第8話 【傭兵団の終わり】
「なんか副団長さんって、私が勝ったらお前は私のものになれ、お前が勝ったら私は
お前のものになろう、とか言いそうじゃないですか?」
「言いそうだねぇ」
キリエとの勝負の結果を報告したらユツキにそんなことを言われた。
「だから勝つのも負けるのも嫌だったんだけど」
「引き分けには出来なかったんですか?」
「模擬戦なら兎も角、真剣勝負だとそんな余裕ない」
マジでキリエは強いから、本気を出されたらこっちも本気を出さないと勝負にもならないのだ。
そして気を抜けば斬られるような真剣勝負だったので、負けるイコール死もあり得たのだ。
「それで本当にクルシェさんが死んでいたら副団長さんはどうする気だったのでしょう?」
「さぁ? 後で泣いて気持ちの整理を付けるんじゃね」
「……全く理解出来ません」
「同感だ」
キリエには悪いが、こればかりは本当に理解不能だ。
キリエは幼い頃から傭兵団で過ごしていたし、俺とは幼馴染のような関係ではあるのだが、こういう強者主義とでもいうべき価値観は元日本人の俺にはサッパリ理解出来ない。
分かりやすく言えば戦っている最中にも相手が強いからと笑みを浮かべるようなところだ。
根本的な話、戦っている相手が強くて楽しい――なんて気持ちには俺はなったことがない。
「ぶっちゃけ、楽に勝てるなら敵は弱い方が良いと思うし」
「そうですよね」
ユツキは俺に同意してくれるが、こういう価値観は傭兵団の中では少数派で理解してくれる奴はあんまりいないというのが実情だ。
世の傭兵の大多数は自分の強さに根拠のない自信を持っており、自分は強いと思い込んでいる上に何故か自分だけは死なないと思っているのだ。
結果、多数の傭兵は戦争の際には無意味に前に出たがって――大抵はそのまま帰って来ない。
戦争による傭兵の死亡率が高いのは、これが原因だと思う。
ウチはそういうのを抑制する為に色々とルールを作って守らせているので死亡率は低いのだが、根本的に傭兵の認識という奴を変えることは出来なかった。
うん。強い奴と戦いたいと考えるのが世の傭兵の常識なのだ。
これに関してはキリエでさえ例外ではなかった。
「正直な話をすれば、もう十分に金はあるし、さっさと引退して田舎でのんびり暮らしたい」
「あ。それなら私はお米が採れる地域の近くで暮らしたいです」
「……そうだな」
どうやら俺が引退する時はユツキも一緒に付いて来てくれることは確定で良いらしい。
もう傭兵団を見捨ててユツキと一緒に去ってしまおうかとも思ったのだが……。
(それは流石に無責任か)
ここまで傭兵団を大きくしたのは俺だし、俺を育ててくれた養父への恩もある。
せめて後継者が育つまでは待つ必要があるだろう。
◇◇◇
俺の所属する傭兵団《影狼》は大陸有数と言われている。
だが、だからと言って傭兵団の拠点となっている国――アルカクラナ王国が精強であるという訳ではない。
あくまで俺達とアルカクラナ王国の関係は土地を借りているだけということであり、その関係でアルカクラナ王国に雇われることが多いのは事実だが、だからと言って彼の国が他国との戦争に連戦連勝というわけではないのだ。
寧ろ資金が調達出来ずに俺達を雇うことが出来ずに敗退する戦争も多い。
(その癖、無駄に好戦的なんだよなぁ)
寧ろ、俺達が戦争に参加すると勝ててしまうことが多いから強気なのかもしれないが。
そういう訳でアルカクラナ王国というのは戦争に勝ったり負けたりしているので、領土は増えないし、戦争で無駄に出費している国だった。
で。そんなアルカクラナ王国から俺達の傭兵団に1つの要請が来た。
「つまり、我らに傭兵ではなくアルカクラナ王国の兵士になれということか?」
「そう書いてあるな」
王国から届けられた書状には、キリエの言ったとおりのことが書かれている。
「推測だが、態々俺達に金を出して雇うのが勿体ないから国に所属する兵士にしてタダで扱き使おうって腹なんだろう」
「……舐められているな」
そう。キリエの言う通り俺達はアルカクラナ王国に舐められているのだ。
俺達の協力がなければ戦争にも勝てない国の分際で。
「とはいえ、これはどうしたもんか」
「決まっている! こんなふざけた要請をして来る国とは縁を切って叩き潰すまでだ!」
「……相手は小さいとはいえ国だぞ」
「我らなら問題なく勝てる!」
「そりゃ、勝つだけなら勝てるだろうけど……傭兵団としての評判は地に落ちるぞ」
「む」
俺達傭兵団《影狼》が本気になればアルカクラナ王国くらいは普通に勝てるかもしれないが、その場合は傭兵団として所属する国を滅ぼしたという悪名が広まることになる。
その後、理不尽な要請は来なくなるだろうが――同時に依頼も来なくなるだろう。
飼い主の手を噛むどころか喉笛を噛み千切る犬を飼いたがる奴なんているわけない。
「それならば、どうしろというのだ?」
「それを考える為に会議を開いているんだろう」
主に発言をしているのは俺とキリエだけだが、会議室には主要な幹部が集められている。
「舐められるのは嫌ですけど、依頼が来なくなってしまうのは困りますわねぇ」
無論、団長も参加している。
「クルシェさん」
「はい、団長殿!」
その団長に呼ばれて俺は直立不動で起立して返事を返す。
「どうすれば良いと思いますか?」
「……飼い主の喉笛を噛み千切るのが問題なわけで、手を噛み砕くくらいで済ませればよいと思います」
「つまり?」
「国を亡ぼす勢いで攻めるのではなく、ある程度の損害を与えた段階で手打ちにするのが最善かと」
「なるほど」
傭兵なんて職業は舐められたら終わりだ。
だから俺としても国の要請を黙って受けることには反対で、だからと言っても国を滅ぼしてしまうことにも反対だ。
出来ることなら、その中間が理想だ。
国に手痛い損害を与えて、こちらを本気にしたら冗談抜きで国を亡ぼす力があるのだと示しておく。
その上で今まで通りの付き合いを継続していくのが理想となる。
まぁ、向こうに俺達を雇えるだけの資金が残るかどうかは疑問ではあるが。
残る問題があるとしたら……。
「それでは、そう致しましょうか♪」
国を相手に喧嘩を売ると決まった途端、とてつもなく嬉しそうに決定を口にする団長が、ちゃんと途中で止まってくれるかどうか。
この人がGOサインを出してしまったら、途中で止まる団員なんていないのである。
「それって大丈夫なんですか?」
「全然、大丈夫じゃない。だが傭兵稼業が舐められたら終わりってのも事実なんだよね」
俺は肩を落としながらユツキにそう説明する。
「話し合いでどうにか出来なかったんですか?」
「この要請の決定は王族が出したものだから、これを覆す為には傭兵じゃ発言権が足りない。話し合いのテーブルに着くことすら出来ないよ」
「同じテーブルに着く為にも戦って痛い目を見せないといけないということですか」
「そうなるね」
元日本人としては馬鹿らしいが、この世界では身分差というのは馬鹿に出来ない要素なのだ。
相手が王族となれば傭兵の身分では話し合いにすら持っていくことは出来ない。
話し合いをする為にも相手をボコボコにして、こちらには国を亡ぼす力があるのだということを見せつけなければならない。
話し合いが出来るようになるのは、それからだ。
「こういう時って、私達の側に立って王族との仲を取り持ってくれる貴族に頼む、とかでは駄目なんですか?」
「残念ながら貴族の知己はいないなぁ」
「クルシェさんでも貴族を取り込めなかったんですか?」
「いや。そもそも傭兵を雇うのは貴族だけど、大抵は依頼の時に代理人を使って来るから直接会ったことすらない。おまけに代理人を任せられる奴は無駄に偉そうにしてこっちを見下してくるから話にすらならない」
「うわぁ~」
俺は貴族の知己を作らなかったのではなく、作れなかったのだ。
貴族からすれば傭兵風情と馴れ合う気はなかったということなのだろうけど。
「お陰で今回は手酷く噛み砕かれることが決定してしまったわけだが」
「決定なんですね」
「団長殿が張り切っているからな。もう今更止めることなんて誰にも出来ないよ」
「あちゃ~」
国が相手ということで今回は本当に団長が張り切っている。
適切なタイミングで止められるか今から不安だ。
◇◇◇
某月某日。
国からの要請に対して正式に返答が行われた。
曰く、くたばれ、クソ野郎。
結果、激怒した国は貴族に傭兵団《影狼》の討伐を命じて討伐隊が送られ――返り討ちに会って滅茶苦茶蹂躙された。
それからも次々と討伐隊が送られてきたが――次々に蹂躙した。
うん。主に団長が張り切って蹂躙した。
あんなに楽しそうな団長を見るのは先代の団長に連れられて100万対100万という大戦争に参加させられた時以来である。
あの時は色々な意味で地獄を見た。
1番の地獄は言うまでもなく団長の蹂躙劇だったが。
そうして次々と貴族が送り込んで来る私兵を返り討ちにしていたら、貴族の方から和解を申し出て来た。
「クルシェ君、これは受けないと駄目なのでしょうか?」
「……まだ早いです。最低でも貴族ではなく王族からの和解でない限り中止は下策となります」
「そっかぁ♪」
俺が答えたら物凄く嬉しそうな顔をされた。
俺は一刻も早く王族からの和解要請が来ることを祈った。
◇◇◇
結論から言ってしまえば、この国の王族は無駄にプライドが高い――馬鹿だった。
「一応、聞いておくのだが……これはもう手遅れなのではないか?」
「……そうだね」
この国は小さく、所有している兵士も精々数万というところだった。
その兵士にしたって全てを王族が抱えているわけではなく、各領地を治める貴族が抱えている兵士が大半だ。
その大半の兵士が――団長に蹂躙された。
いや。勿論、討伐隊の迎撃には俺やキリエも参加したのだが、最も多くの兵士を蹂躙したのはやはり団長だった。
ぶっちゃけ、団長が戦う姿を見ただけで敵の兵士は戦意を喪失していたけど。
あんなん見たら俺だったら背中を向けて一目散に逃げるけどなぁ。
そうして国が所有する兵士の半数以上を失ってから、やっと王族からの和解要請が届いたのだった。
「おせぇよ」
今更和解要請を出してきても、ここから立て直すのは不可能である。
うん。国の状態を立て直すのも不可能だが、傭兵団の評判を回復するのも不可能だった。
残念ながら傭兵団《影狼》は事実上の終わりを迎えたのである。
◇◇◇
アルカクラナ王国vs傭兵団《影狼》の戦いは終わりを迎えた。
だが結果からすれば誰も得をしない戦いだった。
「はふぅ♪ 楽しかったですわねぇ♪」
「…………」
いや。約1名は非常に得をしたみたいだが、あれは例外中の例外である。
アルカクラナ王国の貴族は大半が族滅したし、生き残った数少ない私兵も散り散りになって逃げ去ってしまった。
今後、アルカクラナ王国の大半の土地は無法地帯となって、逃げ延びた私兵が盗賊として落ちて跋扈していくことになるだろう。
これを統治する力が王族にあるわけもなく、今後は無能な王族として後ろ指を指されて生きていくことになるだろう。
貴族が治めていた土地なら兎も角、無法地帯となって盗賊が跋扈する土地に魅力などないので侵略戦争は滅多に起こらなくなるだろうけど。
「もっと早く止められなかったんですか?」
「団長を止める自信もなかったが、それより王族が想像以上に馬鹿だった」
全てが終わった後――というか全てが終わってしまった後、俺はユツキの質問にゲンナリと答えた。
貴族を代表に和解要請を出す程度で俺達が止まるとでも本気で思っていたのだろう。
王族が自身で和解要請を出すのが致命的に遅すぎた。
結果、キリエでも分かるレベルで手遅れになってしまったのである。
「問題は団長が蹂躙する速度が思っていた以上に早く、王族が和解を申し出るのが致命的に遅かったということだな」
「そのどちらもクルシェさんには想定外だったということですか」
「……普通、国が蹂躙されているとなれば慌てて対処しようとするもんじゃないのか?」
どうして、あんなに呑気でいられたのか俺にはサッパリ理解出来ない。
「クルシェさんの欠点は頭の悪い人の思考はトレース出来ないことですね。クルシェさん自身が優秀だから、駄目な人の気持ちが分からないんでしょう」
「むぅ」
ユツキの指摘は地球でも何度か言われたことがあったので反論出来なかった。
「きっとクルシェさんの最低基準を下回ると、そこからは理解不能の生物になるんですね」
「……返す言葉もない」
実際、今回は王族が何を考えていたのかサッパリ理解出来なかった。
俺にとっては未知の生物にしか思えなかった。
「それで、これからどうしましょうか?」
「傭兵団は……もう駄目だろうな」
所属する国を無法地帯に変えた傭兵団の噂は既に各国まで広まってしまっている。
今後、俺達に依頼を持ってくる奴は無法者だけになるだろう。
「それなら私と一緒にお米のある国に移住しますか?」
「出来れば無職になるのは避けたかった」
これで俺は傭兵団という柵からは解放されたが、無職のままでユツキにプロポーズするのは避けたかったのだ。
「俺の資産の半分を預ければ今後も孤児院の運営は問題ないし、残りの半分があればユツキと2人での新生活を始めるのに十分な元手になるだろう」
「副団長さんはどうします?」
「断言するが、あいつはきっと付いて来ない」
ぶっちゃけてしまえば、キリエは戦いの中でしか生きられない女だ。
俺が戦いとは無縁の生活を始める以上、キリエが同行するということは考えられない。
「それなら……最初に何をしましょうか?」
「そりゃ、今まで遅れに遅れていた婚約指輪を2人で買いに行こう」
困ったことに、今まで忙しすぎてユツキに婚約指輪を送ることすら出来ていなかったのである。
「それと、ついでに念願のデートをしてユツキの服を買いに行こう」
それにユツキに似合いそうな服をプレゼントしたい。
「デートはついでなんですか?」
「そりゃ、メインは婚約指輪を買うことだからな」
「そうですね♪」
そうして俺はユツキと手を繋いで――2人で買い物に行くことにした。
◇◆◇
「付いて行かなくてよろしいのですか?」
「…………」
手を繋いで2人で去っていくクルシェとユツキを黙って見送っていたキリエに団長――カルミナ=ブレイズが声を掛ける。
「奴らは今後、戦いとは無縁の世界で生きていくそうです」
「うわぁ」
それに答えたキリエの言葉にカルミナは盛大に顔を顰める。
「それは、わたくしだったら退屈で死んでしまいそうな生活ですわね」
「……同感です」
キリエは物心ついた時から剣を振って来た人間だ。
剣を振らない人生というのが考えられないし、生きていくということは剣を振るということだ。
キリエにとって剣を振らないということは息をしないのと同義である。
だからキリエには2人の後を追うことが出来なかった。
「わたくしは帝國に行こうと思っておりますわ」
そんなキリエにカルミナが言う。
「帝國ならば戦いに不足するということはないでしょうから」
帝國とは大陸の中で最も苛烈な国であり、実力主義をモットーとする軍事国家だ。
年中戦争をしているのは今までの国と同じだが、帝國では戦争の規模が違う。
過去に参加した100万vs100万の戦争が年に何度も起こるような国だった。
「……お供させて頂きます」
「あなたならそう言ってくれると思っておりましたわ♪」
そうしてキリエはカルミナと共に歩き出す。
クルシェとユツキが歩いて行った方向とは反対側へ。
(失恋とは、こんなに苦いものだったのだな)
胸中で呟きながらキリエは歩き続ける。
実際にはキリエには、それが恋だったのかも分かっていないが……。
(恋など、もう2度と御免だ)
今後、キリエが歩むのは甘酸っぱい恋の道ではなく、戦いのみが闊歩する修羅の道だった。
こうして共に育ったクルシェとキリエの道は別たれたのだった。
2人の道が再び交わる日が来るかどうかは――神のみぞ知るというところだろう。
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※長かったですけど、ここまでがプロローグ的なもので、次からが本編です。
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