クソったれ冒険者パーティ、伝説の昇格試験
おにじん
そして伝説へ至った
「ここまで来れたのは皆のお陰だ。だからこそ、ここで白金級へと昇進を果たし俺達の真価を示そう」
そう鼓舞するように発言したのは金級冒険者パーティ、鋼鉄の誓いのリーダーであるハルトであった。俺は片手剣による攻撃と丸盾による防御の二つを使いこなすバランスタイプの戦士だ。
「ええ、ワイバーン程度今の私たちなら行けるわ!」
「私が皆さんを癒しますので、心置きなく」
「へっ、今更じゃねーか。行けるとこまで行こうぜ」
それに対して、調子のいい返事をしたのが後衛を務める魔導士のミラ。得意とする属性は風と炎であり、それぞれを使い分けたり時には組み合わせて魔法を撃つことで敵を殲滅してきた。
その次に静かに返事をしたのは癒術師のマルグリット。彼女は戦闘時に後ろで回復魔法を撃って味方を回復したり、プロテクションをかけるなどして支援を行っている。
最後に軽く返事したのは斥侯のヴァン。彼は主に戦闘以外での索敵やマッピングを担当しており、戦闘時には遊撃としてダガーで敵を切りつけたり投擲用ナイフを投げつけて敵の注意を逸らす役割を果たす。
「もうこれ以上の言葉は不要だな。行くか」
そう言ってクルド山岳地帯へと向けて歩き出した俺達が今から受けるのは白金級への昇格クエストたる亜竜、ワイバーン2体の討伐。これまで堅実に上り詰めてきた俺達ならばかなりの余裕を残して勝てるだろうとギルドマスターから太鼓判を貰った。
しかし、俺たちはこれまでのスタンスを忘れずに堅実に準備や下調べを行ってからこのクエストに挑む。準備は万端だ。ここから先はいつも通り味方を信じて戦い、昇格するだけだ。
俺達が暮らす小さな町ミラディアから白金級の冒険者が出るのは俺達で初になる。つまり、この町の看板となって世界へと羽ばたくのだ。そういった重責を背負って俺達はこの昇格試験へと挑む。
思えば、最初は鉄級冒険者支援のための集まりで一緒に薬草集めからゴブリン狩りまで共にしていただけの仮パーティから、今や白金級への昇格試験を受ける正規パーティに至ったのだから感慨深い。
色々な技能を身に着けていく仲間とは対照的にスラッシュとパリィしかスキルを覚えられていない俺が、戦局を見極めて指揮する力と仲間達との仲を取り持つ能力だけでリーダーとなっているのは今でも歯がゆいが、ここを区切りにして個人の力をもっと伸ばして行けたら最高ランクの黒鉄級にすら届くポテンシャルはあると思う。
周囲に警戒をして常に戦いへと移せるように歩きつつ色々と考えていた俺は、ふとしたタイミングで気付きたくないことに気付いてしまった。
……不味いな、大便がしたくなってきた。
このままの状態で戦えば、いつもの調子が出ずに何かイレギュラーが起きてしまうかもしれない。流石にこれは小休憩を入れるかと仲間達に
「なあ、……」
と、振り返ったタイミングで俺は踏みとどまった。
「どうかしたかしら」
「どうかされましたか?」
「なんかあるなら早く言ってくれよ」
発言だけであれば何気ないいつもの仲間達のように見える。しかし、彼らの顔つきを見た時、俺は少しでも邪魔をするべきではないと、そう思ってしまえるほどに覚悟が決まった者たちの顔をしていた。緊張しなさすぎているわけでもなく、それでいてどこか自然体のようにも見える完成しきった雰囲気。しかし何故だろうか、少しだけ顔色が悪く見えるのは気のせいか。
その仲間たちの覚悟を目の当たりにして、俺は俺自身がどうなってもいい。このコンディションでもいつも以上の力を出せば問題ないと結論付けた。まあ、ワイバーンの生息地は思った以上に近辺にあるし、最悪帰るまでには耐えられるだろうと。
「いや、お前たちの顔つきをみて問題ないと分かったから大丈夫だ」
「リーダー、今更ビビっちゃった?私がほぐそっかー?」
「ミラ、うるさいぞ」
「大丈夫です、どんなに怪我しても私が治しますから」
「おい、怪我する前提で話を進めるな。お前たちの中で俺がどういう扱いかわかったよ……」
「おっ、前方に敵の気配5つ。こりゃオークだな」
どうでもいい話をしていると、山岳に入ってから初の接敵だ。オークは銀級冒険者の登竜門ともいえる存在で、その全身の筋肉から生み出される膂力にどう対応するかと、筋肉の上に厚い脂肪が加わった刃が通りづらい皮膚をどう貫通できるかといったような課題が存在している。
しかし、俺達は金級に上がったパーティだ。そういった部分でクリアしてもう問題なくこなせる能力があるという事である。
「俺が右の3体を受け持つ、ヴァンは左の2体の注意を逸らしてくれ。ミラはファイアランスで1体ずつ処理、マルグリットはヴァンと俺にプロテクションを頼む」
そう言って、俺とヴァンは左右に散ってそれぞれの獲物に対して迫る。マルグリットの詠唱が終わり、プロテクションがかかったタイミングで俺は片手剣でスラッシュを使いながらオークに切りかった。その際に反撃として迫ってきた攻撃を丸盾によるパリィで受け止めずに流す。流石にオーク程度なら俺のスラッシュで十分に仕留めることが可能だ。
ヴァンはダガーでオークを切り裂き、それは致命傷に至らないまでも痛みを感じさせるためかヘイトを買う。その間に詠唱が終わったミラのファイアランスが飛んでいき、ヴァンが上手く射線上に2体を誘導し同時に串刺しにした。
こちらも2体は仕留めて残り1体になっていたため、ミラに魔法は温存するように指示してからスラッシュで止めを刺す。戦闘終了と同時に少し漏れそうになるが、何とか耐えた。
「流石にもうオークは余裕だな。2体のワイバーンを持ち帰るのに袋もいっぱいになるだろうし、これは燃やして放置だ。他の素材を持ち帰る余裕はないだろうし、これからモンスターを避けてさっさとワイバーンの場所に行こう」
「了解だぜ、リーダー」
なんとか理由を付けてさっさとワイバーンを狩りに行こうと、ヴァンに敵を避けて目的地へと向かうように仕向けた。死体を集めてミラのファイアボールで火葬してから俺達はまた歩き出した。
暫く歩いてワイバーンの生息域に着きそうな場所に差し掛かった頃合いだろうか。俺のお腹の調子もピークを迎えていた。
予想以上に不味いな……俺のダムも崩壊しそうだ。なんとか理由を付けて休憩をせねばと振り返った時には、パーティメンバー全員の顔色が凄いことになっていた。見たことがない量の脂汗をかいている。
「お、おい。お前ら大丈夫か?大分顔色悪いけど今日の所は取りやめて今度の機会にするのでもいいんだぞ」
「ふ……お前のそんな顔見て今更やめだなんて言えるわけねえよ。うっ……」
「な、何言ってんのよ。昇格チャンスなんて年に2回しかないんだから、ここで決めきるのよ。しかもリーダーのそんな鬼気迫る顔見ちゃ私たちがやらないわけにはいかないでしょ!」
「私は、大丈夫、なので。」
どうやら俺は鬼気迫る表情をしているらしい。金級に上がってから白金級を目指そうといつも語っていた為か、仲間たちも引く気がないようだ。俺の便意も引く気がないようだが。
「休……」
「さ、さっさとワイバーンを始末しましょ……」
「早くいくぞ」
「ええ、そうですね……」
駄目だ……休憩をしようと言い出そうとしても遮られてしまった。
この時、メンバーはお互いが大便を我慢していることに気付いていなかった。それぞれが自分の便意を隠すために必死になっており、さっさと仕留めて帰ろうとしたことで最高の提案を蹴ってしまうといった結果となった。もはやリーダーたるハルト以外休憩という選択肢が思いつかないほどに追い詰められている。
全員が堪えているためかこのパーティには異質な雰囲気が流れていた。濃密な殺気ともとれるそれは野生動物たちを逃走させ、ゴブリンやオークなども異変を察知して逃げていくほどの圧となっていたのだ。
「そろそろだな」
「ああ」
「ええ」
「はい」
もはや全員喋る余裕すらない。ワイバーンの生息地へと踏み入れようとしていた彼らはいつものような事前チェックを行わず、一言ずつ喋って後は沈黙した。
物事というのは上手くいかないようで、本来ならば1体ずつ引き寄せて相手をするはずだったのだが、このクソを垂れる寸前の異質な雰囲気を垂れ流している集団に警戒したワイバーンが3体来てしまった。
俺は内心不味いな……と思いつつも、体はいつも染みついた動きを取っていた。ヴァンも余裕がないためか指示を待たずに突撃しており、俺はヴァンが突撃した1体の他の2体のターゲットを引くことにした。
なんだろう。クソが漏れそうだからか感覚がいつもより冴えている。それはこのパーティ全体で言えることで、いつもは状況に合わせて口に出している連携が自然と行われていた。ヴァンと俺がワイバーンに到達する頃にはもう何も言わずともプロテクションとバーサクがかけられていた。
そして、俺が1体のワイバーンの爪による攻撃を盾で防ぎつつ、スラッシュで翼を一つ切り落とす。バランスを崩して落ちていくワイバーンに止めを刺そうとしたが、もう1体のワイバーンがブレスを吐いてきたため、それを躱す。
ワイバーンのブレスとはいえ直撃せずに躱したとしても手や足に火傷を負ってしまった。痛いと感じると同時に俺のお尻が限界を迎えそうだ。このまま継戦していくとかなり不味いだろう。しかし、それを伝える前にはもう痛みは引いて便意が残った。マルグリットの戦況把握能力は完全に冴えていた。
元々、彼らは金級としては破格の力を身に着けていたほどに慎重なパーティであったのだが、ここにきて強大な
ヴァンは追い詰められたことで、新スキルピアッシングスローをその場で発動。ワイバーンの翼を投擲用ナイフでボロボロにし、落下させた。その間に覚醒したミラが、無詠唱で風と炎の複合魔法ブラストファイアを発動。亜竜とは言え火炎耐性が高いはずのワイバーンをも喰らいつくすほどの風魔法で煽られたことにより強化された炎魔法が直撃。もはや原型も残さずに塵と化した。
俺はスキルこそ目覚めなかったにしろ、いつもより冴えた剣技と盾術で落ちたワイバーンの首を刈り取り、もう1体の相手をしていた。そこにヴァンとミラが合流し、覚醒したマルグリットが全員に2種のバフを同時にかけるという離れ技を披露して残りは消化試合となった。
最後に全員でかかって仕留めたワイバーンと、俺が首を刈り取ったワイバーンの2体を魔法の袋にて回収し、残りの1体は塵となっていたため放置することとした。
全員が限界寸前で無言のまま一連の作業は行われ、帰り道はもはや生物の1体も寄り付かない異質な雰囲気を漂わせていた。もはや全員頭がおかしくなってしまい、休憩など言語道断。帰ることしか思考できていなかった。
それはもはや1つの山中に伝搬する狂気となり、クルド山岳地帯の中の現在地点であるガルド山からすべての魔物が巣に籠ったり外へ逃げてしまうほどであった。
その時、クルド山岳地帯の最高峰、ビャルド山にて目覚めし存在が居た。1000年の時を超えて山頂にて睡眠を貪っていた伝説の魔物。クルド山岳地帯は全て彼の縄張りであり、これまでに感知できなかったほどの脅威が存在していることを彼の第六感が伝えていた。
――私の縄張りを脅威に晒している存在が居る
と。そうなってからは彼の動きは早く、音を置き去りにするほどの速度で走り、その元凶へと向かって行った。
なんだろうか、この威圧感は。最早斥侯のヴァン以外も気付くような強大な存在が迫っていることを鋼鉄の誓いのメンバー達全員が感じていた。
全員が即座に臨戦態勢に入った刹那、上空から槍のように飛来して目の前に着地したのは、神秘的な白と紫の毛皮に身を包んだ10mを超えた狼のような見た目をしている魔物。伝説級の魔物フェンリルであった。
ああ、俺達はここで死ぬのか。ハルトはそう思ったが、ここで死んだとして俺達はどうなるだろうか。伝説級の魔物に殺されたとなれば聞こえはいいが、もしかしたら死に際に盛大に漏れてしまうかもしれない。
そうなれば、俺達は魔物に恐れをなしてクソをまき散らした正真正銘のクソ冒険者とあざ笑われる事になるのではなかろうか。それは看過できない。
パーティの誰もが一言も発せず、異様な雰囲気を発したまま固唾をのんで見守っている状況で、そんなしょうもないことを考えている間に神速とも呼べるフェンリルの攻撃が俺達に向かって行われた。
それは後衛のミラを狙って振るわれたもので、不味いと思って俺は前に立ちふさがり、攻撃を丸盾で防ごうとした。
しかし、攻撃があまりにも重い。その場で踏みとどまろうと力を入れようとするが、普通にヤバイ。漏れそうだ。
そんなバカな事を考えながら耐えきれずに俺は吹き飛ばされた。丸盾は俺の片手ごと宙を舞い、俺は木に叩きつけられる。左腕には激痛が走り、辛うじて吹き飛ばされる前に放ったスラッシュも効いている様子がない。
しかし、そんな絶望的な状況でも俺の頭を支配しているのは漏れそうだという己の尊厳との戦い。ふざけんなよ……こんな時に限って……。もはや痛みなどどうでも良く、頭の中を支配するのは静かな怒りだ。
そんなこんなで俺がその場で動けないままでいるとフェンリルが止めを刺そうと近付いてくる。
「リーダー!!!」
「おい、リーダーしっかりしろ!」
「逃げて!」
ミラからは援護のブラストファイア、ヴァンはピアッシングスロー、そしてマルグリットは土壇場で成功させたエクスヒールとプロテクションをかけて俺を援護してくれていた。
攻撃が効いている様子は殆ど無いのだが、足止め程度にはなっており、エクスヒールによって俺の左腕は再生していた。
ああ、もう本当に限界だ。落ちていた丸盾を拾いなおして、近づいてくるフェンリルに対して構えていた俺は、木に叩きつけられた時の衝撃で耐久値を全て使ったのか少しでも力を入れるともう出るだろうと確信を抱いていた。
迫りくるフェンリルの攻撃と味方の悲鳴。それを知覚した時には、俺の心は凪いでいた。少しでも衝撃が加わればもうダメだろう。
フェンリルの攻撃が丸盾に届こうとしたその瞬間、ハルトのパリィは極地に至った。防ぐ時にかける力が完全に0になることによる脱力の極地。フェンリルの攻撃はそのあまりにも卓越した技術によりその場で何の衝撃もなく受け止められた。
ありえない。この男が攻撃を防いだ時、爪に伝わるはずの衝撃もましてや音さえも発生しなかった。あるのは自分の体の勢いまで止められたという結果のみ。
その時、目の前の男の顔つきをはっきりと見たフェンリルは初めて恐怖という感情を抱いた。殺される、と。それがフェンリルが感じた最期の瞬間であった。
一切力がかかっていないにも関わらず、放たれた片手剣による神速の一撃は、フェンリルの頭部を一太刀にて切断した。これぞすべての基本にして源流たるスラッシュの極地。
周囲の木々がそのスラッシュによって発生したソニックブームでざわめく中、俺はクソほど凪いだ心でフェンリルの死体を引きずりながら歩き出した。
「帰るぞ」
最早、誰も喋ることができないような存在感を放ちながらこの一言を放ったハルトに、メンバーはクソを漏らしそうになりながら無言で付いて行った。
その時、町は異様な雰囲気に包まれていた。普段は動物や魔物が殆ど流れてこないクルド山岳地帯から多くの動物や魔物が氾濫してきている。極めつけに風一つなかったこの日に、得体のしれない一陣の風が山岳地帯の方面から吹き荒れた。
空を覆っていた雲に風穴が空くほどのそれに、住民たちはこの世の終わりだと天に向かって祈り、冒険者たちは必死に町を守っている。
暫くその混沌とした様子が続き、ついに町まで氾濫してきていた動物や魔物が散りじりに逃げて行ったと思った刹那、素人でも感じられるほど明らかに異質な雰囲気をまとったモノが近付いてくる。
冒険者は心が折れ、子供は泣き叫び、老人は天に祈りを捧げていた。この町のギルドマスターたるタウロもその方面を見つめては険しい目をしていた。
その異質な雰囲気を放っているモノが近付いてくるとその全貌が明らかとなった。とてつもない大きさをしている魔物であると。しかし、よく見るとその動きはどうやら引き摺られているということに気付く。
それが町に完全に近付いたとき、すべての住民は目撃する。伝説の魔物を引き摺りながら異質な雰囲気を放ち、覚悟の目をした4人の冒険者パーティの事を。
後に伝説のパーティと呼ばれる彼らは、鋼鉄の誓い。金級冒険者パーティにして、今回の昇格試験にて異例の2級昇進を果たし黒鉄級冒険者に至った者たちであった。
王都から取材に来た記者からのフェンリルという魔物はどれほど強大な物でしたかといった問いには、リーダーのハルトはこう答えたと記されている。
「実際に相まみえた時には死を覚悟したが、戦ってみればそこに至るまでの道こそが一番険しく強大なものであった。最終的には己との戦いが私たちにとって最大の敵となったのだ」
これによってこのパーティが歩んできた堅実な道は冒険者の手本として語り継がれるようになり、空前の冒険者ブームを生み出した。
また、彼らが帰ってきたときの鬼気迫る表情は見習いの画家により描かれ、後世まで残る名画となるのだが、その評価は伝説の魔物を倒したことや、自分たちの死に直面したことで大きな成長を果たした青年たちの顔つきをしていたと記されることが多い一方で、そこら辺の酒場で俺が大便漏らしそうな時の顔に似てたと言い張ってしばかれる酔っ払いも居たとか居なかったとか。
クソったれ冒険者パーティ、伝説の昇格試験 おにじん @kizinnma
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