第10話 嫌じゃない

ホテルのルームサービスにお粥があるのかわからなかったから、朝お粥を作った。それをランチジャーに入れて、昨日と同じようにゼリーやプリンも持ってホテルに向かった。



10時をまわったくらいに部屋の前に着いて、ドアをノックしたけれど返事はなかった。

寝ているのかもしれないと思って、カードキーを使いドアをそっと開けて部屋に入ると、中には誰もいなかった。

持ってきたものをテーブルに置いていると、バスルームからハルキさんが出てきた。


「何してたんですか?」

「シャワー」

「熱下がったんですか?」

「全然」

「寝ててください!」

「うるさいやつだな」

「眠れました?」

「言っただろ? 眠れないんだって」


昨日よりもっと元気になってる。

でも、熱を測るとやっぱり38度を超えていた。


「お粥作ってきましたけど食べますか?」

「食べる」


お粥を食べるスプーンを持つ手が、少し震えていた。やっぱり高熱なんだ。

こういう時って、食べさせてあげるべきなんだろうか?

わからなくて、ハルキさんが自分で食べるのをただ見ていた。


「話しよう。そうしたらまた眠れるかもしれない。ここに座って」


言われた通り、ベッドの、ハルキさんが横になっている隣に座った。


どうしてなのかわからないけど嫌じゃない。

いつものわたしだったらこんなことしないはずなのに……


「唯織の嫌いな作家は?」

「太宰治」

「何で?」

「読み終わった後辛くなるから」

「わかる。あれはずんってくる。久遠遥以外で好きなのは?」

「作家というより作品ですけど『ジェイン・エア』」

「何度も読んでるっぽかったね」

「あれは、戒めだから。生き方を間違えないように」

「初めて聞いた。そんな感想」

「相手に受け入れてもらうことばっかり考えるんじゃなくて、自分が変わらないといけないんだって、自分に言い聞かせてるんです。でも、上手くできません」

「ふうん」

「ハルキさんの好きな本は?」

「ミステリー。初めてアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』読んだ時、衝撃を受けた」

「わかります! あれは驚きました」

「ジェフリー・ディーヴァーのは全部読んでる」

「リンカーン・ライムのシリーズですね」

「そう……」

「わたし、映画の007は見たことないんですけど、彼の書いた007の『白紙委任状』は……」


横を向くと、ハルキさんは眠っていた。

髪の毛がまだ濡れている。熱があるというのに乾かしてなかったんだ。


片方の耳にピアスをしているのには気が付いていたけれど、元々は2つ開けていたんだということがわかった。ひとつはもう塞がれて跡が残っているだけだった。


「眠れない」って言ってたけど、ハルキさんはしばらく眠っていた。

その横で、わたしはまたずっと本を読んでいた。

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