第7話 旦那様は孤独?
《sideシノ》
旦那様とアジトで暮らし始めて、半年が経った。
毎日美味しいご飯を食べて、旦那様から勉強を教えてもらって、商人になるための心得を学んでいます。
不思議なことばかりが訪れる日々は驚かさればかりで、旦那様以外にも同居人が存在します。
「シノ! シノ!」
「ヨル先輩、おはようございます」
「おはよう! おはよう!」
アケガラスのヨル先輩です。
旦那様のテイムモンスターで、夜の王と呼ばれる特別な種族だそうです。
普段は、家の中で寝ておられますが、旦那様と狩りに出ては凄く大きな魔物を仕留めてこられるのです。
アジトの周りは森の中で、旦那様が作った結界が張ってあるので、アジトは安全です。その精巧な作りに妖狐族の魔法がいかに幼稚だったのか思い知らされます。
魔法は自然界の精霊に力を借りて、自らの魔力と合わせることで作り出せると言われている。
だけど、そんな単純な魔法で、思考を停止していては旦那様の魔法に追いつくことはできません。
旦那様は、自分を天才と呼ぶことはないのです。
私からすれば、どんなことでも出来てしまう天才だと思うけれど、旦那様の言葉を借りるのであれば。
「物事には原理や原則が存在する。それを理解すれば、料理をするのも魔法を放つのもたいして違いはないそうです」
料理と魔法を同じレベルで考えてしまう旦那様は異常です。
そんな私も旦那様の指導で料理を覚えました。
まだまだ上手くは作れないですが、自分の好きなものは上手く作れるようになりました。
最初に旦那様が食べさせてくれたりんごのすりおろしが美味しくて、何かリンゴで料理ができないかと思っていると。
旦那様がアップルパイを焼いてくれました。
暖かいりんごは初めて食べたのですが、それが甘さを引き立て、パイの塩みが合わさって、おいしさを何倍にも増やしてくれています。
「好きこそ物の上手なれ。 楽しんでやることによってうまくなるものだ。そういうことの方が熟達するのも早い。楽しんで出来ることを増やすことだな」
旦那様は私にたくさんのプレゼントをくれます。
それは《生きる》ということを教えてくれているようで、年齢を聞くと三十歳だと言われていました。
ですが、もっと長く生きておられるのではないかと思うほどに知識をたくさんもたれているのです。
実は1000年生きるという噂に聞くエルフさんで、それを隠されているのではないかと疑ってしまいます。
こんなにも穏やかで幸せな日々が続いて良いのかと思うほどに戸惑いと優しい時間が、私の人生で初めて訪れました。
「そろそろシノも文字や計算ができるようになった。商人ギルドに登録に行ってもいいだろう」
「ですが、鑑定ができません」
「なんだそんなこともまだ出来んのか? 前に教えたはずであろう?」
「申し訳ありません」
前に教えてもらったけど、その時は魔力の扱いが今よりも上手くできなかった。
「うむ、ならば本日は魔法の訓練をするとしよう」
私は旦那様の魔法が大好きです。
理路整然と整列された魔法陣は見たこともないほどに美しく。
攻撃力が皆無で、人を害せないと言われる旦那様は、攻撃力以外の全てを神様から授かったのではないかと思います。
「良いか、鑑定とは世界への問いかけを意味する。自分の知識を使うわけではない」
「はい! そう習いました」
「それは人にとっての認識を知るような話だ。つまりは、魔法陣の構築には、目元と耳元に魔力の集中が必要になる」
「目元は、鑑定したい物を鑑定するためですね」
「そうだ! そして、耳元の魔力は他人の声を聞くために存在する。鑑定は、世界で認識されている名前か、価値、そしてアイテムの本質を見抜く」
旦那様以外の方に鑑定についての説明を聞いたとき、こんな説明をしてくれた人はいません。それに世界に問いかけると言われても私には意味が理解できません。
旦那様には世界がどのように見えているのでしょうか?
「やってみろ」
「はい!」
私は旦那様に教わった通りに、目元と耳元に魔力を集中させて、鑑定の魔法陣を発動します。
旦那様が置いてくれたナイフの鑑定をします。
ナイフは、普通の果物ナイフではなく、私が傷つかないように人を切れないように付与魔法がついていました。
価値も高いもので、普通のナイフではなく魔導具の一種でした。
「どうだ? できたのか?」
「あっはい! 無刀のナイフ。魔導具で人と傷つけないように付与魔法がついています」
「うむ。本質と詳細説明は完璧だ。価値は?」
「はい。価値は銀貨十枚で、普通のナイフの十倍ほどの値段です」
「完璧だな。では、街に行くぞ」
アジトに来てから、私は初めて外の世界へ行きます。
やっと旦那様のお役に立てるのです。
そう思うと、とても嬉しくて未来への不安よりも楽しみの方が勝ちます。
「何を笑っている?」
「嬉しいのです。やっと商人になれることが」
「ほう、シノもわかっているではないか、商人は目的達成が明確で、面白さはピカイチだ。お前も満足できることだろう」
そういう意味ではありませんよ。
ですが、旦那様が商人の話をするときは楽しそうなので、黙って聞いていますね。
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