーンと一緒に力強く大地を駆けて闘っていた。
「ユニコ、あなたの力が要るの、どうしてもあなたに乗らなくてはならないのよ」
そう言って鞍と一緒に馬房にはいると、ユニコは首を振って暴れ出した。
「解ってる、解ってるけどどうしてもあなたの力が必要なの、我慢してちょうだい」
ユニコーンは処女を好み、大人になり汚れた者が触ると病気になって死ぬ、と言われているが、それは俗信だ。
そうで無ければ、私が彼の世話を焼いたりできないし、事実、ブラッシングとか、飼い葉を与えるとかで彼に触れても特に何も無かった。
ただ、その背に乗ることは出来なかった。
嫌がって暴れるのだ。
だが、今日は協力して貰わないといけない。
「お願い、ユニコ、あなたに協力してもらえないと、コンチャもアマラもみんな死んでしまうのよ」
そう言って鞍を乗せようとするのだけれど、ユニコは体を左右に揺すぶって付けさせてくれない。
「いい加減にしなさいっ、ユニコっ!!」
『うるせえっ!! 二児の母のババアが清浄なるユニコーン様に乗ろうなんて太てえ根性だっ!!』
ユ、ユニコーンが喋ったーっ!!
『あ、いけねえっ!! だが、ババアを乗せるのは俺のポリシーに反するっ!! どうしてもというならコンチャちゃんを連れて来やがれっ!!』
しかも、口が相当に悪いっ!
チンピラ?
「コンチャはまだ五歳よ、あの子には無理なの」
『何をやらせるか知らねえがババアは駄目だババアはっ!!」
こいつっ!
私は無意識にユニコの背中に手を置いて脇腹に膝蹴りを撃ち込んでいた。
どごっ!!
『ぐっはあっ!!』
「ババアババア言うなっ」
『うぬごうっ……』
「昔はあんなに一緒になんでもやったじゃない、もう駄目なの」
『非処女は駄目なんだっ!! 俺の大好きなアガタたんはもう死んだんだーっ!! おぞましいクソ亭主に穢されて、俺のアガタたんは死んだー!! 今のお前は残骸ババアだーーっ!!』
どごっどごっ!!
『ぐっはーっ!! どんな暴力でも俺の趣味は屈したりしないっ!! 俺の背中に乗っていいのは清浄なる処女だけなんだーーっ!!』
こいつは殺す。
もう潰してユニコーン鍋にしてやるっ。
『ちくしょーちくしょーっ!! 霊獣ユニコーンになんて仕打ちだ~~!! だから人間のババアは駄目なんだ~~!!』
ユニコは泣きわめきはじめた。
泣きたいのはこっちよ。
「もうこの牧場は終わりになるの、あんたの明日の飼い葉も無いわ、コンチャもアマラも飢えて死ぬわ」
『……なに?』
「だから私があんたに乗って闘わないとだめなの」
『そういや、いつもの馬鹿馬たちの声がしねえな。どうした?』
「全部売ってしまったわ。調教していた馬も引き上げられたの」
『な、何をしたんだ、クソ旦那が競馬でイカサマでもしたのか?』
「あの人はそんな事しません」
『じゃあ何が? あの可愛いコンチャちゃんアマラちゃんが死ぬとかありえねえだろ』
「遠からずみんな死ぬわ、もう私にはあなたしか無いのよ」
『詳しく話してみろ、場合によっては……』
その時、ドカンと音を立てて馬房のドアが開いた。
「なんでえ、奥さん、さがしちまったよ」
そこに居たのは三人の体の大きなヤクザ者だった。
「何の用ですか」
「へへへ、ゴーバン閣下がなあ、あんたを心配してましてなあ」
「旦那も入院で牧場もつぶれかけ、幼子を二人も抱えて可哀想だってな」
「伯爵が情けを掛けてくれるってよっ、さあ付いてこいよっ」
「ふざけないでっ!! ここから出て行きなさいっ!!」
男たちの笑みが消えた。
「なんだあ、このアマーッ!!」
「ゴーバン閣下がよぉっ!! せっかくの親切でよぉっ!!」
「可愛がってくれるってんだっ!! 黙ってついてこいよっ!!」
ハゲで髭の男がバケツを蹴飛ばした。
バケツは柵に当たり砕け散った。
「へへっ、良く見たらこいつ意外と綺麗じゃねえかっ、兄貴、やっちまいましょうよ」
「ああ、閣下にお渡しする前に毒味、と、行こうかっ」
「げっげっげっ、熟れた人妻たあ、こたえられねえねっ」
下品なヤクザたちに殺意が湧き、私は半眼になり重心を落とした。
挑発だとは解っている。
だが、こいつらは下品すぎるゲスすぎる。
すっとユニコが寄って来た。
『……鞍つけろ、こいつらぶっ殺す』
彼は私に小声で話しかける。
「いいの?」
『俺のアガタたんはヤクザにこんな事を言われるべき人間じゃあねえ』
私はユニコに鞍を置きベルトを締めた。
「お? 何をしようってんだ? 人妻がユニコーンになんか乗れ……」
「お、おい、乗りやがったぜ……」
「え、ピッチフォーク(飼い葉鋤)はランスじゃねえ……」
ユニコの脇腹に拍車を入れる。
ぐわんと体の下でユニコの筋肉が躍動する。
ああ、そうだ、これだ。
馬に似てるけど絶対に違う力感。
ああ、ああ、気分が高揚する。
「地獄に落ちろーっ!!」
兄貴分であろうハゲ髭に向けてピッチフォークを構えてランスチャージを敢行した。
ドカーーン!!
馬房が揺れた。
ハゲ髭は運良く三叉になったピッチフォークの刃の間に首が入り、フォークが刺さる事は無かった。
だが壁に標本のように縫い付けられた。
見開いた奴の目から涙がドバドバあふれ出した。
「た、たすけて~~」
「ゴーバン伯爵に伝えろ、元ヴァルキリーの私アガタと、このユニコが伯爵のイカサマトーナメント事業をぶっ潰してやるっ、首を洗って待ってろとなっ!」
「ひ、ひいいいっ!! 元ヴァルキリー! そ、そんなあっ」
「ち、畜生っ!! 覚えていろっ!!」
二人のヤクザ者は顔を青くして逃げ出した。
ハゲ髭は壁に縫い取られたままだった。
「たすけて~~」
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