第30話(戦艦大和・空母信濃最初で最後の共演)

三十話(戦艦大和・空母信濃最初で最後の共演)


勝和20年(1945年)札幌民主自由国経由で工面された燃料により、かねてより計画されていた沖縄水上特攻の目途がついた。

「これで海軍の意地は見せられるだろう」水上特攻を強硬に主張した神重徳(カミシゲノリ)主席参謀はどこか満足気であった。その態度が本心であるかはわからない。


『大和』以下、この水上特攻を指揮する伊藤整一中将は当初はこれに反対したものの、草鹿龍之介参謀長の「一億総特攻の魁となってほしい」の一言に折れた。


その特攻に反対する艦長らを説得する際、伊藤が用いた言葉は「我々は死に場所を得たのだ」という一言であった。一同に反論する空気は失せていった。


「もう、『信濃』が共に出撃してくれたところで結果は明白だ。いたずらに、死にゆく若者を増やしたどこぞの同盟国様を恨むほかあるまい」

『信濃』の阿部艦長は呟いた。

「未完成の空母『信濃』として呉に入りそのまま朽ち果てる運命のはずが、沖縄目指して水上特攻の一翼を担うことになったことは軍人としては誉れとしなければならないが、付き従う招集された兵には気の毒でしかない。この時代に生まれた宿命だな。生き残れば未来を担っただろうに…」

艦長の独り語りはここで終わった。儚き命に思いを馳せた結果、変えられない結末を前にむなしさともの悲しさに襲われて思考が途絶えたのだ。

気持ちを切り替えた阿部艦長は軍人の顔に戻っていた。


勝和20年(1945年)4月7日、鹿児島県沖南方の坊ノ岬沖で、沖縄水上特攻部隊は米軍空母艦載機による襲来を受けた。

『信濃』の直掩機(艦隊を護衛する為に空中待機している戦闘機)は奮戦するものの、発艦するのが精一杯の予科練生も多く含まれており、死ぬまで飛ぶか撃墜されて死ぬかの二択に事実上なっていた。特攻を護衛する為の特攻だった。

重装甲の飛行甲板を持ち、大和型の船体を持つ『信濃』だが、艦載機も無くなり丸腰同然となると残された役割は囮艦として敵機を引き付けることで、時間を稼いで『大和』を延命させるしかなかった。

しかし、米軍は増援機を更に向かわせることであっさり対応したらしく、懸命な努力は水泡に帰した。

「『信濃』は軍艦としては望ましい最期を飾れたのかもしれん。それ以上でもそれ以下でもない」

阿部艦長は独り言を言った。

「総員退艦用意」

今度ははっきりと命令した。

『信濃』は既に注排水システムの限界を超えており、船体の傾斜が激しくなっている。

命令に従い退艦する者たちが居る中で、艦と運命を共にすることを望む者がいた。それらの部下たちを説得する時間はなく、艦長自身がそうするのだから説得力がない。

電信室から『大和』へ「シナノオサキニマイルヤマトゴブウンヲ」と送りそれ以降通信が行われることは無かった。

不沈空母として企図され、大和型から空母化された『信濃』は空母として戦いながら、戦艦並みのタフさを発揮することで存在感を示した。そして、派手に沈没した。

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