第5話 そんなことも知らんのか?

 奴隷が目を覚ました。


 ガリガリに痩せてみすぼらしい。

 商人とは、裕福さも売りの一つだ。


 商品の最先端を取り扱い、いかに素晴らしい商品を提供できるかによる。


 それは裕福な商人が、素晴らしい商品を扱っているから肥え太れていることを証明することにもつながる。

 ガリガリに痩せた者から物乞いのように売りつけられることほど怖いことはない。


 奴隷商人であれば、そういう見た目も許されるだろう。

 だが、表の社会で商人をやるためにはある程度な健康な体は必要だ。


「さて、りんごのすりおろしを食べたら一度眠るのだ」

「は・い!」


 声帯を回復させたが、どうやら上手く使えていないようだ。

 まぁ声を出していなかったようだから、それも仕方あるまい。

 どうやら目の方は問題なく見えているようだ。

 

 手術は成功したようで腕が鈍っていないことは知れるな。


「さて、今のうちに食料でも調達してくるとしよう。ヨル、手伝ってくれるか?」

「カァー! カリ! カリ!」

「そうだ。商人として成功してからはあまり狩りに出ることもなかったが、店が無くなってしまった以上は、狩りをして生きていくしかあるまい」


 アジトとして作った場所は、化け物たちが住んでいると言われるデスパレードウッドと呼ばれる地域だ。


 森全体に住んでいる魔物たちは、その辺の魔物と比較にならないほど強い。

 ヨルと出会ったのもこの森の中だった。


「いつも通りの狩りのやり方だ。ワシは攻撃ができんからな。結界を使って動きを止めるぞ」

「カァー!!!」

「うむ。頼んだ。おっ丁度よく来たぞ! 豪傑マウンドブルだ。いい肉の日になりそうだな」


 突撃してきたブルを結界に閉じ込める。

 一人では倒すことはできないが、ヨルの嘴がブルの体を貫いてトドメを指してくれる。


 夜王と呼ばれるだけはある素晴らしい活躍をしてくれる。


「よし、今日はブルの肉が手に入った。アイテムボックスに入れて、持って帰るぞ」

「カァー!」


 可愛いやつだ。

 半分は、ヨルにやって残りの半分は奴隷に食わせよう。

 奴隷はガリガリだからな早く太らせなければなるまい。


 俺様たちがアジトに帰ると、奴隷が目を覚ましていた。


 どうやら一晩中寝ていたそうで、すぐに目が覚めてしまったのだろう。


「だ・ん・な・さ・ま」

「うむ。今帰ったぞ。腹は減っているか?」


 俺様の問いかけに首を横に振るが、お腹がグゥーと鳴り響く。

 先ほどの麦粥とスリおろしリングでは、腹も膨れんだろう。


 だが、いきなり胃が受付んかもしれなんからな。

 肉は明日になってからだ。


「まずは、これを食え! 柑橘系の果物だ。今の時期は甘みもあって食べやすいぞ!」

「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す」

「ふん、声帯を使う訓練もいるようだな。お前が覚えることは多いぞ!」

「は・い!」


 怒られたと思ったのか身を縮めてしまう。

 ふん、顔が怖いことは自覚しておるわ。


 だが、このまま覚えた姿勢様子では接客業はできんな。


 改善するべき点が多すぎだな。


 まぁ、俺様の商人ギルド登録が行えるには一年はかかる。

 だから、少しは時間に余裕があるからな。



《sideシノ》


 私の名前はシノ。

 旦那様がつけてくれた名前。


 凄く嬉しい。


 旦那様には良くしてもらっている。

 

 たくさんお話をして、声を出す練習をしました。

 それに毎日旦那様はご飯をいっぱい食べさせてくれます。


 お父さんとお母さんと住んでいる時でも、こんなにたくさん食べたことがない。

 だけど、凄く豪華な食べ物ばかり。

 

 甘い果物も、見たこともない大きなお肉も、たくさんたくさん毎日食べさせてくれる。


「ふん、シノ。貴様はそんなことも知らんのか?」

「申し訳ありません」


 私はやっと声が普通に出せるようになって、旦那様に叱られてしまって悲しいです。


「良いか、りんごの皮剥きをするときはこうやってやるのだ!」


 旦那様にりんごを剥いてあげようとして、私はナイフの使い方がわかりませんでした。それを旦那様が見かねて、鮮やかなナイフ捌きを見せてくれるのです。


「凄いです」

「ふん、こんなことは誰でもできる。練習と知識がないだけだ。ほれ、うさぎだ」

「うわ〜ありがとうございます!」


 りんごの皮をうさぎの耳にして、私の前にお皿を置いてくださいました。

 私の前には綺麗に向かれたりんごが並び。

 

 私が剥いて凸凹になった物を旦那様が食べてしまいます。


「ふん、シノはそんなことも知らんのか?」


 それは旦那様の口癖です。

 そして、怒っているわけではなく様々な私の知らないことを旦那様が教えてくださるのです。


 最初はご飯の食べ方。

 次に料理の仕方。

 今度は文字の書き方を教えてもらいました。


 獣人は文字を得意としておりません。

 ジェスチャーで伝えてしまうことが多いからです。


 ですが、人間社会で生きていくとなると、文字の読み書きや、数字の計算も必要になります。


 それに妖狐族は魔法が得意なのですが、魔法も旦那様の方が遥に凄いのです。


「何? ワープを知らない? アイテムボックスが使えない? 結界の原理?」


 私は奇跡の連続に旦那様が使う魔法に魅力されていきました。


 妖狐族の集落では、狐火と言われる炎の魔法から勉強を開始します。

 それから自然の四大元素と言われる。


 火、水、風、雷を学びます。


 ですが、旦那様が使う回復魔法や、移動魔法など誰も知りませんでした。


「便利な魔法ばかりだ。覚えて損はないぞ。それにアイテムボックスが使えないのでは商人として荷物が運べんからな」


 そう言って普通の人は全員が旦那様のように魔法を使えるのでしょうか? 普通の人は凄いのですね。


 そういえば、私の呪いも旦那様が呪詛返しという魔法で払ってくれたそうです。


 そんなことができる人に初めて会いましたが、普通の人は皆ができるのでしょうか? 少しだけ旦那様のいうことを疑いたくなってきました。


 ただ、思うことはどんなことができても、それを使っている旦那様は凄い人だということです。

 そして、旦那様の夢は商売をして大成功することだそうです。


 私はそこで従業員として働きます。

 

 今から楽しみで仕方ありません。


 

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