第6話(須津香なる首領)

六話(須津香なる首領)


知事執務室で矢矧須津香は静かに住民投票の結果を待っていた。まるで勝利がはじめから決まっている出来レースの主役かのように。

「この北海道知事室が札幌臨時政府のトップの執務室になるのね。私はその一番近いポジションにいる。例えかりそめであっても国会成立以降に一国のトップに立った女性は日本国にはいなかったのよ。この機を逃しはしないわ」

矢矧知事は溢れんばかりの野望を胸に秘め静かに、ただひたすら静かに開票結果を待ちつづけた。

開票結果は言わずもがなであるが『矢矧須津香』を札幌臨時政府の首領<シュリョウ>として認めるという結果に収まった。

「首相じゃなくて首領なのね。マフィアのドンみたいね。大首領に改称しましょう」

(たいして変わらないと思うけどな)側近の一人はそう思った。

すぐさま会見が開かれた。と言ってもテレビもラジオも新聞すらもない状況下においてである。これでは内部関係者への訓示である。

「暫定大首領の矢矧須津香です。本日只今より札幌臨時政府の樹立を宣言します!」

実際には誰が指導者を務めるかの確認作業をしたに過ぎないと言ったらそれまでの話なのだが、札幌国民となった民衆にとっては一大イベントに参加したかのような高揚感があった。

この日から北海道をめぐる大日本帝国との戦いは事実上火蓋を切ったのである。

既に札幌周辺の地域では小競り合いが起きており予断を許さない状況であった。

「のんびりとはしていられないわね」

「当然です。あなたはもう自治体の首長ではないのです。臨時政府の長なのですから」

矢矧須津香は襟を正した。

「私だって任官拒否した防大卒です。幾分も前の話ですが素人が指揮するよりはましでしょう。優秀かはわかりませんけど」


閑話①(無邪気な子供・戸惑い躊躇<タメラ>う親)


臨時政府の樹立を持って治安が回復したわけではない。しかしそんなことを遊びたい盛りの子供に我慢を強いるのは親の本意ではなかった。

「おかあさん、なんでおそとであそんじゃいけないの?」

「いまはおそとであそんじゃいけないの。とてもあぶないのおそらのくににつれていかれちゃうのよ」

「はぁい」

子供は力なく返事した。

重要なポイントをぼかしながら親御さんは無邪気な子供に外で遊ぶことの危険性を教育しようとしている。

「今はこの子たちも耐えてくれているが、我慢の限界が来たら勝手に外へ出て行きかねない。どうしたら良いものか…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る