第9話 サインの書かれた本

「何で床に座ってるの?」


頭の上から声がして顔を向けると、ハルキさんが目を覚ましてこちらを見ていた。

わたしはベッドを背に床に座って本を読んでいるところだった。


「近くにいようと思って」

「あっちの椅子持ってきたら良かったのに」

「思いつきませんでした」

「それ何?」

「ジェイン・エア」

「良かった」

「何ですか?」

「もういない作家の本だったらヤキモチ妬かずにすむ」


「ヤキモチ」

その言葉で大事なことを忘れてる自分に気がついた。

ハルキさんは久遠先生と親しい関係にある人だった。


「ごめんなさい」

「何?」

「久遠先生が誤解してしまったら」

「何を?」

「ハルキさんって、久遠先生の恋人……」

「違う」

「えっと?」

「絶対違う」

「はい」

「今日は泊まってく? ベッド2つあるし」

「いいえ」


よく知りもしない人と同じ部屋に泊まるとか絶対にありえない。


「そっか」

「熱、測ってみてください」


体温計を渡すと今度は素直に熱を測ってくれた。


「38度2分」

「やっぱりすぐには下がりませんね」

「このくらいなら前は普通に仕事してたし、たいしたことない」


たいしたことないって……

でも、まだ熱は高いのに本当に来た時よりは普通に話をしている。


そういえば、ハルキさんの仕事って何なんだろう?

久遠遥のマネージャーみたいなものなのかな?


「もう大丈夫だから帰りなよ。それともやっぱり泊まって行く?」

「帰ります」

「明日も来るよね?」

「えっと……」

「テーブルの上のカードキー持って帰って。明日来た時それで勝手に開けて入っていいから」

「あの?」

「待ってる」


押し切られてしまった。


言われた通り、テーブルの上にあるカードキーを取ろうとして、大きな段ボール箱が置いてあるのに気がついた。

箱の上には宅急便用の伝票が置いてある。


「それ、唯織と約束したやつ。会った時、住所自分で書いてもらおうと思ってた。メッセージとかで聞いたら跡に残るから嫌かと思って」

「見てもいいですか?」

「どうぞ」


段ボールの中には、これまで出版された全ての久遠遥の本が入っていた。

手にとって表紙をめくると、サインが書いてある。しかも「唯織さんへ」と書いてある。


まさか?


ダンボールの中の本を一冊ずつ手にとって表紙をめくった。

全ての本にサインが書かれている。


「どの本が一番好きかわからなかったから」


ハルキさんが言った。

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