第9話 【超天才児あらわる】

 

 あれから――所属していた傭兵団が機能不全に陥ってユツキと2人で過ごすようになってから5年の歳月が流れた。


 俺は無事に新しい職に就いて、それから直ぐにユツキにプロポーズした。


「今度こそ俺と結婚してくれ」


「はい♡」


 そしてユツキは俺のプロポーズを受けてくれて俺達は夫婦となった。


 勿論、夫婦になったからにはやることはやっていて、結婚してから2年も経つ頃にはユツキは俺の子を妊娠して、その次の年には元気な女の子を出産した。


 そうして現在、25歳になった俺と24歳になったユツキ、それに2歳の娘と3人暮らしだ。


 ここまでなら普通の家族ということで済ませられるのだが、この5年の間に1つだけ問題が発生していた。


「なんか、ユツキって妙に若くないか?」


「そういう、あなたも凄く若く見えるよ」


 うん。何故か俺もユツキも非常に若々しく、どう見ても20代の中盤には見えず、下手をすると10代でも通じる容姿を維持していた。


 無論、特別なスキンケアをしているということはなく、普通に日常を過ごしているだけなのだが……。


「ひょっとして……これが原因か?」


「賢者の石を装備しているから老化が遅いってこと、なのかな?」


 どうやら賢者の石には身に着けているだけで老化を抑制する効果があったらしい。


 まぁ、老化というほどの年齢ではないのだが、このままだと若すぎるパパとママになってしまいそうだ。






 俺とユツキの間に生まれた子供の名前はカツキ。


 ユツキによく似た子供であり、将来は美人になることが約束されている。


「あなたってすっごい親馬鹿だよねぇ~」


 ちなみに結婚してカツキが生まれて以降、ユツキは俺のことを《あなた》と呼ぶようになった。


 これはこれで夫婦という感じがしてとても良いと思う。


 初めての子育ては大変だったが、これも愛する妻と子供の為という俺が地球にいた頃から憧れた展開なので俺に不満はない。


 ユツキとはそろそろ2人目を作ろうか、なんて話をしているが、俺の稼ぎを考えるとあんまり沢山の子供を作るというのは少し不自然なので相談中だ。


 うん。俺が傭兵時代に貯めた金はまだまだあるのだが、俺が元傭兵というのは隠して過ごしているので金があるアピールは控えているのだ。


 ちなみに俺の新しい職業は治療師であり、街の片隅で診療所を構えて偶にやって来る患者の治療をして稼いでいる。


 目立つのは避けたいので名医という訳ではなく、ひっそりと隠れたお医者さんをやっているので稼ぎは多くはない。


 だが、そんな稼ぎでも家族3人で食べていくのは問題ないので俺は今、そこはかとない幸せを噛みしめている。


 俺は昔からこういう生活がしたかったのである。


「家庭菜園もしているけど、あんまり早く野菜を作っちゃうと目立つしね」


「ユツキが作ると下手をすれば3日で野菜が育つからな」


 ユツキの植物魔術は5年で成長を遂げて、既にどんな植物でも数日あれば栽培可能に出来るという段階になっている。


 俺が病気の治療に使う薬の材料となる様々な薬草なんかも今はユツキに栽培を頼んでいた。


 まぁ、流行っていない診療所なので使う頻度は低いんだけど。






「さてと。今日はこのくらいにしておくか」


 今日も1日診療所で過ごし、日が暮れるような時間になったのを確認して整理していたカルテを片付けて仕事を終わりにする。


 正直、傭兵時代に比べれば相当余裕があるというか、暇と言ってもいいくらいなのだが、これはこれで家族との時間が十分に取れるので俺は満足している。


 そうして診療所の灯りを落として……。


「ただいま~」


「おかえりなさい、あなた」


 診療所に併設された自宅へと帰って愛する妻に出迎えられる。


 うん。ここは仕事場と住居が一体となった診療所なので職場までの距離は徒歩10秒なのだ。


 当然、家から仕事場までも10秒で済むし、滅多にないことだが仕事が忙しくなった時にはユツキにも手伝ってもらえる。


「丁度、夕ご飯の支度が出来たところですよ」


「……偶には新婚三択をやってくれても良いんだよ?」


 例の《ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?》という奥義だ。


「子供もいるのに何を言っているの?」


「……本当に新婚の頃にはやってくれたのに」


「あ、あの時はまだ子供もいなかったし、私も新婚で浮かれていたから……!」


 そう。ここに引っ越して新婚として暮らし始めた頃は本当に新婚三択をやってくれたのだ。


 俺がどれを選んだのかは――子供が出来ていることから察して欲しい。


「それよりご飯にしましょう」


「おう。そうだな」


 そうして席に着くと――山盛りのご飯が丼に入って差し出された。


「あの、ユツキさん? 俺は流石にこの量は入らないんですけど?」


「あ、ごめんなさい。こっちは私のでした」


「……そっすね」


 傭兵団を離れた後、俺とユツキは馬車で2ヵ月掛かる距離をノンビリ旅してから、ここに辿り着いた。


 ここは例の米の生産地という訳ではなかったが、十分に米が流通している地域だったので住居に決めた経緯がある。


 問題だったのは炊飯器どころかお釜すらなくて、どうやって米を炊いたものかということだったのだが、なんとユツキは地球にいた頃に土鍋で米を炊いた経験があるとかで見事に米を炊いてくれたのだ。


 米が流通しているのに、米を炊く道具がないといはどういうことかと当初は思ったのだが、どうやら米の生産地は海を挟んだ島国のようで、米は流通しているが米の正式な調理法は伝わっていなかったのだ。


 結果として米は粉にしてパンモドキにされるか、もしくは玄米のままで煮て柔らかくして食われるくらいだった。


 当然、そんな食い方で米に人気が出る訳もなく、米は相当安い値段で売られていて――思わず大量に買いこんでしまった。


 ちなみに、この世界で初めて米を炊いて食べたユツキの反応なのだが……。


『うぅ。お米、念願のお米だぁ~。ぐすっ』


『泣くほど!?』


 なんと泣きながら食べていたので俺の方がドン引きしてしまった。


 それに日本人ではなくなった俺の身体に米が合うのかと不安に思っていたが、意外と普通に美味しく食べられて茶碗で2杯もおかわりしてしまった。


 ユツキは丼でおかわりしていたけど。


 そういう訳で今日も愛する奥さんが作ってくれたご飯を頂くことになったわけだが……。


「米を炊くのも大分慣れたみたいだなぁ」


「もう5年近くやっていることだもの。流石に慣れるわよ」


 当初は土鍋モドキで米を炊いていたユツキなのだが、それでは流石に不便だったので近所の鍛冶屋で釜モドキを作ってもらえることになった。


 お陰で一度に大量の米が炊けるようにはなったのだが……。


「うぅ~ん。やっぱりお米最高ぅ~♪」


「そ、そうだな」


 丼に山盛りに盛られたご飯がドンドン消えていく様を見て毎度のように圧倒された。


 相変わらずユツキの細い身体の何処にあの量が消えていくのか謎である。


 普通に考えれば直ぐに太ってしまいそうなものだが……。


「私って前世の頃から何故か食べても太らないんだよねぇ♪」


 なんて、世の女性を敵に回す発言をしていた。


 まぁ、単純にユツキが若いから新陳代謝が活発で太らない体質なだけで、歳を取ったら太る可能性もあったのだが……。


(賢者の石を装備している限り、ユツキが太ることはなさそうだな)


 本当に賢者の石に老化を抑制する効果があった場合、今後もユツキが太ることはなさそうだ。


 俺としては愛する奥さんがいつまでも綺麗でいてくれることには歓迎なんだけど。





 その夜、お風呂にも入ってカツキを寝かしつけた後……。


「ユツキ、愛しているよ」


「う、うん♡」


 まだ2人目を作ることは相談中ではあるが、出来てしまったらそれはそれで仕方ないというスタンスで夜の営みはそれなりの頻度で行われていた。


 こんな美人でスタイルのいい奥さんがいて手を出さないとか、ありえないから。




 ◇◇◇




 5年前、俺とユツキの結婚式は街の片隅にある小さな教会で行われた。


 この世界ではあまり結婚式は一般的な儀式ではなかったけれど、俺もユツキも地球の日本からの転生者だったために結婚式はしたいと思っていた。


 勿論、参列者を呼ぶことは出来なかったがユツキには真っ白なウェディングドレスをプレゼントしたし、式の当日には結婚指輪を交換してお互いの左手の薬指に嵌めた。


 見届け人の神父を手配することも出来なかったが……。


「俺、新郎であるクルシェ=イェーガーは病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、新婦であるユツキを妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓います」


「私、新婦であるユツキは健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、この命ある限り真心を尽くすことを誓います」


 2人で誓いの言葉を交わすだけなら、何の問題もなかった。


 そして用意していた指輪を交換し、誓いのキスをして俺達は夫婦となったのだ。






「あの時のユツキ、綺麗だったなぁ。写真があればカツキが大きくなった時に見せてやれたのになぁ」


「写真が記念に欲しかったのは同意だけど、それをカツキに見られるのは恥ずかしいよぉ」


 あの時のウェディングドレスはユツキのクローゼットに仕舞われているし、未だに全く容姿は変わっていないし体型も崩れていないのだから着られると思う。


 とはいえ、子供が出来てしまった今、ユツキが着てくれるかどうかは不明だけど。


 俺の妻としてなら着てくれるかもしれないが、カツキの母親としては恥ずかしがって着てくれなさそうだ。


 まぁ、ウェディングドレスなんて人生で何度も着るものでもないけど。


「それより冷蔵庫が冷えなくなって来たから新しい氷が欲しいのだけど」


「ああ、新しい氷を注文してくるよ」


「よろしくね」


 当然だが、この世界に冷蔵庫なんて存在しない。


 だが、それだと食材の保管が不便だとユツキに言われて断熱仕様にした箱の上部に氷を設置して箱全体が冷えるようにして疑似冷蔵庫を作った。


 時期によっては数日で氷が解けてしまうので大変だが、知り合いに氷属性の魔術師がいるので定期的に氷を交換することで効果を維持している。


 ユツキとしてはセットで電子レンジも欲しいと言っていたが、流石に電子レンジを自作するのは難易度が高過ぎる。


 そんなものを発明するより火属性の魔術師を雇って繊細な制御を覚えさえて食材を温めさせる方が難易度は低い。


「冷蔵庫だけでも贅沢な代物だとは分かっているのだけど、もっと便利な物があった世界を知っているとどうしても、ねぇ」


「気持ちは凄く分かる」


 実際、俺自身も可能なら地球から家電を取り寄せたいと思っていたくらいだ。


 まぁ、持ち帰っても、この世界には電気がないんだけど。


 家電を使う為にはセットで太陽光発電や風力発電も出来るように器具が必要になるだろう。


(それに蓄電池も必要か)


 考え出したら必要な物がドンドン増えていく困った仕様だ。


「パァ~パ」


「ん? どうしたカツキ」


 そんなことを考えていたら、最近歩き始め、片言だが喋り始めた愛娘が俺に傍に寄って来てペテペタと俺の膝に触って来る。


「……可愛い」


「可愛いねぇ~」


 俺もユツキもその姿に癒された。


「んぅ~……!」


 だがカツキはその場で何故か踏ん張り始めた。


「トイレかな?」


「あ、ちょっと待って」


 俺とユツキが慌ててカツキをトイレに連れて行こうとしたら――ゴトンとカツキの

近くに何か重い物が落ちた。


「「へ?」」


 その落ちて来た四角い箱は何処かで見覚えのあるもので、それを知っているからこそ俺とユツキは呆気にとられた。


「えっと、これって……電子レンジ?」


「だよね」


 そう。それはどう見ても電子レンジ以外の何物でもなかった。


 どうして、こんな物がここにあるのかと言えば……。


「だう!」


「「…………」」


 どうやらカツキが俺達の話を聞いて呼び寄せてくれたらしい。


「まさか、こんなところに昔探していた空間属性の魔力の持ち主がいたとは」


「カツキ凄いねぇ~」


 うん。我が愛娘こそ世界でただ1人の空間属性の魔力の持ち主だったのだ。






 念願の電子レンジを手に入れたぞ。


 だがコンセントがないから動かせない。


「このままだと使い物にならないな」


「むぅ。折角カツキが呼び寄せてくれたのに」


 寧ろ、どうしてカツキが電子レンジを特定して地球から呼び寄せたのかが非常に気になるのだが、その辺は今直ぐに追及する項目ではない。


「それよりカツキの魔力は大丈夫なのか?」


「うぅ~ん。元々魔力の多い子だったけど、今は半分以上を消費してしまっているみたい」


「だよな~」


 どうやら地球から望んだものを引っ張って来るというのは、かなりの魔力を消費する行動だったらしい。


 カツキ自身は元気だが、もう1回やれと言われても不可能だろう。


「カツキ用に賢者の石を作っておくか」


「まだ早くない?」


「作っておくだけ。緊急時に魔力がありませんでした、というのは避けたいから」


「それもそうだね」


 そういう訳で俺は愛娘にプレゼントする為に賢者の石を作ることを決めた。




 ◇◇◇




 電子レンジが我が家にやって来て数日。


 俺は仕事中の暇な時間を使って――というか患者が来ないとずっと暇なので、その時間を作ってカツキ用の賢者の石を作っていた。


(電子レンジだけあってもなぁ。あれを使えるようにする為のハードルが高過ぎる)


 まず必要なのは風力発電機か太陽光パネル。


 そこから電力を蓄えることが出来る蓄電器と、接続する為のケーブル。


(蓄電器はコンセント付きの奴があれば良いなぁ。いや、でも電子レンジは消費電力が多いから蓄電器じゃ駄目なんだっけ? それとも大容量の奴なら大丈夫なんだったか?)


 賢者の石を作りながら、そんなことを考えていたのだが――不意にゴトンと音がして振り返るとカツキがいて、その傍には大容量タイプの蓄電器が。


「おうふ。カツキちゃんは俺の思考でも読んでいらっしゃるとでもいうのか?」


「だう!」


 元気に返事をするカツキだが、冗談抜きで俺の思考を読んでいるとしか思えないピンポイントのお取り寄せだった。


「あなたっ! カツキが何処にいるか……って、ここにいたのね」


 そこにカツキの姿が見えなくなって慌てて探しにきたユツキがやって来た。


「おう、ユツキ。どうやらウチのカツキちゃんは天才だったらしいぞ」


「???」


 ユツキは困惑していたが、とりあえず蓄電器を住居の方へと運び込むことにした。


 カツキが地球の何処から呼び寄せたのかは不明だが、神隠しにでもあったと思ってもらいたい。






 カツキが取り寄せた蓄電器には9割近い電力が残っており、それを使って電子レンジを動かすことが出来た。


「凄い。久しぶりの家電製品だわ」


「まさか異世界に来てまで電子レンジを使う日が来ようとは……」


「カツキは天才だわ!」


「……それに関しては同意見だけど」


 俺とユツキの娘なのだから天才だとは思っていたが、想像以上の天才だった(親馬鹿)。


「次は太陽光パネルが必要かしら?」


「リクエストするのは自由だが、今日はもう無理だぞ」


 またお取り寄せしたことでカツキの魔力はかなり少なくなってしまっている。


「そうね。カツキに無理をさせてまでお取り寄せしなくてもいいよね」


 その点に関してはユツキも同意見なのか、今日のリクエストは中止になった。


「~♪」


 念願の家電を手に入れたお陰でユツキはかなりご機嫌だったけど。




 ◇◇◇




 あれから更に数日。


 俺は診療所で暇な時間を使って賢者の石の調整を行いながら――絵を描いていた。


 うん。これはユツキにお願いされて、お取り寄せしたい家電の絵をカツキに見せる用に描いて欲しいと頼まれたのだ。


 一瞬、ユツキが自分で描けばいいのではないかと思ったのだが……。


「私の美術の成績って良くなかったのよ」


「お、おう」


 要するに自分は絵心がないから俺に描いて欲しいということだった。


 結果、俺はユツキのリクエスト通りに太陽光パネルを描いて、ついでに接続用のケーブルも描いておいた。


 俺もそんなに絵を描いた経験があるわけではないが、要点を押さえて描けば品物を特定する役には立つだろう。


 俺としては絵を描くよりも、カツキがどうやって俺の思考を読んでいるのかを知る方が先決だと思うのだが……。


「だう!」


「え? って、ちょっと待った!」


 考えごとをしながら絵を描いていたら、いつの間にかカツキが傍に居て、傍には太陽光パネルが立っていて――慌てて両手で掴んで倒れるのを防止した。


「心臓に悪いから急にやるのは勘弁してくれぇ~」


「だう~!」


 相変わらずカツキは元気だが、急にやって来てお取り寄せするのは勘弁して欲しい。


「あなた~、カツキがこっちに……って大きいのね」


「流石に焦ったわ」


 またも抜け出していたカツキを探しに来たユツキだが、俺が押さえている太陽光パネルをみて目を丸くしていた。


 足元を見るとご丁寧に接続用のケーブルも置いてあった。


「ひょっとして、俺はこれからこれを屋根の上に設置しなければいけないのだろうか?」


「頑張って、パパ!」


「……あい」


 愛する妻と娘の為にパパは頑張るのであった。






 当然ではあるが、御近所から奇異の目で見られたし、梯子で太陽光パネルを屋根に上に運ぶのは超重労働だった。


 とはいえ、なんとか蓄電池とケーブルで繋ぐことが出来て、これで蓄電池に充電することが可能になった。


「太陽光パネル1枚だと充電量が微々たる量だな」


「屋根に敷き詰めるなら後4枚は欲しいね」


「……そうですね」


 パパの労働はまだまだ終わらないらしい。




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