地獄絵図


ガラスの割れる音とコンクリートが崩れ落ちる音が同時に響き渡り、穏やかだった空間が一瞬にして悲鳴と混乱に包まれた。


─グルゥウウウウウ……!!


地響きのような咆哮が響き渡り、建物の残骸を踏みしめるように現れたのは体長5m程の大型のトカゲに似た姿をしている生物だ。鋭い爪のついた前足を振り回しながら暴れ回り、通りに面した建物の壁を破壊していく様はまるで怪獣映画のようだ。


店内は我先にと逃げ出す客達でごった返すが、やがて魔獣にエナジーを奪われたのか、客も店員も次々と意識を失って倒れていく。


シトラスは制服のポケットにしまっているブローチにそっと手を触れた。


(変身しないと……!)


そう考えた時だった。向かいの席に座っていたはずのエリックが、いつの間にか通路に出てシトラスの手を引っ張り立ち上がらせようとしていた。


「えっ!?あの……!」


「逃げますよ」


有無を言わせない強い調子でそう言って、シトラスの手首を握る手に力が込められる。大人の男にこんな力で手を掴まれては、振り解けない。


(ど、どうしよう……!変身しなきゃいけないのにっ……!)


しかし一般人であろうエリックがこの場で逃げると判断するのは至極当然だ。


「あ、あの、エリックさん、平気なんですか?お店にいた人、ほとんど倒れていますけど、身体は……」


「同じく元気な貴方がそれを言いますか?」


痛いところを突かれ、シトラスは閉口する。自分たちが魔獣が出現しても平気でいられるのは、通常の人とは違う特別なエナジーを持っているからだと以前聞いた。魔法少女に変身出来るのも、そのおかげだと。


まさか、そんなことを話すわけにはいかない。


「まぁ……お互い身体が丈夫で運が良い、ということでしょうか」


「そ、そうですね!多分!」


エリックが適当に結論付けてくれたので、シトラスは首を縦に何度も振った。


(とにかくどこかで上手く誤魔化してひとりにならなきゃ……!)


今はエリックの言うことを聞くしかないと判断したシトラスは、彼に手を引かれるまま立ち上がって後をついて行くことにしたのだった。





「ポメポメ、生きてる?」


「何とか無事ポメ〜……」


窓際の席に座っていたキルシェとポメポメだが、反射的にテーブルの下に潜り込んだお陰で奇跡的に無傷で済んだようだ。テーブルの上から這い出たポメポメはやれやれといった様子で体についた埃を払う仕草をする。


「うわっ、せっかく素敵なお店だったのに……っていうかパフェまだ全部食べ終わってないのに!!」


「そんなこと言ってる場合じゃないポメ!シトラスと合流して変身ポメ!」


と、顔を上げてシトラスとエリックが座っていた席に目をやると─そこにはもう二人は座っていない。


慌てて周辺に視線を移すと、シトラスはエリックに手を引かれるようにして、店外へ避難しようとしているところだった。


「追いかけて連れ戻すポメ!」


「うーん、そうするしかないか!」


ここでシトラスに声をかければ、間違いなくキルシェとポメポメが尾行していたことは彼女に知られてしまう。


怒らせてしまうかもしれないが、今はそうも言っていられない状況だ。とにかく一刻も早く合流して変身しなければと思ったキルシェ達は急いで二人の後を追うように店の外に出ようとした─その時だった。



ドンッ、と地面を突き上げるような揺れが店内全体を襲う。


「きゃぁっ!」


「ポメっ!?」


バランスを崩したキルシェとポメポメの身体は後ろに吹っ飛び、そのまま床に倒れ込む。


「いたたポメ……」


「ほんとにもー……っ、!?」


顔を上げたキルシェは絶句した。


今の揺れが原因だろうか。カフェの天井や照明がバラバラと崩れ落ち、その真下には─シトラスとエリックがいる。


「あぶない!!」


キルシェがそう叫んだのと、瓦礫が二人の真上に落下してきたのは、ほぼ同時のことだった。


ガラガラと大きな音をさせて、あっという間に目の前に建物の一部だったものの山が築かれる。


キルシェとポメポメは、その光景に顔を青ざめさせた。





「うそ……噓でしょ……シトラス!!」


悲痛な叫びをあげて二人の元へ駆け寄り、必死に瓦礫を退かそうと試みるもののびくとも動かない。まるで岩のように重く、女子高生ひとりの力どうにか出来るような状況ではなかった。


「シトラス!聞こえたら返事するポメ!!」


ポメポメは瓦礫の中に向かって叫ぶが、何の返事も返ってこなかった。


「いや、だめだよこんなの……!」


震える声を漏らしながら、キルシェはその場にへたり込む。

どうしよう、あたしが二人でお茶しに行くように仕向けたりなんかしなかったらこんなことにはならなかったかもしれないのに……!!


そんな後悔の念に駆られていると、背後から聞き慣れた声が耳に届く。


「キルシェちゃん、ポメちゃん!」


「二人とも無事でしたか」


二人が声の方向に視線を向けると、半壊したカフェの外に─変身したロゼと、彼女を背に乗せたライオン姿のレオンが立っていた。


「師匠にロゼ……!?」


「どうしてここに……?」


驚くキルシェ達に対し、彼女は落ち着いた様子で答える。


「詳しいことは後。二人とも早くこっちに来て!」


有無を言わせぬ勢いでそう言うと、ロゼはキルシェとポメポメをレオンの背に乗せて店外へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る