第4話 ストーカー

差し入れにはアップルパイを買った。


ちょうど京王百貨店で物産店を開催していたのは、まるでわたしと久遠遥との出会いを神様が祝福してくれているみたい。

久遠遥は神戸の大和屋のクランブルアップルパイが好きだと昔雑誌のインタビューで言っていた。

大和屋のは、りんごが酸っぱくてカスタードが入っていない。甘いのは唯一上にかけられたクランブルだけというアップルパイ。

ここからだと新幹線に乗って実店舗に買いに行くか、お取り寄せでしか手に入らない。

それがちょうど開催中の物産展で手に入ったのだから、これはもう奇跡。





ここに、大好きな久遠遥がいる。


言われた通り、AKホテルの7002号室の前に着くと、深呼吸をして、約束の時間ぴったりにドアをノックした。


何の返事もなくいきなりドアが開く。

顔を覗かせたのは男で、わたしの顔を見るや否や


「お前!ストーカーかよ!」


それだけ言って、ドアを閉められた。


えっと……


部屋番号を確認した。


7002号室。


合ってる。


AKホテルの7002号室に午前11時。


絶対に忘れないと思ったけれど、それでもスマホにメモも残していた。


合ってる。


何で初対面の人にストーカー呼ばわりされないといけないの?

でも、もしかして、本当にストーカーがいて、一瞬だったから間違われた?


さっきはドアをノックした後、すぐにドアが開いたから名前を名乗れなかった。だからノックをしながら名前を告げた。


「鷹ノ井出版の楓月です。郡山が忘れたボイスレコーダーを取りに伺いました」


今度はゆっくりとドアが開いた。


「カヅキイオリって男じゃなかったのか」

「よく間違われますけど違います」

「……入って」


男は不愉快そうだったけれど部屋に入れてくれた。

部屋に入ると、名刺を渡した。


「制作部? 編集部じゃないの?」

「はい」


ツインルームの部屋を見渡したが、この男しかいない。

男は改めてよく見ると、背が高くて雑誌のモデルみたいに整った顔をしていた。きっとモテるんだろうな。


「何?」

「いえ、これ、久遠先生にお渡しいただけますでしょうか」

「あ、大和屋の。へぇ」

「あの、ボイスレコーダーを」

「ああ」


渡されたボイスレコーダーをカバンに入れる間、男はずっとこっちを見ていた。


「今日は眼鏡なんだ」

「いつも眼鏡ですが?」


不意に眼鏡をとられた。


「あの?」

「めちゃくちゃキツイね。外すとどのくらい見えないの?」

「世界が色のついたかたまりになります」

「コンタクトは?」

「怖いので」


この人は今、どんな顔をしてこんな会話をしてるんだろう……

久遠遥もいないみたいだし、早く帰ってしまいたい。

そもそも、この人久遠遥の何なんだろう? 恋人?


紙袋のガサガサという音と共に、甘い香りが漂ってきた。


この人、久遠遥に買ってきたアップルパイ食べてる。


「あの、それ、久遠先生に……」

「大丈夫だよ」


そういう仲ってこと?


「久遠遥好きなの?」

「えっ? はい」

「面白い?」

「はい」

「どこが?」

「……高校の時……学校行くのが怖くなった時があって、しばらく引きこもっていました。でも、たまたま新聞広告に載ってた久遠先生の本の紹介文に魅かれて、親に頼んで買ってきてもらって」

「なんて本?」

「『最果てに』です。その本の中で、主人公が友達に言うセリフ『世界中には何億と人がいるのに、たった数人に嫌われてるからって、全てを投げ出すの? まだ出会ってもいない人がたくさんいるのに。そんな人達のせいであなたの人生を終わりにするなんて勿体無いじゃない』。わたしはその言葉に救われました」

「そんな長いセリフよく覚えてんな」

「久遠先生って、どんな方なんですか? きっと書かれる文書と同じくらいお綺麗な方なんだろうな、って勝手に想像してました」

「あー、綺麗、かな」

目の前の男は言いにくそうに答えた。


失敗した。調子に乗って話しすぎてしまった。


「眼鏡、返してください。もう失礼しますので」

「昨日のと、さっきのストーカーと間違えたやつのお詫びに何かしてやるよ」

「昨日って何ですか?」

「唯織、昨日本屋でオレの彼女になったじゃん」



この人って、昨日人のこと勝手に「彼女」呼ばわりした、あの男?

それで今日はいきなり名前を呼び捨て……

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