第4話 嬉しくて ※文花視点
私――夢前文花には好きな人が……いや、大好きな人がいる。
その人の名前は上山優真。 小学一年生のときに私といつも遊んでいた赤みがかった茶髪の男の子。 私は「ゆーくん」って呼んでいる。 小学二年生に上がる直前に私が引っ越してしまい、それ以来会えていない。
でも、お別れをするときに結婚の約束をした。 告白は私の方からだったけど、ゆーくんの方からまた会う約束をしてくれた。 私はそれが本当に嬉しかった。 お父さんからは「ここにはもう帰ってこないと思う」って言われたから、もう会えないと思っていたけど、いつかまた会えると信じることができたから。
引っ越した後、私は自分磨きを始めた。 始めた理由は、ゆーくんといつか再会できたときに「あなたの婚約者です!」と胸を張って言えるようにするため。 あと、ゆーくんにたくさん褒めてもらいたいから。
そうして、私は小学生のうちから、勉強や運動、習い事、料理とかを頑張った。 特に、料理は大変だった。 お父さんが「文花に危ないことはさせたくない!」って言ってキッチンを使わせてくれなかったから。 お母さんに協力してもらってなんとか説得したけど……。
あとは習い事も、いろんなものに挑戦してみた。 ピアノやダンス、書道、生け花――他にもたくさんしてみた。 家が転勤族だから長続きはしてないけど、今でも先生から頂いた教材やネットの力を使って家で練習している。
ゆーくんと離れてから、三回目の引っ越しを中学生に上がる直前に行い、やっとお父さんの仕事が落ち着いたらしく、中学は三年間同じところに通うことになった。 その頃には、オシャレにも挑戦していて、短かった髪も伸ばし色んな髪型に出来るようにした。 自画自賛になってしまうけど、可愛くなったと思う。
ただ、そうなると必然的に周りの異性からの視線が気になり始め、告白もたくさんされた。 中学生といえば、異性に興味を持ち始める時期だから、悪いことではないと思う。
でも、中にはしつこくアプローチしてくる人もいた。 たまたま席が隣になった金髪の男子からは、特にしつこくアプローチされた。 その男子は家がお金持ちらしく、顔も良いためモテていた。 だから、普通はそんな男子からアプローチをされたら喜ぶべきだと思う。 でも、私にはゆーくんという心に決めた人がいたから、振り向く気にはならなかった。
それに、その男子は、かなりのナルシストで、他人を見下すような発言も多く、正直嫌いだった。
私には好きな人がいてその人と結婚の約束をしていることを伝えたときは――
「その男が約束を覚えている保障はないだろ。 それに、学年一位の成績で、スポーツも万能、そして美少女な文花ちゃんと釣り合う男はこの俺くらいだからさ。 文花ちゃんもそんな、再会できるかもわからない男のことなんて忘れなよ」
――と言われ、怒りが湧いた。 ただそれ以上に、今まで考えないようにしていた「ゆーくんが約束のことを忘れているかも」という不安が私に襲いかかり、私は泣いてしまった。
一部始終を見ていた女子たちが私を慰めてくれて、それからはその男子が近づこうしてきたら牽制してくれるようになった。 あと、モテていたはずのその男子の人気も落ちていった。 理由は「さすがにあの発言はないわー」とのこと。
その一件以来、私に好きな人がいることが学年、いや学校中に広まった。 あの金髪の男子が広めたらしい。 ただ、そのおかげで告白される頻度が減ったから、結果としては良かったかもしれない。 それでも週一のペースだけど。
そんな中学校生活を終え、私は地元の高校に進学した。 もちろん偏差値が高めの進学校だ。 ただ、一つ誤算だったのはあの金髪の男子も入学してきたことだった。 中学の私の知り合いがいなかったから、金髪の男子は私に話しかけてきた。
「お、文花ちゃんじゃん。 高校の制服も似合ってるね。 そういえば、入試、首席合格なんだって? さすが、文花ちゃんだね!」
正直、頭を抱えた。 好きでもない、むしろ嫌いな人からの言葉より、私はゆーくんからの褒め言葉が欲しい。 とにかく、この男からなんとかして離れたいと思った。
そんな願いが届いたのか、お父さんの転勤が決まり、引っ越すことになった。 なんと引っ越し先は、ゆーくんと一緒に過ごしたあの町だった。
「文花がここに残りたいのなら――」
「私もついていく!」
「お、おう」
私は転校を決め、引っ越しをした。 ちなみに、あの金髪の男子に引っ越すことを伝えたら驚かれた。 あと、どこに引っ越すのかをしつこく聞かれた。 結局、私は答えなかったけど。
そして、転校初日目を迎えた。
正直、ゆーくんがこの高校にいるとは限らないし、そもそもゆーくんがこの町に残っているかもわからない。 それに、私が住んでいる家の場所も前とは違うから土地勘もない。 だけど、ゆーくんの手がかりは見つかるはず、時間がかかってでもゆーくんを見つけようと、私は考えた。
でも、ひとまずはこの新しい高校に慣れないといけない。 ゆーくん探しは、落ち着いてからにしようと私は気持ちを切り替えた。
先生に呼ばれて、私は教室に入る。 転校には慣れているから、変に緊張せずに自己紹介をする。
すると、一人の男子が立ち上がった。
私は突然のことで頭の中に「?」を浮かべて、その男子の顔を見た。
その瞬間私に電撃が走った。 赤みがかった茶髪と瞳の男子。 その顔はまるで、ゆーくんをそのまま高校生まで成長させたような顔だった。
「もしかして、ゆーくん……?」
私の呟きに彼が答える。
「うん、そうだよ。 ふーちゃん」
私は思わずゆーくんに駆け寄り、抱き着いた。
ゆーくんも私を強く抱きしめ返してくれた。
私はゆーくんに会えたことが、ゆーくんが抱きしめ返してくれたことが、ゆーくんが私のことを覚えててくれたことが嬉しくて、涙を止められなかった――
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