第21話(無常なるかな南雲機動部隊ソロモンに散る)

二十一話(無常なるかな南雲機動部隊ソロモンに散る)


勝和17年(1942年)8月8日に三川軍一中将率いる第8艦隊が、ソロモン諸島海域で敵艦隊と交戦。重巡洋艦4隻撃沈・一隻大破の戦果を挙げたが、輸送船団に対する攻撃を怠った結果、重火器類などの多量の物質が米軍に補給された。

一木清直大佐率いる一木支隊や、後に投入される川口清健少将率いる川口支隊が投入されるが、情報の誤りなどによる敵戦力の実態が、十分に把握できていなかったことによる作戦そのものの甘さが大本営にあった。その結果、いたずらに犠牲者ばかりを増やしてしまう有様となり、ガダルカナル島は飢餓に苦しむ『餓島』と呼ばれるようになる。

そのような中、勝和17年(1942年)8月23日に『第二次ソロモン海戦』が行われた。

『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』5隻の正規空母に軽空母『龍驤』を加えた計6隻の空母を擁する南雲機動部隊にここに来て更なる慢心や驕りが充ち満ちていた。

「我々の手にかかれば米空母であろうと飛行場であろうと、何するものぞ!恐るるにあらず!」

将兵ともにそのような空気であった。

その中で過敏なまでに空母を沈めまいとしていた南雲忠一提督は対空防御に気を取られすぎるあまり対潜(対潜水艦)防御をお留守にしてしまった。

敵機動部隊『エンタープライズ』『サラトガ』『ワスプ』の3正規空母の艦載機の迎撃に気を取られる余り、米潜水艦の雷撃を受けてしまうことになった。しかも不発弾の多かった不良点は改善されており、日本海軍に災いした。

瞬く間に『赤城』『蒼龍』『飛龍』がなす術もなく沈没した。

「我らは何をしにはるばるここまで来たんだろうな?」沈みゆく『飛龍』座乗司令官、山口多聞少将はそう言いながら艦と運命を共にした。

結果として日本海軍の大惨敗に終わった。

盛者必衰の理の如く、無敵を誇った南雲機動部隊はソロモンに散ったのである。


特殊ルートから戦況報告を受けた田ノ浦真守は、

「ミッドウェー海戦の奇跡からほんの僅か数ヶ月でこの惨敗か…これが歴史の修正力なのか?」

田ノ浦の疑問を解決することなく戦局は悪化の一途をたどり続けることになるが、札幌民主自由国はそれを聞いても指をくわえて見ている他なかった。


閑話②(戦時下の札幌民主自由国の日常)


いくら札幌民主自由国の技術が進んでいるとはいっても、帝国日本のメディアがラジオと新聞しかないうえに検閲済みの修正された情報であることを前提に鵜呑みには出来ないことを平声民の人々は歴史として知っているので、多少のズレはあっても、

「教科書の年表的に帝国日本の戦局はもう傾いているだろうな」

「違いねぇ。今は無茶な要求をして来ねぇが、いつどんな無茶ぶりを言い出すかわからんぞ」

「要求が命令に変わったらここもいよいよヤバいな」

そんな会話が日常生活に溢れているのが当たり前のことになっていた。

その日は日本史の教科書ではミッドウェー海戦で帝国日本海軍が大敗北を喫した事が記されている日だった。

少なくとも戦時下の札幌民主自由国民が戦局状況の把握の指針として役割を果たしているのは、元々は未来人である平声日本国民として学校で教わった近現代の歴史だった。

自警団の内藤優馬と君塚令佳たちも今現在の状況を楽観視出来ないと判断していた。

「優馬君、最近の札幌は内地からの疎開者がかなり増加しているわ」

「令佳、何か問題があるのか?」

「この札幌国は、備蓄食糧に完全に依存しているのよ。人口が増せば食糧消費量は大幅に増加して備蓄がなくなるわ」

「ということは、この国も配給制が迫りつつあるってことか?」

「そうね。私たちが未体験の極貧生活と食糧難に加えて戦争による死の危険まで待ってる。優馬君、腹括りなさいよ!頼りにしてるわ」

「お、おう」

淡々とした口調で令佳がこれからの絶望的状況を説明して、覚悟を迫られた優馬はたじろぎ気味にそう答えた。

「シャキッとしなさいよ!シャキッと!」

令佳に活を入れられている優馬は、既に彼女の尻に敷かれている。

彼らの日常から平穏無事な生活は遠い過去になりつつあった。


閑話③(札幌民主自由国政府内の対立)


帝国日本軍のガダルカナル島における大敗北を、無線傍受と暗号解読で知った自衛隊の田ノ浦真守は一つの疑問にぶち当たっていた。

「札幌民主自由国民でだけを守れば自衛隊なのか?時代は違っても同じ日本人じゃないのか?」

そう思う一方で、

「帝国陸海軍をはじめとする軍部の統制に反して組織されたのが自衛隊じゃないか。徹底的に協力するのは道義に反するのではないか?」

そう自問自答したりもした。

考えはするものの文民統制(シビリアンコントロール)が原則としてある以上、田ノ浦に政治的な発言権は無い。


しかしながら、この疑問にぶち当たっていたのは文民である札幌政府内の人物たちも例外ではなかったのである。

「私たちの存在意義は南樺太でソ連軍を足止めする事よ!」

矢矧須津香大首領は唐突に札幌政府の存在意義を自ら示した。

「南樺太に自衛隊を派遣されるおつもりですか?札幌はどうされるというのか!」

札幌政府外務長官・御影平浩成<ミカゲダイラヒロシゲ>は外交を軽視するかのような矢矧大首領の方針に反発した。

「我々はアメリカともソ連とも水面下で交渉しているのです。それを水の泡にされるのか!」

「その交渉テーブルに両国に着いてもらうには、南樺太防衛が必須なのです。そこまでなら日札同盟に基づく自衛権の行使は可能じゃないかしら?」

「う…」

正論らしきものをぶつけられた政府高官らは、不満を抱えつつも一旦は矛を収めざるを得なかった。

この頃から札幌政府は一枚岩の組織ではなくなっていくのである。今回の一件はその前触れに過ぎなかった。

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