第6話 友人のありがたみ
王国国税庁に目に見える屋敷や店、商品などの財産は全て奪われた。
財産の八割を失ってしまったことになる。
だが、それがどうしたというのだ。
行商人をしていた時のことを思えば遥に十分だと思える財産は持っている。
だが、もうどうしても返って来ない友を失った。
一人で酒を飲みながら月を見ているとどうしても奴のことを思い出してしまう。
全身を包帯でグルグル巻きにして、頭に大きな傷を持つ無骨な親友のことを。
「旦那様」
「どうかしたのか?」
「旦那様は、たまに悲しそうな顔をされます。どうしてそんな顔をされるのか私は気になるのです」
声帯の訓練をして、話せるようになった。
流暢に話ができるようになれば、女という生き物は話をしたがるものだ。
男などよりも言葉を紡ぐのが上手くて賢い生き物だ。
それに感情を問いかける。
結論だけを言っても納得しない瞳を見れば、自分が悲しいなどと思うことが、この俺様にあったのかと疑問に思ってしまう。
「お前に友人はいるか?」
話の始まりとしては陳腐な問いだ。
「友人ですか? そうですね。村にウサギ族のクウという女の子がいました。多分私にとっては唯一の友だったと今なら思います。クウは両親に売られて奴隷をしていたそうです。ですが、ある方に逃していただき、我村に来て。呪われた後も私たちの世話をしてくれて、意識を失うまで世話をしてくれたかけがえのない友人です」
友がいるのであれば、いつかその友に会わせてやらなければならないな。
俺様は人生で友は大切だと考える者だ。
「そうか、人生とは、一人では生きていけぬのだ」
「そうなのですか? 旦那様は全て一人でなんでもできてしまいます」
「できるから、一人でいいというわけではない」
俺様は酒に酔っているのか、余計な言葉を口走る。
♢
《sideシノ》
旦那様はいつも飲まれないお酒を飲みながら、私に温かいココアを入れてくださいました。
旦那様が入れてくれるココアは、甘くて温かいです。旦那様と生きていくのではダメなのですか?
私はそんな言葉を旦那様に言いたかったけど、旦那様は遠い眼差しで月を見上げておられました。
「良いか、もしもお前が店をやろうと思う時、一人でなんでもやろうとしてはいけない。商売とは人と人を繋ぐための仕事だ。だからこそ、一人でなんでもできるではなく、友人を作り、誰かのためを思い、人が必要とする物を考え続けるのだ」
旦那様は、とても難しいことを私に伝えてくれます。
私はバカで、文字を教えてもらっても、数字を教えてもらっても、言葉の使い方や礼儀作法を教えてもらっても、どんなことよりも旦那様が、たまに語り出して教えてくれる難しい話がとても好きです。
そっと膝の上に頭を乗せると、旦那様が頭を撫でてくれるのが嬉しくて、ずっと側にいたいと思いました。
「俺様には、たった一人だけ友がいた。そいつは最高の悪人だった」
「最高の悪人なのですか?」
最高の悪人が友とは? 旦那様はたまにおかしなことを言う。
悪い人は良くないことばかりするのではないでしょうか?
「そうだ。惨たらしく人を殺す。残忍で、最低で、容赦なく人を殺していた。自分の強さを示し、酒と女とギャンブルと、悪でいるために必要なことを全てやっていた」
「申し訳ありません。それが旦那様の友人なのですか?」
そんな人は旦那様に相応しくありません。
旦那様は優しくて、こんな私を救ってくれた英雄です。
そんな悪人なら、過去になって良かったのではないでしょうか?
「くく、そうだ。唯一無二の友だ。悪とはな悪いことばかりではない」
「悪なのに、悪いことじゃないのですか?」
「そうだ。結局は、大局にいる者や、権力を持つ者の自由に法律や時世など変わってしまう。だが、悪だけはそれに抗うことを許されるのだ」
本当に旦那様の言葉は難しいです。
悪だけが抗える? 正義では抗ってはいけないのでしょうか?
「だが、悪の道も一人で歩むのはつまらないんだ。例えば殺人は、誰かにかまってもらいたくて人を殺す。強盗も人から物を奪う。盗賊も、山賊も、人と人の関係の中で、承認欲求を求めている。自分が求める物を他人が持っていて、期待して、それが叶わなくて壊してしまうんだ」
今日の話は今まで一番難しい話に思えました。
「何かを成そうとした時、同じ方向を見て、自分の力を示し合う。どちらかが折れたら、その道は閉ざされる。一人で向かっても振り返った時、誰もいないなら虚しいだけだ。共に歩み、喜び、笑い合える友は絶対に大切にしろよ」
そんな大切な人を旦那様は失ってしまったのですね。
だから、そんなにも悲しいお顔をされている。
私はその方の代わりになることはできませんか?
「何かを成したとき、一人なら振り返った先にあるのは過去の功績だけだ。だが、友が一緒に歩いてくれるなら、後ろではなく隣に共に笑える奴がいる」
そこで旦那様は椅子にもたれるように眠りについてしまいました。
旦那様は痩せた方ではありますが、今の私ではベッドまで運んであげることができません。
ですから、お布団だけはかけてあげて、近くで眠ることにします。
絶対に私はあなたを一人になどしません。
奴隷として、あなたがいらないと言うまで絶対に離れてあげませんから。
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