桜の舞うあの場所で

野宮麻永

第1話 誰が?誰の?

夜はもう寒いなぁ。


残業を終えて、会社のあるビルを出ると、その足で本屋に向かった。


本屋といっても最近の本屋はゲームコーナーが広く場所を占めていて、だんだん本のコーナーが侵食されている気がする。

みんな本屋で手に取って買ったりしないで、ネット注文とかで買うからなんだろうな。


電子書籍の方が便利なのもわかってる。

でも、どうしても手元に置いておきたい本というものがある。

それらの本を自分の部屋の本棚に並べて、背表紙を見るたびに、その物語に思いを馳せる。誰にも何も言われない、わたしの幸せ。


それにしても寒い。

こういう時は気をつけないと……


駅前にある本屋に着くと、分厚いガラスのドアを引いた。

冷たい風と一緒に店内へ入ると同時に、やっぱり!

すうっと眼鏡が曇ってきて目の前が白くなった。

今日みたいに寒い日は、暖かいところに入った瞬間、眼鏡が曇って視界がふさがれてしまう。

仕方がないので眼鏡をはずして、その曇りを拭こうとした瞬間、誰かにぐいっと肩を掴まれ、そのまま引き寄せられた。


「見たらわかるだろ?彼女と一緒だから」


頭の上で聞いたことのない声がした。


彼女?

誰が?

誰の?


思わず声のする方を見上げたけれど、視力がとんでもなく悪いわたしには、間近にいる人の顔すらぼんやりとしか見えない。


誰?


わたしの肩を離さないまま、その男?は、目の前にいる女の人?にきつい言葉を投げかけていた。


「ついてくるな。迷惑」

「わたしずっと好きで……」

「そーゆーのただの押し付け」

「そんなこと……ひどい」

「泣くんだったら向こうで泣いて。オレらの邪魔しないで欲しいんだけど。オレには彼女だけだから」


最後の一言が効いたのか、目の前にいた女の人の姿が視界から消えた。

それでようやくわたしの肩を掴んでいた手が離れた。


「悪かった」


男はそれだけ言うとどこかへ行ってしまった。


わたしはたった今起きたことが何なのかもわからず、しばらくその場に立ちつくしてしまった。

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