第3話 旦那様?

《sideシノ》


 私は妖狐族として生を受けた。

 

 しかし、妖狐族は獣人族の中でも特殊な種族で、魔法をあまり得意としない獣人の中でも優れた魔法技術を持っていました。


 ですが、それが仇となり、多くの人族や、獣人族から奴隷として欲され、狙われる立場になってしまったのです。


 そんな折、人族の貴族に妖狐族全体が呪いにかけられてしまいました。

 なんでも妖狐族を捉えようとして、返り討ちにあった貴族の子息がいたそうです。

 その腹いせに親が高明な魔術師に頼んで妖狐族を呪い殺そうとしました。


 惨たらしく、一番苦しむ殺し方を望んだ貴族の要望に応えるように、体が腐り徐々に侵食して死んでいく呪いです。

 それもすぐに死ぬことはできないので、徐々に体のいうことは効かなくなり、体が腐って全身が痛くて死ぬのです。


 一年が過ぎれば、立てなくなり。

 二年が過ぎれば、目が見えなくなり。

 三年が過ぎれば、腕も動かなくなり。

 四年が過ぎれば、自分では何もできなくなり。

 五年が過ぎれば、死が待っている。


 何も知らなかった村人は、次々と倒れ、呪いを解こうとした者もいましたが、呪われた妖狐族を助けてくれる人など誰一人いませんでした。


 そして、父が死に、母が死に、幼い弟が耐えられなくて先に死にました。


 私もあと半年で命が尽きることでしょう。


 もう惨めに死ぬ事もできないまま、殺されるのを待つ生活も終わります。


 もしかしたら誰かが殺してくれるかも知れない。

 身動きができない私はそれを待つだけの日々まで生活が落ちました。

 

 神様など存在しない。


 私たちがいったい何をしたのか?

 ただ平和な日々を過ごしていたのに、お父さんと、お母さんと、弟と幸せな世界を送れるだけでよかったのに。


「おい」

「……」

「おいと言っている」

「………え?」


 私は意識という概念をすっかり忘れるほどに、昏睡状態が長くなっていました。

 そんな私に声をかけてきた人物がいたことに驚き、そして自分の状態に驚きました。


「目が覚めたか?」

「……あ」


 声を出そうとしましたが、三年目で腕と一緒に声帯も腐って声を出していませんでした。だから、上手く話すことができません。

 ですが、不思議なことに私の声帯は腐って無くなったはずなのに声が出ました。


「ふむ。声を出していなかったから出し方がわからぬか? まぁ良い。リハビリは大事であるからな」


 不思議なことに目も見えています。

 二年目で失明して以来、久しぶりの眩い世界です。

 カイセルヒゲを生やした目つきの鋭い人族の男性が私を覗き込んでいました。


「あ・な・た・は?」

「少しずつ声を出していけば良い。俺様はガルメ。貴様を奴隷商人から購入して主人となったものだ。今後は俺様のことを旦那様と呼ぶが良い」

「だ・ん・な・さ・ま?」

「そうだ。俺様はこれより商人として再起を図る。貴様はそのための従業員だからな」


 何を言われているのかさっぱりわかりません。

 ですが、奇跡が起きたことだけは理解できました。


 私の目が見えて、声を出せているのです。

 それは死を待っていただけの私には奇跡と言える出来事です。


「それにしても貴様は痩せすぎであるな。まずは飯を食え!」


 そう言ってお皿が目の前に置かれました。


 これはなんでしょうか? 初めて見る物ですが、いい匂いがします。


「麦粥だ。食べやすいように塩とミルクで味付けをしてある。ゆっくり食べよ」


 私は本当に食べていいのか、迷ってしまう。

 もしかして元気する奇跡を起こした後に毒を飲ませて殺そうとしている?


「ふむ。不安か? よかろう」


 目の前に置かれた麦粥を匙で掬って自分の口に入れました。

 

「あっ」

「ほれ、毒は入っておらぬ」


 私はそれを見てお皿に顔を突き入れました。

 

 美味しい! いつぶりだろう。

 味覚は二年目にはなくなっていた。

 もう数年間、料理はただただ胃に流し込まれるだけだった。


 それなのに美味しい!!! 美味しいよ!!!


 わけもわからないけど涙が止まらない。


「ふむ。ガリガリで見れたものではないな。それに躾もせねばならぬとは、商売人にするにはまだまだだな」


 椅子に座って肘掛けにもたれる旦那様。


 見た目は怖そうなのに、とても優しくて温かい。


「ケホケホ!」

「ふん。いきなりかき込むから咽せるのだ。ほれ、水だ。コップだからな口をつけて飲むのだぞ」


 旦那様が飲み方を見せてくれて、それと同じように口をつけて水を飲む。


 ああ、こんな当たり前のことも私は忘れていたんだ。


「食べたな。次は、このリンゴのすりおろしを食べるのだ。麦粥だけでは栄養が足りぬからな。甘味をとってふくよかになるのだ!」


 また新しいお皿を出してもらって、ぺろっと舐めると凄く甘い!

 甘い物なんて、子供の頃にも数回しか食べたことがない。


 凄く嬉しい。どうして? どうしてこんなにも良くしてくれるの?

 

「くくく、見た目はただの獣であるな。狐の耳に、尻尾があるだけだ。獣人と普通の人など何の違いもない。これからたくさん食べて太らせねばなるまい」


 どうして私の呪いは無くなったのだろう?


 疑問はたくさんあるけど、今はそんなことなんてどうでもいい。


 凄く幸せで、これが最後だったとしても、この奇跡を感じていたい。


 ありがとうございます! 旦那様。

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