第24章「めざすもの」
地獄里が魔物に滅ぼされてから、半年以上が経過し、その間にも、知らぬうちに、じわじわと、魔物は人の世界へ入り込んできていた。
どこからか魔物がわっと大量に現れてきて、人里を襲い始めた。
そんなことが各地で一斉に始まった。
一般の人間になすすべもなく、人里や村は次々と魔物によって滅ぼされていった。
忍び寄る魔物の気配に気付きながらも、花霞の里の長老、芭蕉には、魔物退治を命じることしか対処の仕様がないのだった。
「魔物の通り道」の存在に気付きながらも、芭蕉にも、その他の人間にも、どうすることも出来ない。魔物が出てきたら即座に行って始末するしかない。事前に魔物を防ぐ手立てが何もないのだ。
しかし、魔物が各地に一斉に出没して人を襲い始めたことは今までにない異常事態であり、東の花霞の里・北の雪煙の里・西の月影の里の三つの里が協力し合って、魔物退治に乗り出した。
のんびりした花霞の里の雰囲気も、どこか物々しいものへと変わりつつあった。
躑躅に刀製作を頼んでから一か月が経って、皐月から刀が出来たとの知らせを受けたエンマは、躑躅のもとへ行こうと朝から張り切っていた。
「どんな刀が出来たんだろうな!ああ、わくわくしてどうしようもねえぜ!」
エンマは木刀をぶんぶんと振り回しているばかりで、気持ちは違う所にあった。
「良かったなあ。躑躅さんの作った刀は最高だよ。俺のこの、星龍刀だって、躑躅さんに作ってもらって、もうずっと何年も使ってるからな。他の刀とは違うんだ。俺になじむ感じがするというか、俺そのものというか。そんな感じでさ。」
蘭丸が、自分の愛刀「星龍刀」を取り出してきて眺めながら言った。
「そういや、その星龍刀とかって名前は、おめーがつけたのか?いかにもかっこつけたような名前だけどよ。」
「いや、刀に命名するのも躑躅さんだ。躑躅さんはその刀を使う奴の気を感じ取って、そこから名前を付けるそうなんだ。だからお前にもお前に合った名前を付けてくれるんじゃないかな。」
「へーえ、そうなのか。俺も色々考えてみたんだが、どうもいまいち思いつかなくてな。ま、あっちで勝手に名前をつけてくれるってんなら、それでいいや。」
楽しそうに笑っていたエンマは、何気なく門の所に目をやって、驚いたように目を見開いた。
「げ!ハゲじじい!」
そこにいつの間にか芭蕉がちょこんと立っていた。
「ハゲじじいときたか…。」
「こんな朝っぱらから、何の用だ!てめーのしわくちゃの顔なんか見たくもねーってのによ!」
「エンマよ。そこまでわしを嫌うこともなかろうが。」
「なんかてめーはムカつくんだ。勝手なことばっかり言いやがるからな。」
「エンマ!長老様になんてことを…。」
蘭丸は青ざめていた。
「お前に話があるのだ。今でなくていい。明日にでも。今はただ、なんとなくお前の顔を見たかっただけだ。」
「はあ?マジでわけわかんねーくそじじいだぜ。っつーか、話ってまためんどくせーこととかじゃねーだろうな!根の国がどうだのこうだのってのは、断ったはずだぜ。」
「そのことではない。むしろ、お前なら喜びそうな話なのだが…。詳しくは後でな。」
それだけ言って、芭蕉はどこへともなくふっと消えるようにいなくなった。
「なんだってんだよ!いきなり現れてわけわかんねーこと言いやがって。これだからじじいってのは嫌なんだ。掴み所がねーっつうかよ。」
「お前なあ…。そんなに長老を嫌がることもないだろうに。」
「ケッ、うぜえじじいだ。しかし今すぐ来いとか言われなくて良かったぜ。こっちは刀を取りに行こうとしてんのに、それを阻止されちゃ、たまったもんじゃねーし。」
エンマはまた嬉しそうな表情に戻って、頭の中は刀のことで一杯になっていた。
朝餉の後すぐに、どうしてもついて行きたいとせがむフータも連れて、エンマは躑躅の家へと急いだ。
「来たぜ!俺だ!エンマだ!」
エンマは躑躅の鍛冶場に入っていって大声を上げた。
「うわあ…!暑いや。」
後から入ってきたフータは、物珍しそうにして中の様子を見回していた。
「騒々しい奴め。そんなに刀が出来上がったのが嬉しいのか。」
躑躅は笑いながらエンマの方を振り返って見た。
「当たり前だろ!皐月から聞いて、そのときからもう、嬉しくて嬉しくて。ついに来たぜこのときが!って気分になったんだ!」
エンマは緑色の目をきらきらと輝かせながら、喜びを露わにして言った。
「こいつが、お前の刀、
そう言って躑躅は、エンマの前に、一本の刀を差し出した。
鮮やかな緋色に染め上げられた鞘と柄が、燃えるように光っていて、まるで炎のような刀だった。
エンマは声も立てずに、息を呑んでその刀の柄を握り、鞘から刀身を引き抜いた。
鞘から現れた刀身は、不思議な煌めきを放っていた。
刀身自体は蘭丸の刀と変わりなく銀色をしているようなのだが、そこから溢れるようにして強烈に発せられている輝きは、温かいような冷たいような、紫色をしており、まるで紫の光が刀身を包んでいるかのようだった。
「すげえ…!」
エンマは呟くように叫んだ。
「うわあ!かっけー刀だな!なんかいっぱい光っててさあ!」
フータも刀を見つめながら、目を輝かせて叫んだ。
「こんな派手な刀を作ったのは、初めてだ。」
躑躅が逞しい腕を組みながら、満足げに言った。
「こいつはお前の分身みたいなもんだ。握った瞬間から、お前の魂が宿ったんだと思え。」
「分身か…!こいつが俺なのか!」
エンマはしばらくの間、不思議な煌めきを放つ「紫炎刀」に見入っていた。
「躑躅さん、俺はこの紫炎刀がものすげー気に入ったぜ!こんなすげーのを作ってくれて、ありがとうな!」
エンマは紫炎刀を腰に差した。黒い着物に、刀の赤が映えて、見事な調和を生み出した。
「うは!兄貴、ますますかっこいいや!」
フータはそこらじゅうを跳ね回りながら、エンマの周りをぐるぐると回っていた。
「ハハ、そんなふうに褒めんのはおめーだけだぜ。でもまあ、なんだか気分がいいな。これで本格的に俺の刀で魔物を倒せるってもんだぜ。…あ、そうだ。」
エンマは前に皐月からもらった刀を取り出した。
「こいつを皐月に返しとくか。」
「む?皐月がその刀をお前に渡したのか?」
「ああ、無理言って借りたんだ。」
「全く皐月め。自分の刀を人に渡すとは…。エンマ、お前は絶対に自分の刀を手放したりするなよ。それは、お前の魂と同じなんだからな。」
「ああ、分かった。」
しっかりと頷いて、エンマは躑躅に大いに感謝すると、皐月の訓練所へ向かった。
「皐月!躑躅から刀を受け取ったぜ!」
訓練所に入って、皐月の姿を見つけると、エンマはそこまで走っていって叫んだ。
「あら、良かったわね。その赤い刀でしょう。とても似合っているわよ。素敵ね。」
皐月は柔らかく微笑んで言った。
「すっかり気に入っちまったぜ、この紫炎刀。けど、こんなすげー刀を作っちまうあんたの親父もすげーな。どうやったらこんなもんが作れんだか、俺には想像もつかないぜ。」
「ふふっ。本当に嬉しそうね。」
「で、あんたにこいつを返しに来たんだ。」
と、エンマは白い刀を皐月に渡そうとした。
「え?これはエンマ君にあげたのよ。刀を作ってもらったからって、返す必要はないわ。」
「でも、なんかこれは俺が持っててもしょうがねー気がしてな。」
「まあ、せっかくあげたのに、いらないって言うの?」
皐月は腰に手を当てて、わざと怒るようなふりをしてみせた。
「いらねーっつうか…。俺が持ってるのはなんだか勿体ないような刀でさ…。…と言いつつ、結構乱暴に使っちまったけどな。変な生き物を斬ったり…。」
エンマはどこか申し訳なさそうに言った。
「それに、躑躅が言ってたぜ。刀はそいつの魂なんだろ。こいつは俺のじゃねえ。だからあんたに返すんだ。」
そう言って、エンマは無理矢理押し付けるようにして、刀を皐月に返した。
「本当にいいのに…。」
「その刀は、俺が持つにはあんまり綺麗すぎる。俺に合ってんのは、こっちの血みてーな色の、綺麗じゃねーけどなんだか変で面白い刀の方なんだ。」
「変で面白いって…。それで気に入ってるの?」
皐月はくすっと笑った。
「ああ。変ってのは、別に悪い意味じゃねーだろ。」
「そうね。」
誇らしげな表情をしているエンマを見て、皐月は明るく笑っていた。
蘭丸の家へ帰ってから、エンマは皆に紫炎刀を喜んで見せた。
「派手だなあ!こんな刀は見たこともないよ。」
蘭丸は紫炎刀の刀身を見て驚き、そして感心したように見惚れていた。
「さすがだなあ。エンマの持つ刀は、やっぱりこんな一風変わった、誰も見たことがねえような奇抜なやつじゃねえと、似合わねえもんな。いやあー、たいしたもんだ!ハッハッハ!」
氷助は膝を叩いて笑った。
「前衛的ねえ。アンビヴァレントねえ。素敵だわあ…。」
不可解な言葉を発しながら、みぞれは、紫炎刀の妖しい煌めきにうっとりと魅せられていた。
「本当に、躑躅さんの作る刀は素晴らしいわね。その人に似合った、最高の刀を作ってくれるのよ。エンマ、それはあんたの魂なのよ。大事にしなさいよね。」
「さすが蓮花だな。同じことを躑躅さんも言ってたぜ。」
蓮花の言葉を聞いて、エンマは驚いたように言った。
「そんなの、刀を使う者なら常識よ。刀はただの武器じゃないんだから。」
「それで、蓮花はどう思う?この紫炎刀を!」
エンマは刀を持って、ポーズを決めてみせた。
「素敵だと思うわ。…ちょっと、エンマには勿体ないくらいかも。」
「そりゃーどういう意味だよ?」
「その刀は、エンマの目標なのよ。その紫色の光…。いつか、エンマがそれを発したことがあったでしょう。覚えてる?」
「ああ、そういや…あんときの。」
エンマは、その力を「神力」と夜鬼が言っていたのを思い出した。
「私には理解を超えた力だったけど、エンマにはいつかそれが使えるのよ。それを躑躅さんは見抜いたから、この刀を作ったの。だから、この刀はエンマを導く分身なのよ。私には、その刀の美しさよりも、その方が素敵に思えるわ。」
皆は刀の輝きに目を奪われていたが、蓮花は、紫炎刀を持って立っているエンマ自身を見ていた。
「導く?この刀が俺を?なんかそれじゃ、俺が刀に負けてるみてーじゃねーか。」
エンマは、少し不満げに言った後、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「その逆だ!俺がその力を手に入れて、こいつで魔物をぶった斬ってやるんだ!」
「ふふ。そうそう、その心意気よ!」
蓮花も強く瞳を煌めかせて言った。
翌日、エンマは渋々、芭蕉の家へ行くことにした。
何故か、蘭丸も芭蕉に言いたいことがあると言い出したので、エンマと蘭丸の二人で、芭蕉のもとへ向かった。
「わしはエンマに話があると言ったんだが…。」
芭蕉は、エンマの隣に立っている蘭丸をちらりと見た。
「何故蘭丸、お前まで来たのだ。」
「長老様に…是非お話ししたいことが…!」
「おい!それより話って何だ?さっさと言えよ、ボケじじい!」
蘭丸の言葉を遮るようにして言って、エンマはイラついたように芭蕉を睨み付けた。
「ボケ…って!お前、何て口の利き方してんだよ!」
慌てて蘭丸がエンマをどついた。
「ケッ!俺はこいつがムカつくんだ。エラソーにしやがって、よぼよぼのくせしてな!」
エンマは芭蕉に毒づいた。
「エンマ…。おぬしはお前のじいさんにも、そういうふうに接しとったのか?ん?」
芭蕉はどこか優しげな調子で、微笑みながら言った。
「うるせえ!どーでもいいだろーが!んなこと。それよりさっさと話ってのを聞かせろや!ハゲ!」
エンマは自分でも、何故こんなにも芭蕉に対してイラつくのか、妙に思っている所もあったが、なんとなく毒づかなくては気が済まないのだった。
「魔物の通り道を探してほしいのだ。」
「魔物の通り道?んなもんがあんのか?」
「それはおそらく、お前にしか探し出せんのだ。わしにはどうやっても探せなかったし、他の者にも出来なかった。どんなに霊術の使える者にも、魔物の通り道を探すことは不可能だったんだ。だからお前に頼みたいのだ。妖力を持つお前にな。」
「俺にしか、探せない…?」
そう言われて、エンマはどんどん嬉しさが込み上げてきた。
「やってやろーじゃねーか!」
力強く拳を握り締めてそう言うと、エンマはろくに話も聞かずに部屋を出て行こうとした。
「待て!まだそれしか言っておらんだろう!早とちりめ!」
芭蕉に止められて、エンマは浮かれた気分からはっと冷めて、決まり悪そうにもとの所へ戻った。
「ハハ…こりゃうっかり。で?魔物の道が何だっけ?」
「地獄里に何故魔物が出没したか…。それはそこに、魔物の通り道があるからに違いない。魔物はその道を通って、根の国から人の世界へ侵入してきたのだ。」
「じゃあ、地獄里に行けばいいんだな!」
「いや、今はもう、地獄里ばかりではないのだ…。他の人里にも、ぞくぞくと魔物が出没している。最早わしらだけの手には負えぬくらいにな。」
「なんだって!?ちくしょー、雷鬼め…!」
エンマは憎い仇の顔を思い出して、歯軋りした。
「だからエンマ、お前には村や人里の魔物退治をしながら、魔物の通り道を探してほしいのだ。おそらく道は魔物の出た村や里のどこかにあるはずだ。」
「おお、分かったぜ!」
エンマが使命感に燃えている横で、蘭丸は当惑していた。
(こりゃ、蓮花の話はナシにしてくれとか、長老に頼んでる場合じゃないな…。)
などと、蘭丸は人の世界の危機と己の恋の危機の狭間で悩んでいた。
「で?蘭丸。おぬしは何の話をしにきたのだ?」
「あ…いや、その…。」
突如長老に言われ、蘭丸はぎくりとした。
「ち、長老様!それを聞いては、俺だってエンマに協力したい!俺もその通り道を探します!そもそも、俺はエンマの助けになろうと思い、ここまで来た次第でありまして!」
蘭丸の返答を聞いて、エンマは驚いたような顔をしていた。
芭蕉は何もかも見通したような顔をしている。
「…よし、仕方ない。今回は特別に、蓮花の班にお前も加わってよしとする。」
「ありがたき幸せ!」
大喜びで蘭丸が礼を言うのを聞き、エンマは蘭丸の心の内を知って、呆れていた。
「おかしいと思ったんだ。おめーが俺についてくるなんて言うからな。結局おめーは、蓮花と一緒にいたいだけだったんだな。呆れた奴だぜ…。」
芭蕉の家を出ると、エンマが蘭丸に向かって言った。
「俺だって、色々悩んで決心して、長老に言うことを考えて来てたんだ!でもさすがに、あんなことを聞いたら、それを今言うわけにもいかないからな。それくらいは分かってるさ。」
「ふーん。それで引っ込みつかなくなって、俺に協力するとか言い出したってわけか。」
「それは本当に協力するさ!でたらめを言ったわけじゃない。蓮花と一緒にいたいってのも、少しはあるかもしれないが…、でもお前に協力したいってのもあるんだ。エンマ、お前は俺の仲間だし家族だし、友達だからな。」
「友達?なんかいきなり変なこと言い出したな…。」
「俺の複雑な心境を察してくれ。お前はその通り、あんまり何も考えないで突き進む奴だけど、俺は…、俺は…!蓮花が好きだし、お前も友として好きなんだ。今まで、俺には友と呼べるような奴がいなかったからな。皆俺のことを褒めたりして特別扱いして、誰も俺のことを分かってくれなかった。でもお前といると、本来のどうしようもなく馬鹿で、蓮花のことしか頭になくて、かっこ悪い俺でいられるんだ。俺は別に褒められたいわけじゃない。ありのままでいたいんだ。なのに、皆が俺のことを勘違いしてしまうから、つい俺は自分を取り繕って、気取った奴を演じてしまう。本当は、そんなのは嫌なんだ!」
蘭丸が、気持ちを吐き出すように言うのを、エンマは黙って聞いていた。
「自分でこんなことを言うのもなんだが、俺は見た目で判断されて、それだけで女の子は寄って来るし、別にもてたくて強くなったわけでもないのに、あいつはかっこつけてて嫌味な奴だとか、中にはそんな文句を言う奴もいる。もううんざりだ!そうやって外見で判断されるのが嫌なんだ。エンマ、お前だって、最初ここへ来たとき、随分悩んだだろ。外見で判断されることでさ。俺の悩みは、お前とは真逆で嫌味な悩みかもしれないが、俺は外面よりも、内面を見て欲しいんだ。蓮花はその点で、俺のことを馬鹿だって分かってるから、あんなふうに接してくれるんだ。蓮花はお前のことだって、見た目で判断したりしてないだろう。蓮花はすごく賢い。そういう所がいいんだ。俺が本当に心を開けるのは、お前たちだけなんだ。」
「ふーん…。おめーがそんなふうに思ってたとはな。イケメンってのも辛いもんなんだな。けど、おめーがバカだってのは、結構皆気付いてんじゃねーか?おめーが思ってるほど、他の奴はおめーのことを分かってなくもねーと思うけどな。そんなに気にすることはねえんじゃねーの。誰に何言われたってよ。」
エンマは笑って言った。
「そ…そうなのか?うーーん…。でも、なんかそんなふうに言われると、気持ちがラクになったよ。こんなこと、蓮花にも言えないからな。ははっ…。」
照れたように、蘭丸は頭を掻いた。
「エンマ、やっぱりお前は、俺の友だ。なんかお前には、何でも話せる気がするんだ。お前は俺にとっては恋敵かもしれないが、それでもさ!」
蘭丸はエンマの肩を掴んで強く言った。エンマはそれを、鬱陶しそうに軽く振り払った。
「おいおい、やめろよ。暑苦しいな!おめーは見かけによらずマジで暑苦しい奴だぜ。しかし、友か…。俺だってそんなもんはいなかったな。じゃあ、蓮花やおめーは俺の友…なのか?」
「そう言ったっていいだろ。だから俺は苦悩してるんだ。蓮花の気持ちも分かってるから…。友達として、蓮花を見守りたいのも山々だが、男として、俺は蓮花の心を捕らえたいんだ。例えその確率が一パーセントだとしてもだ!」
蘭丸は熱く語っていた。
「なんかめんどくせーな、おめーって奴は…。多分、おめーは優しいんだろーな。そうやって人のことを思いやる気持ちってのがあって…。俺はそこまで人のことを考えたりしねーからな。後で人の親切に気付くことはあっても…。」
エンマの心には、草吉の姿が浮かんでいた。
草吉が、どんな思いで自分を育ててきたのか、草吉が生きているときには、考えたこともなかった。しかし、草吉を失った今なら、なんとなく分かるような気もするのだった。
何故生きているうちに、草吉に恩返しが出来なかったのか。今なら、いくらでも恩返しをしたいと思えるというのに。エンマはそのように悔やんでいた。
届かなかった草吉の背中には、たくさんの優しさが詰まっていた。
超えられなかった草吉の強さには、海のように大きな慈しみの心が広がっていた。
いつか、草吉のように大きな人間になりたいものだと、エンマは心のどこかで思っていたが、一体どうしたらそのようになれるのかは、分からなかった。
数日後、蓮花たちの班が魔物退治へ出発するときが来た。
蓮花、エンマ、椿、楓の班に新たにフータも加わり、更に今回は特例で、蘭丸も助力することとなった。蘭丸は狼の鈴蘭を連れてスッと立っていた。
「おやあ…?なんで蘭丸がいるんだい?」
にやにやしながら、椿が早速蘭丸をからかうように言った。
「今回はなんだかやばそーってことで、俺も行くことになったんだ。」
澄ました顔で、蘭丸は言った。
「嘘つくなよ!蓮花について行きたいだけのくせに!」
椿はケケケッと笑って言った。
「バッ…!そんなんじゃあ…!」
すぐに繊細な仮面は剥がされ、真っ赤になって慌てふためく二枚目半がそこにいた。
「また始まった…。」
蘭丸と椿のやりとりを遠目に見て、蓮花はいつものように呆れた顔をしていた。
「小太郎!おいらたちも、頑張ろうなっ!」
「バウ!」
フータは大型犬の小太郎を連れていた。
小太郎も、元気に尻尾を振っている。
「よっしゃあ!行くぜ!」
エンマは、腰に差した紫炎刀の柄をぐっと握って、気合を入れるようにすると、誰よりもさきに飛び出して、瞬足術で目的地へと駆けて行った。
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