第8話 欠片

AKホテルの7002号室の前で、申し訳ないと思いながらドアをノックした。

ドアだけは開けてもらわないと入れない。


しばらくしてドアが開くと、


「マジで来るとかありえない」


それだけ言ってハルキさんはベッドに戻って行った。

部屋の中は暑いくらい暖房が強くかけられていた。


「熱測りましょう」


体温計を渡すと、嫌そうな顔をされる。


「何度かわかったら辛さが増す」


無理やり体温計を渡して、熱を測ると39度8分あった。

次に買ってきた解熱剤とペットボトルにストローを差して渡すと、薬は大人しく飲んでくれた。


「久遠先生は?」

「久遠遥目当てか」

「違います。あなたが心配で来ました」

「……あいつならいない」

「良かった。一緒にいたらうつると思って。きっとインフルエンザです。郡山がインフルエンザでしたから」

「だったらお前もうつるだろ」

「わたしは予防接種受けてるから」

「それでもうつるだろ」


もしかして心配してくれてるんだろうか?


「大丈夫です。少し眠れそうですか?」

「無理」

「じゃあ、目だけでも閉じて」

「いつも眠れない。すぐに目が覚める」

「それでも目を閉じてください」


しばらく静かだったから眠ったのかと思ったら、不意に話しかけられた。


「『欠片』って小説知ってる?」


心の中で、とくんと音が鳴った。


「主人公はいつも、自分はどこか欠けていると思っていて、そのカケラを探して旅に出るんだけど、どこにもそれは見つからない。最後がどうなったのか思い出せない」


その本をわたしは知っている。


わたしが中学生の頃だった。学校の図書室で、高いところにある本を引っ張ったら、その本が一緒に降ってきた。

わたしの中ではタイトルすら覚えていない本だった。でも、話の内容は覚えている。


「最後は、愛する人を見つけて、主人公の心は幸福で満たされるんですよ」


「ああ、そうか。良かった……」


わたしはこの人と、今日を入れてまだ3回しか会ったことがない。その内1回は、この人だということも知らなかった。

それなのに、話していると何だかよくわからない気持ちになる。


「ハルキさん?」


ハルキさんはいつの間にか眠っていた。

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