其ノ七 一尺

「先生、これは快挙ですよ。春庭が偉いもんに選ばれちまいました」


 私が姫君にふみ言付ことづけられた日の夕方、まだ先生に入門しても居ないのに、いつの間にか木居家もくおりけの離れの書生しょせいの常連になって居るとどろき源之丞げんのじょうが、例の大きな高下駄たかげたを脱ぎながら、片方を一尺ほど蹴り飛ばすと、皆様のおいでになる書生の間に入って行きました。


「おいおい、とどろき君、何の騒ぎだね」


 木居宣長もくおりのりなが先生は、狭い部屋にぎゅうと割り込んで来るとどろきの勢いに押されながらも、このとどろきの、どこか憎めない人柄を愛して居り、笑いながらこう仰いました。


 本日書生の間には、先生の他に常連の鈴本朖すずもとあきら四ツ井よつい高蔭たかかげらが集まって居り、若手の門人もんじんの中では先生の信頼の最も厚い、春庭様の兄貴分、ご近所にお住まいの稲垣大平いながきおおひら様も顔を出して居られます。



明日に続く

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