第2話 居場所

昨日は変な男のせいで、心の中がざわってなってしまったけれど、大好きな久遠遥の新刊を買って帰って一気に読んだら、もやもやは吹き飛んで、温かい気持ちで満たされた。


やっぱり久遠遥はわたしの神様。





「おはようございます」


いつものように、「誰に」と言うわけでもなく朝の挨拶をしながら「制作部」と書かれたドアを開け、自分の席に向かう。

でも今朝は、席に着く前に坂本課長に呼び止められた。


「あ!楓月いいとこに来た。これ編集部に持ってってくれ」


目の前にA4の茶封筒を差し出される。


「編集部のが間違って俺の席に置かれてた。速達になってるからすぐに頼むわ」


「はい」



編集部!

この鷹ノ井出版に入って、いつかは足を踏み入れてみたいと夢に見ていた編集部に行ける日が来るなんて。

ただのお使いだけど。


子供の頃から本が好きで、出版社で働くのが夢だった。

夢は編集者になって、作家さんと二人三脚で本を作ることだったけれど……わたしには対人スキルが無さすぎた。

初対面の人とは上手く話せないし、自分の意見を言うのが苦手。

だから、わたしは制作部の中でもWEB制作を志望して、憧れだったこの会社に入社した。

ここでのわたしの仕事は、会社のHPの更新や新刊の特集ページの作成、オンラインショップの管理などで、一日中PCのモニターだけを見て過ごしている。

隣の人と話すこともなく、仕事柄「お昼休憩」といった括りもなくて、ひと段落ついたら休憩という形だから、同じ部署の人とお昼を一緒にとることもない。

挨拶も必要最低限。


人との関わりみたいに、どこでミスをしてしまったのかわからないうちに関係がこじれてしまうことなんてないから、わたしにはぴったりの居場所なんだと思う。



PCは人を裏切らない。

プログラムがエラーを弾き出すのは、あくまで人為的なミスによるもの。そして、そのミスが何なのか、エラーメッセージが指摘してくれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る