第4話 白黒の魔法

梅雨の代わりに蝉時雨が降り始めた清夏。季節を1つ飛ばした秋に出す、書道部として1番大きい展覧会に向けて作品を書いていくことになった。この展覧会は、ほかの高校もほとんどが出品するという莫大なもので、どの高校もここの展覧会で入選するため、そして全国への切符を掴むため、力を入れている。私もここの展覧会で入選するために、あわよくば全国大会に出場するために、臨書する古典選びから慎重になっていた。うーん、どうしようかな。この膨大な量の古典から1つを選ばなきゃなのか。難しい。なんて思いながら作品集を見ていた。ふと2つの作品が目に留まった。「雁塔聖教序」と「九成宮醴泉銘」だった。それぞれ書道の授業で扱っていた古典で、私はただ書きやすそうだなっていう単純明快すぎる理由で候補に上げた。それを試し書きしようってところで、私は先に選んだ雁塔聖教序から書いてみた。そうすると九成宮を書くまでもなく先生にこれでいこうって言われて、私が取り組む作品はあっさりと決定してしまった。そんなこんなで書き始めて、もちろん書きやすいわけもなく最初は難しすぎて思ってたんとちがう状態になった。というか本当にその文字を半紙1枚使って書いたこともある。「思ってたんとちがう☆」ってね。唯一先生には言えてない半紙の無駄遣いかも。でも書いていくうちに字形のバランスが取れてきて、割と早い段階で半紙からサイズアップした半切に書いてみることになった。私は自惚れていた、この作品、私に向いているんじゃないか?なんてね。いやこれ結構本気で思ってた。でも、半切となると字の大きさも変わるし、何よりたくさん文字を書いている感があって、あと何行あるかとかがすぐにわかるから、やっぱり最初は何となく疲れた。まだ文字自体も線質をちゃんと捉えられていなかった頃だから、どうしても上手く行かなかった。それでも書くことは辞めなかった。やめないでいたら段々褒められることも増えてきた。この字は良くなってきたねって微々たる割合ではあるけど多くなってきて、それが嬉しくてまた書いた。書いて書いて、それでも上手く行かなくて悩んだこともあった。病んだこともあった。どうしても重圧に押しつぶされそうになって、辛かったときもある。でも、私はいつの間にか雁塔が好きで好きでたまらなくなってた。そんな色んな感情が混ざって、作品は完成した。約2ヶ月やりきった。審査が確か10月頭で、その日と次の日はすごく緊張していた。結果は入選。一旦私の最低限の目標は達成した。でもやはり私が見ていたのは全国で、全国への審査対象の作品数は限られているからそこに選ばれないと審査すらしてもらえないのだ。このときは選ばれずに終わった。1年生だからしょうがないとは思ったけど、どこか悔しくて、それもまた全国への夢を膨らませる空気となった。

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