第05話 男子高校生、戦う

 ネズセンが人型のカメレオンに変身しても、雷斗は冷静に観察する。


(ネズセンは、変身と言っていたが、ネズセン自身があの姿になったのではなく、腕輪がカメレオンアーマー? になって、ネズセンに装着されているから、ネズセンの【変身】というよりも、腕輪の【形状変化フォーム・チェンジ】が正しい気がする。そして、あの腕輪は、多分、魔道具なんだろうけど……)


 魔道具とは魔力を流すことで、ある種の魔法が発動する道具のことだ。


 考え込む雷斗を見て、ネズセンは笑う。


「ふふっ、怖いか」


 正直、全然怖くないが、ネズセンを調子に乗らせるため、怖がってみる。油断してくれるかもしれないし。


「え、えっと、これはどういうことですか? 先生、あなたは一体……」


「教師と言うのは、仮の姿よ。俺の正体は、正義のヒーロー、カメレオンマン!」


 安直すぎるネーミングに雷斗は思ず、「ぷっ」と吹き出してしまう。


「何がおかしい!」とネズセンは憤慨し、目玉をぐるぐるさせた。


「失礼しました。面白い名前だなと思いまして」


「……そうやって笑っていられるのも、今のうちだぞ。俺がお前に裁きの鉄槌を下すのだから」


「裁きの鉄槌? 何も悪いことをした覚えはないのですが」


「お前は、俺の前で二つの過ちを犯した。まず一つ。お前は、陰キャのくせに、ヤンキーどもに反抗した。そして二つ目。お前は、学校のアイドル唯奈ちゃんに話しかけた」


「……まぁ、いろいろ言いたいことはありますけど、教師が学校のアイドルとか、ちゃん付けするの普通にキモいですよ」


「黙れぇ! そうだ。お前はもう一つ、罪を犯していた。陰キャのくせに、教師を侮辱した。それも貴様を裁くのには十分すぎる理由だ」


「何でそこまで陰キャを憎んでいるんですか? 同類なのに」


「俺は陰キャじゃない! 俺は、陰キャが調子に乗っているのを見ると、残飯に群がるゴキブリに見えて、ムカつくんだよねぇ。だから、調子に乗っている陰キャを見ると、裁きを与えたくなる。お前らみたいな陰キャは、社会の底辺で息を潜めて生活しろ! 白昼に出るな!」


「……さいですか」


 ネズセンが目玉をぐるぐるさせて興奮している。その様を見て、雷斗は寒気を覚えた。何とかに刃物とはこのことか。明らかに力を持ってはいけない人間が、その身に余る力を持っている。


 しかし、そんな人間は、異世界で見慣れているから、慌てたりしない。


(……と言うか、ネズセンのやつ、あの力に慣れているみたいだけど、もしかして、同じことを何度もやっているのか?)


 雷斗はネズセンに探りを入れる。


「もしかして、先生はその力で、何度も陰キャに何度も制裁を加えてきたのですか?」


 カメレオンの口元がにやりと曲がる。


「その通りだ。巷では、連続通り魔暴行事件が有名になっているだろう? 何を隠そう、あれをやっているのは、この俺だ」


 連続通り魔暴行事件。雷斗は思い返してみる。言われてみたら、確かにそんな事件が巷で話題になっていた気がする。ニュースでは、帰宅途中の男性がターゲットにされている以外のことはわからないと言っていたが、どうやら『調子に乗っている陰キャ』という共通点があるようだ。


「それを俺に言っていいんですか? 警察に通報しますよ」


「警察に俺は捕まえられないよ。それに、捕まえる理由もない。なぜなら俺は、正しいことをしているから」


「自信があるんですね」


「ああ。何なら、今から俺がすることを撮影してもいい。できるものならな」


 そして――ネズセンの姿がすぅと闇に溶け込んで消えた。


 雷斗は目を細める。


(【光学迷彩カモフラージュ】か)


 【光学迷彩カモフラージュ】は、周囲に同化し、周りから認識されにくくなる魔法だ。


(今のも、ネズセンと言うより、あの腕輪と言うかアイテムの力によるところが大きな。魔力の流れを見るに、あの腕輪さえ何とかすれば、ネズセンは何もできないだろう)


 雷斗は身を引く。ブンと空を裂く音がして、「何っ!?」と驚く声が間近で聞こえた。ネズセン的には、【光学迷彩カモフラージュ】でうまく隠れているつもりみたいだが、雷斗からしたら、バレバレである。魔法を使わずとも気配だけで避けることができる。二人の間には、素人とプロくらいの力量さがあった。


「まぐれか!」


「違いますよ」


 雷斗は宙に向かって、微笑みかけ。手を伸ばした。右手に人の腕を掴む感触。そこで【魔法妨害マジック・ジャミング】を発動する。これは、相手に魔力を流すことで、発動中の魔法を妨害するものだ。ある程度、魔法に対する知識があれば、これに対抗することもできるのだが、当然、ネズセンにはそんな知識はない。だから、ネズセンの着ていたカメレオンのアーマーが腕輪に戻る。


「な、何ぃ!?」


 雷斗は、驚くネズセンの顔を左手で殴り、抵抗する気力を削ぐと、すぐに腕輪を外して、ネズセンを蹴り飛ばした。


 ネズセンは壁に衝突し、「うぐぅ」と声を漏らす。意識を奪うほどの衝撃は与えていないから、ネズセンに意識は残っている。


 雷斗は手にした腕輪を【光学分析スキャン】を使って、分析する。


(やはり、これは『魔道具』か)


 今回の場合は、この腕輪に魔力を流すと、【形状変化フォーム・チェンジ】が発動し、先ほどのカメレオンアーマーに変化するよう設計されていた。


 この仕様は、異世界では珍しくない仕様であり、『形状変化型装備品』と呼ばれ、装備品の着脱が簡単に行うことができるため、重宝されている。


 また、今回の腕輪は、魔道具自体が魔力を有しているタイプの代物だった。例えるなら、電池で動く電化製品である。


 だから、魔力を持たないネズセンも、魔道具を扱うことができた。


 これも、異世界では珍しくない仕様ではあるが、このタイプの魔道具にも欠点があって、魔力を補充しないとただのおもちゃになってしまうことだ。


 とくに魔力の概念が確立されていないこの世界では、おもちゃになりやすいだろう。


 実際、雷斗が手にしている腕輪も魔力が尽きそうになっているし、おもちゃになるのは時間の問題だった。


「か、返せ。俺の、俺の腕輪を返せ!」


 ネズセンが血走った眼で雷斗を睨む。


 雷斗は腕輪を返すべきかどうかで悩んだ。おそらくこれは、ネズセンが持っていて良い代物ではない。


「これはどこで見つけたんですか?」


「う、うちの田舎の蔵にあったんだ」


「そうですか。あの、これを俺にくれませんかね?」


「や、やるわけないだろ! 返せ、この陰キャがっ」


 ネズセンが飛び掛かってくるも、雷斗はやすやすとかわし、ネズセンが前のめりに倒れる。何だか弱い者いじめをしているみたいで申し訳ない。


(まぁ、そうなるよな)


 雷斗は腕輪を眺める。無理やり奪ってもいいのだが、それでは寝覚めが悪くなるかもしれないので、一工夫することにした。


「わかりましたよ。なら、ちょっといいですか」


 そう言って、雷斗はしゃがみ、ネズセンに人差し指を向けた。


「この光を見てください」


 そう言って、雷斗の人差し指が輝く。雷斗が発動したのは、【懺悔の光】。この光を見た者は、罪を告白し、身を潔白にしたい衝動に駆られる。


 ネズセンは、「ぎゃっ」と胸を抑えて地面を転がり、目じりから涙を流す。


「お願いだ。許してくれ。俺だって、俺だって、こんなことをしたくなかったんだ。でも、馬鹿にされるのが許せなくて。俺は陰キャじゃないと思いたくて」


 【懺悔の光】は相手のメンタルに依存する魔法であり、メンタル強者やサイコパスには通じにくい魔法だったが、ネズセンには効いた。


 このことが意味するのは、ネズセンは腕輪によって狂ってしまった一般人と言うことだ。


「頼む。頼む。許してくれ」


 ネズセンが足にしがみついてくるも、雷斗は渋い顔で返す。


「先生を裁くのは俺じゃない。行くべきところが他にあるんじゃないですか?」


「そ、そうだな」


 ネズセンは立ち上がり、駆け出そうとするも、雷斗はその手を掴む。


「ちょっと待ってください。この腕輪は」


「お前にやる。それがあったら、俺はまた、同じ罪を犯す」


「そうですか。わかりました」


 ネズセンがで放棄することを選んだので、ありがたく譲り受ける。


「あ、そうだ。ちょっとこれを見てください」


 雷斗は再び人差し指を突き出して魔法を発動した。人差し指が輝く。発動したのは、【催眠の光】。この光を見た者に、催眠を掛けることができる。ネズセンの瞳が虚ろになったことを確認し、雷斗は命令する。


「この腕輪のことは誰にも喋らないようにしてください。あと、俺を襲ったことも人に話さないでください。いいですね?」


 ネズセンが頷いたのを見て、雷斗は光を消す。


「そのハンマー。忘れないでください」


 ネズセンは頷き、足元にあったハンマーを拾う。おそらく、これまでの犯行でも使われてきたものに違いないから、そのハンマーさえあれば、警察もネズセンを逮捕できるのではないかと思う。


 駆け出したネズセンを見送り、雷斗はネズセンから貰った腕輪を眺める。


(まぁ、これを持たせても良かったんだけど)


 この腕輪があれば、ネズセンの犯行を完璧に立証できるとは思う。しかし、ネズセンがそうなっていたように、過ぎたる力は人を狂わせる。だから、正しく扱える人間が所有すべきだと思った。


(それが俺で良いのかっていうのはまた別の話だが)


 雷斗は自虐っぽく笑い、腕輪をポケットにしまう。


 そして、後方の闇に向かって話しかけた。


「いつまで、そこで見ているの? 女美さん」


 路地の闇の中から、黒髪の美少女、女美唯奈が現れ、彼女はにやりと笑った。

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