第1話 終末世界

「見えたぞ。奴だ」 

 

 双眼鏡を覗きながら、俺たちの生存者の集団のリーダー、ジョアは、緊迫した表情を顔に張り付かせながら、遠くに見える殺戮マシン、エリーニュスを見つめていた。

 ここは数年前、エリーニュスによって荒廃したショッピングモールだった。所々に壁に穴があり、この七年間、奇跡的に形を保っている建物だった。

 俺たちは今、約八十人以上の生存者達が集まった、暫定的に作られた集落の為に、食料、衣服、その他生活に必要な物資を調達している最中だった。その時間は調達を始めて約二十分ぐらいのことだった。


「総員、作業中止! 約三分以内にここに奴が来る! 今すぐ帰還の準備をしろ!」

 

 ジョアの命令に従い、十三人の調達班の面々達は、あせりを見せながらも、すでに確保した物資を必要最低限に保護しつつ、自分達の生存を祈りながら行動に移す。


「今の内に新入りと経験者でバディを作れ! これから七班に分かれて行動する! 新入りはバディの指示に従って行動しろ。今回の経験で緊急時のための自己判断を学べ!」   

 

 ジョアは仲間に的確な指示をしながらこちらに向かって来る。 


「花也」

 

 俺、海原花也かいばらはなやは作業をしながら、ジョアの言葉に耳を傾ける。


「お前は俺と共に来い」

「わかった」

 

 俺は頷く。


「でもいいのか? リーダーであるお前が調達班歴五年の俺と組んで。新人と組んで鍛えさせたほうがいいんじゃないのか?」


「それもいいが、俺と組んでいつまでもリーダーに甘えたままでは困る。それに経験者の中にも、まだ調達班歴の浅い奴もいるからな。今回の実体験を踏まえてお互いに成長してほしい。それに――」

 

 ジョアは俺を見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「お前の世話は俺が見ないとな」

「……俺は子供じゃない」


 俺も笑みを浮かべ、ジョアの肘を小突いた。

 ジョアとの関係も長い。 

 文明が滅んで二年後のこと。俺は当時の生存者の仲間達と共にジョアが率いる集団に入ることになった。ジョアはエリーニュスが人類への攻撃を始める前に、海外出張で日本に来たアメリカ人だった。だが、エリーニュスの文明崩壊により故郷に帰れなくなり、結果日本で生き残るしか選択肢はなかった。

 ジョアのリーダーシップは完璧だった。

 仲間からの信頼も厚く、この過酷な世界でも他人に対する慈愛を忘れない男だった。その人情味が、まるで獣のような日々を送ってきたあの頃の俺を癒し、仲間に引き入れてくれた。ジョアに出会わなければ俺は今頃野垂れ死になっていたかもしれない。 

 俺にとっても、ジョアは信頼に値する人間だ。


「それにしてもどういうことだ? 奴なら今頃アメリカ大陸辺りにいるんじゃなかったのか?」 


 ここは日本だ。

 そして日本はつい最近まで、ここに奴が訪れた場所でもある。もうすでに襲撃しに来た場所を再び訪れに来るのは、どう考えても不自然だった。


「あぁ。二日前に、その時俺たちの近くにいた生存者集団がやられたからな。幸い、奴は俺達の存在に気付かなかったようだが、おかげで俺達の集団は移動せざるを得なかった。しばらくは来ないだろうと思って今回の調達には新入りも同行させたが、よりにもよってまた現れるとはな……」


 ジョアは苦言を呈する。

 エリーニュスは、約一週間に一度、日本に現れる。

 僅か一日で地球を一周できるエンジンブースターを搭載したエリーニュスは、そのオーバーテクノロジーによって、より効率的な人類の虐殺に成功した。一通り俺が暮らしていた街を崩壊させたあと、すぐさまどこかへ向かったあの俊敏な動きを俺は今も覚えている。


「またどこかへ移動するべきか?」 

「いや、今回の奴の行動は極めて異質だ。それに今日の調達は本拠地から遠い場所を選んだ。奴が俺達の集落に気付かない限り、その必要はないだろう。集落も作られたばかりだしな。だがまた奴が日本に訪れる可能性もぬぐえない。遺憾だが、それも検討するべきだろうな……」


 ジョアは頭を抱える。無理もない。俺達をいとも簡単に殺せる奴が続けて二度も現れるなんてとんだお笑い草だ。


「なぜまた、日本に来たんだろうな」

「わからない。ただの気まぐれか、あるいは何か目的があってのことなのか……」 

 

 ジョアは、俺に向き合う。


「花也。奴はもうじきここにやってくる。はっきり言って、接触は避けられないだろう。だが俺の役目は、一人でも多くの仲間を帰還させることだ。リーダーとしてな」


 ジョアは、はっきりと断言した。

 だが、すぐに顔をうつむき。


「だが、俺の作戦がうまくいくだろうか……」


 リーダーとは似つかない弱弱しい声で言った。

 それは、一部の人間にしか見せない、ジョアの弱さだった。

 ジョアの作戦で助かった者達はたくさんいる。

 だがこいつも完璧ではない。

 ジョアの作戦により死んでいった仲間もたくさんいた。

 ジョアが最も恐れているのは、自分のせいで人が死んでいくことだ。

 俺はそれを何よりも知っている。


「相棒」


 俺はジョアの肩を叩く。

 この五年間俺はジョア達と共に過酷な世界を生き残ってきた。

 特に、俺はジョアと共に行動することが多く、その中で絆が芽生えていき、いつしか相棒と言い合う仲になっていた。

 だから俺は知っている。

 時には、このリーダーの背中を押してやるのが必要だということが。


「お前のおかげで今の俺がいる。お前の行動で助かった奴らもたくさんいる。だからそんなしおらしい顔すんな。リーダーだろ? そんなお前が情けない姿をさらしてどうするんだよ」


 ジョアはみるみるうちに生気が宿ってゆく。

 いつもの、リーダーの姿に戻ってゆく。

 俺はジョアの胸に拳を置く。


「お互い、生き延びようぜ」


 ジョアもまた俺の胸に拳を置き。


「——あぁ。生き延びたら、一杯やろう」


 そしてジョアは、他の仲間達の元へ作戦内容を伝えに向かっていった。

 ——一杯か。

 この荒廃した世界でも希少ながら酒はある。

 少なくとも、仲間と共に酒を嗜むことはできる。

 人類の文明が滅んで七年。

 この世界は、まだ楽しみにできることがたくさんある。

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