第2話 奴隷を買いに行くぞ

 巨大なカラスが俺様の前に舞い降りる。


「カァー!!!」


 目の前に降りてきたカラスを見て、俺様は両手を広げた。

 攻撃力が皆無である我には魔物を害する術を持たない。


「よくぞ! よくぞ無事であった!!!」


 そう言って俺様がカラスを抱きしめる。

 カラスも大きな羽を広げて受け入れてくれる。

 此奴は俺様のテイムモンスターである


 アケガラスのヨルという。


「ヨルよ。どうやって屋敷を抜け出してきたのだ?」

「メイド! メイド!」


 オウムのような高い声で、ヨルがメイドと口にする。


「ふむ。給金程度の仕事はしよったか。退職金の支払いもできぬのにバカなメイドだ。だが、ありがたい。俺様は魔物を殺す術を持っておらんからな。ヨルがいてくれて嬉しく思うぞ!」

「ゴシュジン! ゴシュジン!」


 モフモフというよりもサラサラな毛並みではあるが、愛情表現がストレートで素直なヨルは可愛いやつだ。


「ガハハハ、お前のその甲高い声を聞いていると安心するぞ。家も、店も、全て失ってしもったな。だが、仕方あるまい。ここからはやり直すとしよう」

「ゴシュジン! ゴシュジン!」

「うむ。俺様は商人ギルドへの登録もできぬ。再起を図るためには商売が一番堅実だ。まずは、俺様の代わりに商人ギルドに登録できる人材の確保をするぞ! ついてこい! ヨルよ!」

「カァー!!!」

 

 俺様が命令すると、ヨルは小さなカラスに縮小して肩に停まる。

 アケガラスはとても賢い種族であり会話もできる。

 何よりも狡猾で、テイムするにはそれなりの力を示さなければいけない。


「ゴシュジン! ドコイク?」

「今の俺様には、普通の雇用では雇われようという者はおらん。だから奴隷を購入しに行くぞ!」

「ドレイ! ドレイ!」

「そうだ!」


 ヨルがいるだけで随分と賑やかになる。


「チマチマと歩くのは怠い。ワープするぞ!」

「ワープ! ワープ!」


 俺様は攻撃力がないので、それ以外の魔法や技術を鍛えた。

 その結果、賢者様が使うといわれたワープも使えるようになった。


「よし、奴隷を多く扱っている街に行くぞ。犯罪者であろうと売ってくれる闇商会が運営するカンゴクに行くぞ!」

「カンゴク! カンゴク!」

「ワープじゃ!」


 カンゴクへ向かってワープを唱える。


 イメージするだけで、行きたい場所へ移動できるから便利だ。


 景色が一瞬で変わり、真っ黒な空に星が瞬く。

 幾つものテントが立ち並び、表では売ることができない商品ばかりを取り扱う。


「くくく、国も俺様のような大物を捕まえたいのはわかるが、こういう団体を捕まえた方が利益は大きいだろうに。まぁ国が馬鹿だからこそ、俺様のような者でも買い物ができてありがたいがなぁ」

「カイモノ! カイモノ!」


 見すぼらしいローブであろうと、誰も俺様を馬鹿にするような視線を向けてくることはない。


 見た目など所詮は飾りに過ぎぬ。


 本質とは、その者にこそある。


「ヨル。ここからは少しだけ静かにしてくれるか?」

「シー!」

「そうだ」


 賢いヨルは俺様のいうことに従ってくれる。


「おや? そこのお兄さんは初めてみる顔だね! うちには良い子が入っているよ」


 娼館に誘うやり手ババアに声をかけられて不思議に思う。

 うん? 俺様はカンゴクの常連だぞ? なぜ、初めてだと勘違いする?

 まぁ、今は誰にも正体をバレたくはないからな。


 勘違いしてくれるなら、勝手にすればいい。


「貴様のところは奴隷を扱っているか?」

「あ〜そっちのお客さんかい。奴隷商人なら、もっと奥だよ。だが、こんなところで買う奴隷なんて訳ありか、病気持ちだよ」

「ふん、それで良いのだ」

「あんたも変わり者だね」


 俺様に声をかけてきたやり手ババアにチップとして銀貨を渡してやる。

 情報とは貴重な飯のタネだ。

 教えてもらったなら、対価を払うのは常識だ。


「ふむ。ここのようだな」


 親切に教えてくれたやり手ババアのおかげで、良い奴隷商人を教えてもらった。


 サーカスのテントかと見間違うほどに大きなテントの中は、たくさんの檻が置かれている。一つ一つに様々な種族の人間が入れられていた。


「おやおや、お客様ですかな?」


 ガリガリに痩せて、白衣を纏った片目が潰れた男が現れる。

 見た目にかなり気持ち悪いが、この男は奴隷商人として優秀な人物だと一目でわかる。


「そうだ。貴様が奴隷商人だな。奴隷を買いたい」

「ほう、私の見た目で顔を顰めないとは、あなたも一流の商売人とお見受けします」

「奇抜な見た目で、相手を判断しようなどと趣味の悪いことだ」

「くくく、これがまた貴族様や騎士様は顔を顰めてくださいますので、効果はあるのですよ。それで一流の商人様はどのような奴隷をご所望で?」


 商売をさせるためには、文字が読めて、計算ができて、賢い物が良い。

 だからこそ俺様が望むのは、その真逆の人間だ。


「頭が悪く。文字も読めない。計算もできない。それでいて病気か呪いを持っていて、獣人か、亜人のメスが良い。子供ならばなお良い」

「これはこれは全くもって奇妙な注文でございますなぁ〜。皆、お客様が求める真逆の物を求めると言いますのに」


 奴隷商人は面白い者を見るように楽しそうな笑みを作る。


「だからだ。皆が求めるものは需要があり高くなる。だから、あえて逆を突けば安くなるのであろう?」

「くくく、さすがは一流の商人様です。では、こちらへ」


 表に置かれていた檻の中には、健康そうな人間ばかりだったが、ある区間を超えると腐敗臭と獣臭が強くなる。


 ヨルは匂いが嫌になった様子で飛び立って、テントの上で休みだした。


「テイムモンスターだ」

「ほう、テイマー様でしたか。随分とお強い魔物を従えていらっしゃる」

「わかるのか?」

「アケガラスですな。あまり見ることのない魔物として珍しく強いですね」


 目の前の男はやっぱり一流の奴隷商人だ。


「こちらに」


 そう言ってたどり着いた場所には、死んでいるのではないかと思われる一体の塊が檻に入れられていた。


「これは?」

「人ですよ。我々が売るのは奴隷ですから。魔物をテイムして従えさせることもありますが、これは人です」

 

 そう言って暗い檻の中を照らすように、蝋燭の火が近づけられる。


 全身から腐敗臭がして、腐って生きているのが不思議な存在がそこにいた。


「呪いでしてね。徐々に体が腐って死ぬまで痛みが付き纏う。この子の親がある者に呪われて、家族全員が腐敗して死んでゆきました。この子も直に死ぬでしょう」

「ふむ。安いのであろうな?」

「ほう、買われるというのですか?」

「もちろんだ。歳はいくつだ?」

「十四歳になります。十歳で腐敗が始まり、四年半、あと半月で死ぬでしょう。売られたからには買い取ったのです」


 奴隷商人とは不思議な商売だ。

 こんな商品は不良在庫と同じである。


 だが、こういう者にも使い道があるということも知っている。


 例えば、貴族の子息が出陣前に人を殺す感覚を覚えるための贄。

 奴隷は犯罪者が多いので、殺されても仕方ない人間もいる。

 もしくは、貴族の試し切りを行う道具だ。


 言葉は悪くなるが、人の命とはそれほどに軽い。


「いくらだ?」

「奴隷契約書の料金と、ここまでの食料代。さらに、管理費といたしまして、銀貨十枚でいかがでしょうか?」

「確かに安い。よかろう」

「ありがとうございます」


 奴隷は契約が完了するまでは、所有権は奴隷商人にある。


 銀貨を十枚を渡して奴隷契約を結ぶ。


 奴隷契約は、奴隷商人が用意した魔法陣の上で互いの血を垂らし、主人となる者が、奴隷に名前を与えることで成立する。


「さぁ、名前をお決めください」

「よかろう。シノだ。腐敗して死にそうだったこの者には十分な名前であろう」

「契約完了にございます」

「うむ。ではもらって行くぞ!」

「はい!」


 俺様は腐敗していない体に触れて、ヨルと共にワープした。

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