運命の協奏曲-アンサンブル-
(ここは……)
ロゼは紫色の光が煌めく不思議な空間の中にいた。体は重力の影響を全く受けておらず、ふわふわと浮かんでいる。と、ロゼの纏っていたボロボロだったパーティドレスは光の粒子となって消え去り、一瞬でロゼは一糸纏わぬ姿になった。
「きゃあっ……!?」
驚いたロゼは悲鳴を上げ、反射的に胸元を手で隠す。
(これ……レオンには見えていないわよね?)
ロゼからは先ほどまでいた船上の様子が全く見えず、これから自分の身に何が起きようとしているのかもわからない。
ふと視線を戻すと、服が全て消え去った中、あのブローチだけがロゼの腰の高さで浮いている。
そして、ブローチに再び光が集まり次の変化が起きる。ブローチからあふれ出した光が紫色のリボンに変わり、ロゼの身体に巻き付き始めた。
胴体に巻き付いたリボンはパニエワンピースに変化し、更にその上から重なったリボンが薄紫色のワンピースに変化する。
両腕に巻き付いたリボンは、アシンメトリーのアームカバーに。
脚のリボンは黒いストッキングとレースアップのリボンストラップがついたハイヒールに。
「こ、これは……」
次々と衣服が現れるのを見て、ロゼは思わず声を上げる。
しかしまだ変化は終わらない。
薄紫色のワンピースの上に更にリボンが巻き付き、ワンピースよりもシックな色味のフィッシュテールスカートに変化した。
そのスカートを留めるように鮮やかなマゼンダのリボンがあしらわれる。そのリボンの中央に、変身ブローチがアクセントのように留められた。
乱れていた長い髪はひとりでにハーフアップにまとめられ、葡萄を思わせる髪飾りが現れる。
それから最後の仕上げに、透明感のあるストールがふわりとマントのように肩にかかる。
ロゼがひと通り魔装を纏ったところで、ブローチは最後にもう一度光を放つ。現れた光は二つに分かれ、ロゼにとって最も慣れ親しんだものの形になった。
「バイオリン……?」
光は紫色の幻想的なバイオリンと弓に変化し、ロゼの前に浮かぶ。それを彼女が手に取ったところで─この空間で起きるべき現象は全て終了したようだった。
周囲を取り囲んでいた万華鏡のような光の空間も、ロゼの変化が終わると同時に消え去った。
「─これが、わたし?」
ロゼは呆然としながら、己の姿を見下ろす。そこにいたのは、先ほどまでのボロボロのパーティードレスに裸足、ぼさぼさの頭で顔には泥や傷がついた自分とは違う、可憐な魔法少女だった。
『あなたは人間ですが、私と同じように魔法を扱う素質を持っていました。その力が今、覚醒したのです』
レオンの言葉を聞きながら、ロゼは恐る恐る自分の手を眺めてみる。不思議と、先ほどまでの無力感はない。今なら─何でもできる気がした。
─グルゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「っ!!何か武器、武器になるものは……!?」
魔獣が再び蠢き始めたのを見て、ロゼは慌てて周囲を見回す。手には不思議な色のバイオリンがあるが、これでどうやってあの魔獣に立ち向かえば良いのだろうか?
『そのバイオリンを弾いてください!魔法が使えるはずです!』
レオンは戸惑うロゼに叫んだ。
「わ、わかったわ!」
言われるままにバイオリンを構え、弦の上に弓を添える。そして、ゆっくりと弓を引き─
「─!」
ロゼの魔力によって紡ぎ出された音楽が、紫色の音符の奔流となって魔獣に襲い掛かる。視覚化された旋律を浴びた魔獣は、次第に動きを鈍らせ始めた。
「急に弱り始めたわ……!」
『それが、ロゼお嬢様の力です。そのバイオリン─魔弦バイオレット・スコアを演奏することで、あなたは様々な魔法が使えるようになります』
「っ!それじゃあ……」
ロゼはもう一度、魔弦バイオレット・スコアの弦に弓を滑らせる。今度は先ほどとは違う優しい音色が響き渡り、現れた音符は手負いのレオンを包み込む。
すると、白銀の毛並みを汚していた血の赤が消え、傷口が塞がっていく。レオンは再び動けるようになった。
『傷が……』
それまで全身を支配していた鈍く重い痛みが消え去り、身体が軽くなる。レオンは、ロゼが自分に回復魔法をかけてくれたのだと気付いた。
そればかりか、消耗していた魔力(エナジー)までもが回復している─
『ありがとうございます、お嬢様』
先ほどまでと違い艶やかな毛並みを取り戻したレオンは起き上がり、ロゼに頭を下げる。
「よかった、レオン……!」
元気を取り戻したレオンを見たロゼは安心した様子で微笑むと、魔獣へと向き直る。
「……ここからはわたしの舞台。どうぞ心ゆくまで、お楽しみいただけますよう」
まるでコンサートが始まる前の挨拶のように、ロゼはスカートの裾を摘まみながら恭しくお辞儀をする。指先から靴の先まで、全てが美しく整えられた、淑女の仕草だった。
そして、再びバイオレット・スコアの弦に弓を滑らせて旋律を紡ぎ始めた。
今度は先ほどの優しい音色とは打って変わって、激しい曲調へと様変わりする。その旋律に呼応するようにして現れた音符たちは、魔獣に向かって次々と襲い掛かり、その体力を削ぎ落としていった。
演奏の最中、ロゼの脳裏にふと聞いたことのない単語が浮かんだ。
何故かはわからない。だけど、その言葉を口にすれば自分のイメージしていることが具現化できるのではないか─直感的にロゼは感じた。
「『童歌:野ばら(コンティーヌ・ローズソバージュ)』」
ロゼがそう唱えると、音符たちは再び姿を変え─今度は紫の薔薇へと変化した。そして、その蔦が伸びると、魔獣の身体を締め上げるようにして拘束する。
─グォオゥウ!!
(このまま一気に畳みかける!)
魔獣に向かって駆け出し、バイオレット・スコアの弓を再び弾き鳴らす。すると、薔薇の蔦が更に伸びて魔獣を包み込み、その動きを完全に封じた。
『ロゼ!私に乗ってください!』
レオンがロゼに向かって叫ぶ。
「ええ!」
ロゼはレオンの背に跨り、それを確認するとレオンは全速力で走り出した。変身する前と違って、走るレオンの背に乗っていてもバランスが崩れそうになることはなく、不思議と重心を安定させることが出来た。
どうやら変身している間、ロゼの身体能力も向上しているらしい。
(これなら……!!)
ロゼはレオンの背から手を放し、再びバイオレット・スコアの弦に弓を当てる。すると、放たれた紫の音符は階段になり、魔獣へと続く足場を作り出した。
「レオン、これでもっと近くまで行けるわ!」
『承知しました、お嬢様』
レオンは頷くと、一気に跳躍して階段を駆け上がっていく。そして、魔獣の目の前まで辿り着くと─
(今だ!)
「『終曲・愛の挨拶(フィナーレ:サリュダムール)』!!」
バイオレット・スコアから、優美な旋律が鳴り響く。
奏でられたメロディは魔獣の魔力だけでなく、体力そのものを奪い取っていく。まさに、最後の仕上げ(フィナーレ)の名にふさわしかった。
『この曲……』
ロゼが奏でるメロディに、レオンは聞き覚えがあった。
(エドワード・エルガー、『愛の挨拶』……)
レオンが初めてロゼに出会った時に、彼女が練習していた曲だ。
その時のロゼはまだあどけなさの残る少女で、無邪気な笑顔でこの曲が好きなのだと初対面のレオンに語った。母親が幼い頃、子守歌のように聞かせてくれた曲なのだと。
(あなたは……変わらないままなのですね、お嬢様)
どれほどバイオリンが上達して多くの人を魅了するようになっても、年を重ねるごとに美しさを増しても、彼女の内面は出会った頃の純粋で無垢な少女のままだ。
ロゼはそんな自分を変えたいと願っていたようだが、レオンはそのままのロゼでいて欲しいと思う。
自分がここに在るのは、前を向くことが出来たのは、そんなロゼがそばに居てくれたからなのだから。
『ロゼ!魔獣の額を見てください!』
レオンは、頭上を飛び回るロゼに叫ぶ。
演奏に集中していたロゼは、慌てて顔を上げて魔獣の額に視線を移した。そこには、宝石のような輝きを放つ赤い結晶がある。
『あれが、魔獣の核です!それを壊せば、この魔獣は浄化されます!!』
「……!わかったわ!!レオン、手伝って!!」
ロゼは演奏を続けるが、現れた音符は今度はレオンの身体を包み込んだ。レオンの魔力を増幅させたのだ。
『承知しました─!』
レオンは力強く頷くと、一気に魔力の足場を渡って魔獣に突っ込んでいく。ロゼもそれに合わせてバイオリンの弦から弓を離し、弓の先に魔力を纏わせる。
(ここね……!!)
旋律を纏った剣のようにも見える弓と、白銀色に煌めく聖獣の鉤爪。その二つは同時に魔獣の核の真上に振り下ろされ、同時に魔獣の身体を斬り裂いた。
─グルルァアアア!!
「─やったわ!!」
核を破壊された魔獣は、断末魔を上げながら光に包まれてその姿を消していく。そして、それと同時に嵐のように荒れていた海も、元の姿を取り戻していく。
ロゼの魔法で作られた足場もその役割を終えて消失し、レオンはロゼを背に乗せたまま、穴ぼこだらけになったデッキに着地した。
「終わった……の?」
レオンの背から降りて辺りを見回し、不安げな表情でロゼは恐る恐る呟く。
『ええ。私たちの勝利です。─素晴らしい演奏でした、お嬢様』
レオンはそう答えると、再び光に包まれ─ロゼにとって最も見覚えのある執事服を着た人間の青年に変身した。
静かに凪いだ海に、星々が輝く夜空。ふわりと香る潮風が頬を撫で、波の音が心地よく耳を擽る。
それでようやくロゼは、全て終わったのだと実感した。
「……あら、」
ふらり、と視界が大きく揺れる。
「ロゼ!!」
床板に叩きつけられる前に、レオンが彼女の身体をしっかりと抱き留める。
「れお……ん、ごめんなさい、……すこし……ねむ、い……」
言葉を紡いでいる間にも、ロゼのまぶたはどんどん重くなっていく。
ぼやけた視界の向こう側で、レオンが何かを言っている。しかし、ロゼはその言葉を聞き取ることが出来ないまま意識を手放した。
「ん……」
ぼんやりとした世界の中で、揺れを感じた。まるで揺り籠の中でゆらゆらと揺られているような、自分の身体が海の上に浮かんでいるような。そんな不思議な感覚に意識がふわふわと浮上し始める。
「ここ、は……?」
目を開ければ、見知らぬ天井と窓。窓の外には陽光を反射する青い海が広がっており、船のエンジンの低い音が聞こえてくる。屋敷やホテルのものよりも少し固いベッドの上に、自分は寝かされていた。
誰かが着せてくれたのだろうか─見覚えのないシンプルな白い寝間着は、ホテルやモーテルに備え付けで置いてあるものとよく似ている。
「お嬢様、お目覚めになられましたか」
「レオン……?わたし……」
「エナジーを使い果たしてしまったようです。魔獣を倒し終えてから7時間以上、眠られていました」
「魔獣……」
そこまで聞いて、急激に記憶がよみがえってきた。
ハーモニーオーシャン号が魔獣に襲われたこと。
魔法少女に変身したこと。
レオンと力を合わせて、魔獣を倒したこと。
そして、それが終わったら急に眠気が襲ってきて──
「っ!レオン、乗客の皆さまは?!逃げ遅れた方はいらっしゃらな……っ、」
ロゼは、ハッとして勢いよく起き上がる。しかし、急激に体を起こしたことでぐらりと視界が揺れ、またレオンの方へと倒れ込んでしまった。
「お嬢様……っ!」
「ごめんなさい……急に眩暈が……」
支えてくれたレオンに謝ると、彼は心配そうな面持ちのまま頷いた。
「ご安心ください。皆様全員無事です。私たちも含めて、無事に救助されました」
それを聞いて、ロゼは思わず安堵の息を吐く。
「良かった……誰も犠牲にならずに済んだのね」
ホッと胸を撫でおろすと同時に、ある疑問が頭に浮かんだ。
(では、ここって……)
ロゼがきょろきょろと周囲を見回す。すると、レオンはそれに気が付いたのか説明を始めた。
「お嬢様が気を失われた直後、ハーモニーオーシャンからの救援信号を受信したフェリーが近くを通りかかりまして。私たちはそれに救助されたのです。他の乗客の皆さまもこのフェリーや近隣の船に分乗しています」
なるほど、とロゼは納得する。
フェリーと呼ばれる船に乗った経験はあまりなかったが、大型の客船にはない独自の揺れとモーター音が体の奥まで響く感覚は、少し新鮮なものだった。
「少し揺れが大きいのね……」
「疲労困憊の中、乗り慣れない船での移動です。体調が戻られるまでは、こちらの客室で休まれた方がよろしいかと」
「そうさせてもらうわ。……悪くないわね、こんな船旅も」
ロゼは窓の外を眺める。大型の客船と違い、海が近いのもどことなく風情を感じる。
まさかこんな形で乗ることになるとは思わなかったが、これもいい思い出になるだろう。
「……お嬢様、申し訳ございませんでした」
「え?」
突然謝ってきたレオンに、ロゼは首を傾げる。すると彼は続けた。
"私は執事失格です"と。
「お嬢様が魔法の力をお持ちであることは、アルページュ家に来た頃から……いいえ、それ以前から存じ上げていました。その上で─私はあなたをお守りするためにここにいるのですが…」
レオンの声に不安と戸惑いが混じる。ロゼは彼の様子に気づき、心配そうに問いかけた。
「レオン?」
「……私は、結局あなたを魔獣との戦いに巻き込んでしまいました。そればかりか、守るべき存在であるあなたにむしろ庇われる始末。執事としてはこれ以上ない失態です」
ロゼは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにレオンの手を握った。
「そんなことないわ。レオンがいなければ、魔獣を倒すなんて出来なかったもの。きっと、何も出来なかった……」
ロゼの言葉にレオンの表情が少しだけ和らぐが、まだ納得していない様子だ。
「しかし、お嬢様を危険に晒したこと、私の力のみで全てを防げなかったこと。これらは一重に私の力不足によるものです」
「それはレオンのせいじゃないわ……!」
ロゼは慌てて反論するが、それでもなお、レオンの表情は晴れないままだ。
そんなレオンの様子にロゼは一瞬目を伏せる。それから深く息を吸い込んだ後、ゆっくりと目を開けてレオンを真剣に見つめた。
「そんなに自分を責めないで?レオンがいなければ、わたしは今ここにはいなかったかもしれない。あなたがいてくれたから、─わたしのことを信じてくれたから、わたしは戦う勇気を持てたのよ」
ロゼの目は真剣で、彼女の言葉には誠実さが溢れていた。レオンはその瞳に吸い込まれるように見つめ返し、少しずつ心の重荷が軽くなっていくのを感じた。
「お嬢様……」
「確かに……これからもあんな、怪獣みたいな存在と戦わなければならないことに不安が全くないと言ったら嘘になるけれど……でも、レオンが一緒にいてくれるならわたしは大丈夫よ。だから怖くなんてないし、巻き込まれたとも思っていない。あなたが自分を責める必要なんてないわ」
言葉の節々から感じられる彼女の優しさ、懐の深さ。それらがじくりとレオンの心を蝕んでいた感情に染み込んできた。
レオンはしばらく黙って彼女の顔を見つめていたが、ゆっくりと深呼吸をして目を閉じ、再び開く。その眼差しにもう迷いの影はなかった。
「この上ないお言葉です、お嬢様」
レオンは膝をつき、頭を垂れて跪く。
「私の身命はいつでもお嬢様と共にあります。あなたが立ち向かう時には剣に、守る時には盾に。全てを共に戦い抜くことを誓いましょう。何があっても、私はあなたをお守りします。これからもずっと、お嬢様のそばに──」
「……もう、ロゼって呼んでくれないの?」
「はい?」
ロゼの拗ねたような声に、思わず聞き返すレオン。
今、間違いなくとてもいい場面だったような気がする。
いや、これは芝居でも見せ物でもないのだけれど。だけどもしこれが舞台や戯曲の類であれば、クライマックスはまさに今だったはずだ。それなのに何故この人は突然そんな事を言い出したのか──混乱した頭で考えるも答えは出ない。すると、それを見透かしたようにロゼが言った。
「魔獣と戦っていた時は呼んでくれたじゃない。『お嬢様』じゃなくて『ロゼ』って、名前で」
レオンは、数秒フリーズした後に彼女の言葉の意味を理解した。
「い、いえ……あれは緊急時で、切羽詰まっていたものでしたからつい…………大変失礼いたしました」
珍しく歯切れが悪く居心地悪そうにするレオンを見て、拗ねた顔をしていたロゼはふふっと吹き出した。
「もう、そういう真面目なところもあなたの良いところなのだけど。……でも、これからもわたしたちだけの時は『ロゼ』って呼んでくれないかしら?」
「お嬢様、しかし……」
「お願い。わたし、嬉しかったのよ?レオンとなんだか……何と言えばいいのかしら。本当の意味で分かり合えたような、気がするの。ほら、ゲームでは……『信頼度』って言ったかしら?その……」
─やっぱりだめかしら、とロゼは首を傾げる。
財団の令嬢ともある者が、使用人の自分を納得させるために言葉を探してしどろもどろになっている。
そんな様子がおかしくて、レオンは目を細めて息を吐いた。
「わかりました。では……二人の時だけ、ということで」
観念したような口調だが、その声に棘はない。
レオンの返答を聞いて、ロゼはぱっと微笑んだ。
「このフェリー、ラコルトに着くまであとどれくらいかかるのかしら?」
「半日程度とお聞きしています。元々ラコルトまでの航行予定の無い便だったそうで、補給や整備のために最寄りの港へ寄港しながら進むと」
レオンは室内の壁掛け時計に視線を移しながら答える。
「それじゃあ……たっぷりお話出来るわね。今まで話していなかったこと、全部教えてくれる?あなたが生まれ育った世界のこと、魔法のこと、ご家族のこととか……それから、どうしてわたしが変身出来たのかも」
ロゼの問いかけに、レオンは頷く。
「もちろんそのつもりです─ロゼ」
さっそく名前を呼ばれたロゼは一瞬目を見開いて、それからすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「驚いたわ、まさかこの学園の生徒だったなんて……」
聖フローラ学園高等部、生徒会室。
その一角の書斎机で、ロゼはレオンが差し出した二枚の写真を見て小さく呟いた。
写真にはそれぞれ、聖フローラ学園の制服に身を包んだオレンジ色の髪の大人しそうなボブカットの少女と、毛先がピンクがかっている金髪をツインテールにした快活そうな少女が写っている。
ハーモニーオーシャンの事件から二年。ロゼは自分以外の魔法少女には未だに出会っていない。そのためレオンも当初は未知の魔法少女の登場に警戒していたが、緻密な調査の末に彼女達は敵ではないと判断したようだ。
「お名前はわかるかしら?」
「はい。一人はシトラス・ルーシェ、もう一人はキルシェ・シュトロイゼル。両者とも高等部の二年に在籍しています。シトラス・ルーシェは数週間前の駅前の事件で、キルシェ・シュトロイゼルに至っては今回の校外学習中に覚醒したようです」
二年ということは、二人ともロゼよりも学年がひとつ下だ。しかし、ロゼが気になったのは、二人が魔法少女に目覚めてからまだあまりにも日が浅い点だった。
(短期間の間に続けて新しい魔法少女が現れるなんて……)
魔獣がラコルト市内に出現するようになったことと、何か関係があるのだろうか。仲間が増えるという心強さと、これから何か大変な事が始まろうとしているような、漠然とした不安が胸にじわりと滲む。
いずれにしても、魔界の動きが本格化している今の状況を考えれば、彼女たちの協力が必要だろう。
「御存じの通り、魔獣との戦いは多くの危険を伴います。だからこそ、彼女たちが正しい道を歩めるよう導く存在が必要かと」
ロゼはレオンの言葉に頷き、デスクから立ち上がる。
「そうね、先輩としてしっかりサポートしてあげなきゃ」
ロゼは窓際に立ち、外の景色を眺める。
窓から差し込む日差しに目を細めながら、少女は新たな仲間との出会いに思いを馳せた。
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