あなたに捧ぐ聖譚曲-オラトリオ-



「え……?」


ロゼはレオンの言葉の意味がわからず、思わず聞き返す。


「あの生き物は、私のいた世界では魔獣と呼んでいます。本来は地球上に住んでいる生物ではありません。ここではない別の世界の者が、人間界を襲う目的で送り込んでいるのです」


「ま、待って!そんなこと急に言われても、わたし……」


その時、再び船がぐらりと揺れ始める。どうやら、今現れたものが全てではないらしい。


「……今は逃げることが先決ですね。どうか私から離れないようにしていてください。必ず後で全てお話しいたします」


「え、ええ……」


レオンはロゼの手を取って、部屋の扉を開ける。廊下へ出ると、すぐに下へ向かって走り始めた。

移動しながらも、ロゼの頭の中の混乱は続いている。


(レオンが、別の世界から来た人間?)


にわかには信じられない話だ。しかし、先ほどの光景を見た後では否定しきれないものがある。ライオンのように鋭い鉤爪を持った白銀の腕に、あの得体の知れない生き物を一掃する戦闘能力。


少なくとも、これまで16年間の人生の中でロゼはそんな人間を見たことはない。


「しっかり捕まっていてください!」


レオンが叫ぶと同時に、ロゼの体は浮遊感に包まれる。彼は跳躍して廊下の手すりに掴まり、そのまま下へと飛び降りたのだ。


「きゃあああっ!!」


突然のことに悲鳴を上げるロゼだが、レオンはそれに構わず着地する。そして再び走り出し、甲板へと繋がる扉を蹴破った。


外は既に嵐になっており、船は波に揺られながら荒海を航行していた。デッキにいた乗客たちは既に避難を終えているので、人の気配はない。


人の気配はないが─


─グルゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!


この世のものとは思えない雄叫びが、ロゼの聴覚を支配する。それはまるで、腹を空かせた捕食獣の鳴き声のようだ。


レオンはロゼを後ろに庇いつつ身構える。そして素早く周囲に視線を巡らせると、甲板の先の方に巨大な生物の姿があることに気づく。


タコやイカを思わせる軟体生物のような姿をしているが、実際に地球上に存在するそれらとは似ても似つかない、異質な生物だ。先ほど自分を襲った黒い触手はこれの一部だったのだとロゼは確信した。


「あれが、魔獣……?」


「ええ。この船を襲ったのはあの怪物です」


レオンが鋭い爪を構え、歩み出る。


「お嬢様、下がっていてください」


「レオン……」


ロゼは不安そうな声で、魔獣と対峙するレオンの背中を見つめる。


(変、よね……本当ならレオンのことも怖いと思うはずのに……)


獅子の前脚のような腕、白銀の毛皮、そして鋭い爪。どれもが人間のものではない異形だ。

しかし、レオンが自分と同じ人間ではないという事実に対する戸惑いこそあれど、ロゼの中には彼に対する恐怖心など微塵もなかった。


幼い頃から自分を守り、共に居てくれた執事。


たとえ彼が別の世界から来た存在であろうとも、ロゼにとってレオンはかけがえのない存在であることに変わりはなかった。


「これ以上、貴様の好きにはさせない─!」


レオンが咆哮すると同時に、右腕の爪で触手を薙ぎ払う。さらに左腕からも鋭い爪が伸びており、それを大きく振るって切り裂いていく。


(すごい……!)


ロゼの口から、感嘆のため息が漏れる。人間よりも遥かに巨大な魔獣だが、レオンの攻撃は確実に魔獣にダメージを負わせている。


しかし、魔獣はレオンの攻撃を受けて怯んだ様子を見せたが、すぐに触手を再生させて再び襲い掛かる。先ほどよりも勢いを増しており、まるで怒り狂っているようだ。


「くっ……!!」


「レオン、負けないで!」


ロゼの声援を受け、レオンは魔獣を睨み付ける。その獣の腕に、白銀色の光が集まり始めた。


(さっきも……レオンの腕はあんな風に光っていた)


不可思議なその現象が何かを起こす前兆であることは、ロゼにも何となく理解出来つつあった。


「『黄昏(クレパスキュール)』」


レオンがそう口にすると、右腕を包んでいた光が一気に膨張する。そして周囲に広がると同時に、その全てが鋭い光の矢となって魔獣へと襲い掛かった。


無数の光の雨が、巨体に降り注ぐ。一つ一つは小さいものの、その密度は非常に高く、それでいて速い。


魔獣の巨体は、光に貫かれて大きく波打つ。そしてその巨体が大きく傾くのと同時に、触手が力を失ったようにだらりと下がると、そのまま海の底へと沈んでいった。


「や、やったの……?」


ロゼが呆然とした様子で呟き、レオンの方へ駆け寄る。レオンはその足音に振り返るが、次の瞬間血相を変えてロゼの腕を掴む。


「ロゼ、危ない!!」


「え─?」


レオンはロゼを自分の背中側へと引き寄せると、素早く身構えた。すると次の瞬間、二人の頭上から巨大な何かが落下してきた。


それは─魔獣の触手だった。たった今海の底へ沈んだはずのものが、まるで蛇のようにうねりながら二人を飲み込もうと迫ってくる。


「うそ、どうして…⁉今ので倒れたはずじゃ……!」


「……魔獣には『核』が存在します。それを破壊しない限りは─奴等は何度でも蘇生する。ロゼ、私の背中に掴まっていてください」


レオンに言われた通り、ロゼは彼の背中に抱きつくようにしてしがみつく。そして次の瞬間、腕だけが獣化していたレオンの身体は光に包まれ、その形を変えていった。


光が止んでロゼが目を開くと、レオンは白銀の鬣を靡かせる一頭の白獅子へと変貌していた。


「レオン、あなた……」


『振り落とされないようにしっかりと掴まっていてくださいね』


獅子と化したレオンだが、その声色はヒトでいる時と全く変わらない。その奇妙さに一瞬戸惑ったものの、ロゼはレオンの言葉に頷く。


(本当に、人間とは違うのね……)


完全にヒトの姿ではなくなったレオンの背に乗りながら、ロゼはそんなことを考える。


レオンがロゼの執事となったのは6年前。ロゼがまだ初等教育を受けていた10歳の頃だった。思えば初めて会った時から、どこか不思議な雰囲気を纏っていたとロゼは記憶している。


表情が乏しく口数も決して多くはないけれど、いつもロゼの些細な変化に気付き、悩みを打ち明ければ誰よりも親身になってくれたレオン。彼がロゼの執事をしてくれていることは、彼女の人生にとって何よりも心強く、幸せな出来事だった。


『ぐぅっ……!』


「レオン!?」


くぐもった声と共に、レオンの前脚から鮮血が流れる。追いかけてきた触手を完全に避けきることが出来ず、攻撃が掠ってしまったらしい。


「レオン、大丈夫!?無理しないで!わたし、自分で走れるわ!だから─」


レオンはロゼの言葉に応えずに移動し続け、魔獣の死角に入る。前脚を引きずるようにしながら歩き、ある扉の前で立ち止まった。


『─お嬢様、中へ』


そこには非常時の出入り口であることを示すランプが点っている。レオンはロゼを背中から下ろすと、扉の中へ入るよう促した。


「レオン……?」


促されるままに扉を開けたロゼだが、何故かレオンは入口に佇んだまま中に進もうとはしない。


嫌な予感がして、ロゼは不安げな表情を浮かべながらレオンを見つめる。レオンは負傷による苦痛を一切感じさせない、いつものポーカーフェイスのまま口を開いた。


『この通路を真っ直ぐ進めば、マスターステーションへと繋がっています。他の避難者の方が集まっているはず。あなたもそこで待機していてください』


「待って!レオンは、レオンはどうするの……?」


縋りつくように声を絞り出したロゼに、レオンは冷静に返す。


『私は外で時間稼ぎをします』


「だめよそんなの!許さないわ!」


『ではここで死にますか?たった一人の使用人の命を惜しんだあなたの判断で、この船の乗客は全員犠牲になると?』


冷たく咎めるような言葉に、ロゼはビクッと身体を震わせる。初等教育を受けていた頃から今日まで、レオンがこんなに厳しくロゼを叱ったことは無かった。


(……いいえ、違う。これは)


わざと、叱ってくれているのだ。ロゼに最善の選択をさせるために。

それが彼の優しさなのだと、ロゼは理解した。


ぎゅっと唇を嚙み締める。

たったひとりの命のためにこの船全員を巻き込むか、全員の命を守るためにたったひとりを見捨てるか。船のオーナーの娘である前に16歳の少女である彼女にはあまりにも重く、酷な選択だった。


言葉を失い俯くロゼを見て、レオンは先ほどとは違う柔らかい声音で言葉を続けた。


『冷静になって、最善の道を選んでください。私は、あなたがこんな所で命を落とすことなど望んでいません』


レオンの口調は優しく穏やかながらも、その声色には切実な感情が込められていた。彼の表情を見ずとも、ロゼはそれを理解し、心が痛むのを感じる。


「レオン……!!」


ロゼの指は引き留めるように、レオンの白い毛皮に埋まる。しかし彼は優しく身体をずらして後ろに下がり、彼女から遠ざかった。


『お嬢様、お元気で』


レオンはそう言うと背を向け、再び魔獣のいるデッキの方へ向かっていった。


「待って、行かないで!レオン!」


ロゼの声は、閉じてしまった扉に阻まれて彼には届かない。程なくして触手の攻撃と共に外は再び騒がしくなる。


ロゼは扉を開けようと何度も試みるが、─まるで外から施錠されたかのように頑なに開く気配はなかった。










「だめ……だめよ、こんなの……」


呆然と通路の壁にもたれるようにして座り込み、ロゼは身体を震わせる。


責められても、嫌われても構わないから、引き留めることが出来ていれば。安全が保障された空間で、ロゼはレオンを行かせた事への後悔に苛まれ続けていた。


─……ねぇレオン、わたし……成長したわよね?


この混乱が発生する直前、レオンに問いかけた言葉をロゼは思い出す。


(何も、何も変わっていないじゃない……一人では何もできない、ただ臆病で怖がりなだけの子供のまま!!)


船の揺れに怯えパニックに陥った乗客たちを落ち着かせたのは、船長の船内放送。

迷子になったローズを母親のもとまで送り届けることが出来たのは、乗組員が情報共有をしていたお陰。


自分の力で何とかしようとしたが、周りの人々の協力なしには何も成し遂げられなかった。


身体が鉛になってしまったように、動かない。レオンの言うことに従ってマスターステーションへ向かうべきなのに、足に力が入らず立ち上がることすらままならない。自分が情けなくて仕方がなかった。嗚咽を堪えながら、ロゼは身体を丸くして涙を流す。


そうして暫く蹲っていると─通路の向こうから小さな足音がこちらに近付いてきた。


「─おねえちゃん、ないてるの?」


舌ったらずな声が聞こえて、ロゼはゆっくりと顔を上げる。そこには赤いワンピースを着た茶髪の幼い少女─先ほど母親の元へ送り届けたはずのローズが立っていた。


「ローズ……?」


ロゼは涙で濡れた頬を拭うと、少女を母親のもとへ向かうよう促す。すると、すぐ後方から「ロ―ズ!」と呼ぶ若い女性の声と慌ただしい足音が近付いてきた。どうやら、母親が追いかけてきたらしい。


「ローズ、どうしたの!急に走り出して、危ないでしょう……あら?」


ローズの母はロゼに気付くと、座り込んだロゼに視線を合わせるように膝をつく。


「あの、娘を連れてきてくださった方ですよね?」


「え、……ええ、」


ロゼは戸惑いながらも、肯定する。


「先ほどは本当にありがとうございました!あなたが来てくださらなければ、今頃娘に会えていたかどうか……!」


ローズの母は満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を口にすると、今度は深々と頭を下げた。


「あの……いえ、わたしは本当に何も……」


何もしていない、とロゼは首を小さく横に振る。が、




「ちがうもん!」



それに異を唱える者がいた。ロゼの隣に立っていたローズだ。


「おねえちゃん、たすけてくれたもん!ローズのこと、ママのところまでつれてってくれたもん!ほんとだもん!なにもしてなくないもん!」


「ローズ……」


少女の言葉に胸がぎゅっと苦しくなり、ロゼは思わず言葉を詰まらせた。


乗組員が情報を共有してくれたおかげで、ロゼはローズの母親のいるマスターステーションを特定して送り届けることが出来た。だがそれはあくまで、大人の視点での話だ。


この幼い少女にとっては、人ごみの中で泣きわめいていた自分を抱きしめ、母親の元まで送り届けてくれたロゼの行いが全てだった。


「あなたがローズを連れてきてくださった時、どんなに安心したことか……」


ローズの母はそう言って微笑むと、そっとロゼの震える手を両手で包んだ。


「この大変な状況の中で、他人のために行動出来る人はそうそういません。あなたは本当に立派な人です。私たちを助けてくださり、ありがとうございました」


心の底から、感謝してくれている。その想いが手から染み込んでくるようで、ロゼの目からは再び大粒の涙が溢れ出した。


「……っ、……はい……、はい……!」


ロゼは嗚咽を漏らしながら、何度も何度も首を縦に振る。

自分の行動が誰かの救いになった。その事実が、ただ嬉しかった。


(わたしには、わたしの出来ることがある)


─わたしは、ひとりでは何も出来ない。だからこそ、周りにいる人たちと力を合わせて乗り越えていくんだ。


それは決して間違いなんかではない。

誰だって、ひとりの力で出来ることは少ないのだ。誰かと共に立ち向かうことで、困難を乗り越えられることもあるのだから。


「……ありがとう、ローズ。ローズのお母さま」


ロゼは涙を拭い、立ち上がる。そして─ストラップのついたハイヒールをその場で脱ぎ捨てて、裸足になった。それから長いドレスの裾を破り、膝の高さで結ぶ。


「あの……」


「おねえちゃん?」


ローズと母親は、その様子を驚きながら眺めていた。


「ローズ、もうママと離れないでね。ちゃんと一緒にいなきゃダメよ?」


ロゼは少女の前に屈んで視線を合わせると、彼女の頭を優しく撫でた。そして立ち上がり、親子とマスターステーションから背を向ける。


(わたしは、諦めない)


覚悟を決めた少女の瞳には、強い光が宿っていた。


「─わたしは、わたしの出来る精一杯を尽くす」


背後でローズと母親が引き留める声が聞こえたが、ロゼは迷いなくデッキへと繋がる通路を駆けだした。



頑なに開かなかったはずの扉が、今度はいとも簡単に開いた。








外では変わらず魔獣の咆哮が響き渡り、海は嵐の前のように荒れていた。


裸足になったロゼは脇の通路を走り、レオンがいるであろうメインデッキを目指していた。デッキを目指すにつれて、景色は酷くなっていく。


「─!?」


激しい揺れに足がもつれて転びそうになり、壁によりかかるようにして身体を支える。


ふと顔を上げると、近くに船の乗組員が使っていたであろう木製のデッキブラシがあった。ロゼはそれを手に取り、一度目を閉じて深く息を吸う。


そして─、目をかっと見開くと、デッキブラシの柄をしっかりと握りしめたまま再び走り出した。



「レオ───」


ようやくメインデッキに辿り着いたロゼは─そこに広がる光景に言葉を失った。






視界に飛び込んできたのは、前脚だけでなく、頭部や腹部にも傷を負いボロボロになっているレオンと。


それでも、尚全く弱る気配のない魔獣の禍々しい姿だった。






ロゼを庇いながら逃げていた時に負った傷が仇となったのだろうか。

レオンはふらつきながらも魔獣に立ち向かおうとしていたが、─その白い身体は力なく床に崩れ落ちた。


「レオン!!」


思わずロゼは悲鳴にも近い声をあげる。そして慌てて彼に駆け寄った。


『ロゼ……?』


何とか身を起こそうとする彼を支えるが、傷口から溢れた血でドレスの生地はすぐに真っ赤に染まっていく。それにも構わず、ロゼはレオンをしっかりと抱きかかえた。


『どう、して……』


「─ごめんなさい。例え叱られても……どうしても、あなたを見捨てることが最善の道とは思えなかったの!」


震える声を抑え、ロゼはレオンに告げる。レオンは目を開くと、少し複雑そうに苦笑した。


『お嬢、様……、あなたという人は……』


その先に続ける言葉は無かった。このどうしようもなく優しく頑固な主人に何を言ったところで、彼女が自分の言葉を曲げはしないだろう。


「……だからわたしは、わたしに出来ることをするためにここに来たのよ」


ロゼはレオンの身体を横たえ、目に滲んでいた涙を乱暴に拭うと立ち上がった。


─グルゥウウウウウウウウウウウウウウウ……


再び、鼓膜を震わせるあの不快な鳴き声。


しかし、ロゼの瞳にはもう怯えの色はなかった。怒りに満ちた表情で魔獣を見据え、口を開く。


「わたしの大切な人を傷付けて、……ただで済むと思っていないでしょうね!」


ロゼは鋭い眼光を放ちながら、魔獣を睨み付ける。

汚れた素足に、ボロボロに破れたドレス。

手には粗末なデッキブラシ。綺麗に結われていた髪はぐしゃぐしゃに乱れている。


そんな姿であっても、彼女の心は気高いままであった。


「かかってきなさい!あなたなんて、ちっとも怖くないわ!!」


ロゼはレオンを庇うようにして、一歩前へ出る。


『ロゼ、いけません……逃げて、ください……』


レオンは掠れた声で懇願するが、ロゼはその声を無視してデッキブラシを魔獣に向ける。


しかし、魔獣はロゼを嘲笑うかのような目でぎょろりと見つめると、ロゼに向かって触手を伸ばした。


「─っ!」


純粋で混じりけのない明確な殺意が、自分自身に向けられている。それがどれほど冷たいものであるかを、ロゼは初めて理解した。



「それでも─」


ロゼはデッキブラシを握り直すと、迫りくる触手に向かって走り出す。


(逃げるわけにはいかないの!!)


自分のこの行動に意味があるのかはわからない。

どれだけの勇気を振り絞っても、何の成果もあげられないかもしれない。


(そうだとしても、わたしは……わたしは─!)


黒くぬらついた触手がロゼの身体に打ち付けられようとした─その時だった。





「──っ!!」


眩い紫色の光が、少女の身体から放たれる。

それは、まるでロゼの願いに呼応するかのようにして煌めきながら宙を舞った。


ロゼに迫っていた魔獣の触腕はその光を恐れるようにして、慌てて後退する。


「な……!?」


ロゼは突然のことに戸惑い、その眩しさに思わず目を細める。


すると、ロゼの体から溢れて出た光がゆっくりと形を変えていき、ロゼとレオンを守るようにドーム状に広がっていく。


「これは─」


『お嬢様!』


レオンが叫ぶと同時に、触手が再び襲い掛かってくる。しかし、ロゼの光に触れた触手は、光に焼かれるように一瞬で蒸発してしまった。


(まさか……覚醒したのか?このタイミングで)


レオンはその眩い光を見て驚愕の表情を浮かべる。その光は─レオンと同じ力を操る素質を、ロゼも持ち合わせている証だった。


「この光……何なの?わたしから出ているの?」


ロゼは困惑しながらも確かめるように光に触れる。すると、その光は更に輝きを増していった。


『お嬢様。その力があれば─あなたは、魔獣を倒すことができます』


「え……?」


レオンは傷付いた身体に鞭打ちながら虚空に向かって前脚を伸ばすと、ハートの形をしたアミュレットを出現させる。それをロゼの身体から放たれた光の中へと投げ込むと─透明だったアミュレットは紫色に変化し、表面に葡萄のモチーフが刻まれたひとつのブローチへと姿を変えた─


アメジストの宝石のように輝くブローチは、意志を持ったようにロゼの手のひらに収まる。


「これって─」


ロゼは手の中のブローチとレオンを交互に見つめる。


『そのブローチを手に持って、「ロゼ、変身(コンベルシオン)」と叫んでください。あなたならきっと─』


─できるはず。


ロゼは手の中で温もりを放つブローチを握りしめる。


レオンが、わたしならできると言ってくれた。

わたしのことを、信じてくれた。


なら─わたしも、わたしの事をもっと信じてみよう。




運命は、最善の道は─わたしが選ぶ。







「……わかったわ、やってみる!」


ロゼは、ブローチを握り締めたまま天に掲げた。

そして、祈るように目を閉じると─。





「─ロゼ、変身(コンベルシオン)!!」




レオンに言われた通りの呪文を詠唱した、その瞬間。ブローチから紫色の光の奔流が溢れ出し、ロゼを包み込んだ。


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