第25章「臨界点超」
目的地の人里へ到着したときには、既に、家々は焼かれ、人々は魔物によって食い殺されていた。
「くそっ、遅かったか…。全速力で走ってきたってのに!」
悔しそうにエンマは拳を握り締めた。
「いいえ!まだ生き残ってる人がいるわ!」
そう言うが早いか、蓮花は、ぱっと駆け出して、燃え盛る家の一つに飛び込んで行き、その後を追って皆続いた。
メラメラと燃える家の中に、子供が一人取り残されて泣いていた。子供の隣には、両親と思われる人間の死体が、心臓を抉り取られた無残な姿で転がっていた。
その傍らに、角の生えた人型の黒い魔物が一匹立っていて、今にも子供を食い殺そうと、舌なめずりしている所だった。
「ヤアッ!」
蓮花はいきなり魔物に飛び蹴りを食らわせた。霊力を纏った右足が魔物の横腹に鋭くヒットして、青い霊気が魔物の肉を三日月形に削り取り、削られた肉は一瞬で灰と化した。
「グオオオ!」
魔物は苦しげに呻いた。
蓮花が魔物と戦っている隙に、エンマは泣いている子供を抱きかかえて、家の外へと素早く連れ出した。
家の外にも、エンマたちの気配に気付いた魔物たちが集まって来ていた。それを相手に、蘭丸たちも戦っている。
「ち!こんな奴らと同じ血が流れてるのかと思うと最悪な気分だぜ!フータ、こいつを頼んだぜ!奴らを蹴散らしてやる!この、紫炎刀でなっ!」
エンマは子供をフータに預けると、真っ赤な柄を握り、ずらっと刀を抜いた。その途端、眩い紫の光が辺りに広がったかと思うと、刀の中にその光が吸い込まれ、刀身が淡い紫の色を帯びて輝いた。
その光に圧倒されたように、魔物たちは呆然として、怯むように後ろへ下がっていった。
「へえ…。すごい刀を手に入れたみたいじゃないか。赤鬼君。」
椿が横目でそれを見て言った。
楓も、一瞬呪文を唱えることを中断して、不思議な煌めきに見入ってしまった。
「てめーらのきたねー肉を、石ころみたいにしてやる!」
そう吼えながら、エンマは魔物たちに向かって霊剣を放った。
エンマの目の色が、緑から黄色に変わっていた。――エンマは心眼ではなく、魔眼で魔物たちを攻撃する。黄色の目は、エンマが魔物の目になったことを知らせるものだ。
青い霊気が紫に光る刀身を包んだが、その青は紫に飲み込まれたように消えて、一直線になった紫の光が十の魔物たちを引き裂き、その黒い肉を粉々の石に変えていった。
「ハハ、マジで石みてーになっちまったな。」
満足げにエンマは笑った。瞳はもとの緑色に戻っている。
石は、やがて土に染み込むようにして溶けて消えていった。
それでもまだ魔物たちは残っていた。それらを皆で闘い、消滅させていった。
ただ、フータだけは闘わずに、必死な面持ちで、生き残っていた一人の子供を小太郎と一緒になって守っていた。
「泣くな!おいらが守ってやる!おいらだって、つえーんだ!」
子供はフータよりも小さな子供だった。子供は泣くのをいつかやめて、フータの顔をじっと見ていた。
そうしてやっと魔物たちを全滅させることが出来たが、以前に見た邪蛇のようなリーダー格の魔物はどこにもいなかった。
「よえーのばっかだったな、しかし。ま、でも自分の力で魔物を倒せるってのは、気分がいいもんだな!前はおめーらを後ろで眺めてるしかなかったからよ。」
エンマは刀を収めながら、楽しげに笑っていた。なんだかエンマは、ここへ来てからずっと笑ってばかりいた。
「エンマ。いやに楽しそうだけど、あくまでも私たちは、無力な人々を助けに来たのよ。それを忘れないでほしいわ。あと、魔物の通り道を探すのが、あんたの役目だったでしょ。」
蓮花は厳しい調子でエンマに言った。
「そういやそーだったな。魔物の通り道…か。俺も、多分そこを通って根の国に行ったんだ…。」
エンマは目を閉じ、次に目を開けたときには、緑から黄色の目へと変わっていた。
「んん…。」
黄色の目をぎょろつかせながら、エンマは辺りを見回して、首を傾げた。
「これじゃ、よく分かんねーな…。なんかあるよーな気はするんだが…。」
エンマは静かに目を閉じて、そして、突然かっと目を大きく見開いた。
その眼を見て、蓮花は背筋がぞっとした。
(なんて嫌な妖気!それも、ものすごく大きな…。大丈夫かしら、エンマ…。)
赤い魔物の目――それは、魔眼が完全に開いたことを示していた。
先ほどの黄色い目は、あくまでも魔物を斬るための一時的な変化にすぎなかった。
エンマの緑色の目の中心にある、瞳孔が大きく広がって、それが血のように真っ赤に目の中をぐるぐると回り、奇怪でおぞましい眼となっていた。
「くく…。」
真っ赤な眼をして、エンマは低く不気味に笑っていた。
「兄貴!一体どうしたんだよ!なんか変なふうに笑ったりしてさ!」
フータはエンマに近寄っていって、非難するように叫んだ。
「そんな目で見んじゃねえ。殺されてーのか?」
ぎろり、とエンマは赤い眼でフータを睨み付けた。いつもなら、フータには絶対にそんな目を向けないので、フータは驚いて、戸惑っていた。
「エンマ…!その『気』はあのときの…!」
蘭丸にも、あのとき、地獄里での記憶が蘇っていた。
楓も心配そうにして見ていた。椿は何故か笑って見ていたが。
「ハハ…心配すんな。この『抑えきれねーくらいの殺してー気持ち』ってのは、それよりも強い俺の意志の力で抑えつけてっからよ。ただどーにも興奮しちまってなあ。なんつーか、ハイテンションってやつでよ。ハハハッ!」
ほとんど、魔物としかいいようのない狂った顔つきで、エンマは笑っていた。
それに対して誰も、何とも返答の仕様がなかった。
しかしエンマは赤い魔眼で何かを捉えたようだった。
「魔物の通り道どころか!そこらじゅうに根が張ってるみてーだぜ!どうしようもねーなあ、コレ!アハハハハハッ!!」
「ええっ!?根が張ってるって…どういうこと?」
皆しんとしている中で、蓮花が努めて冷静に尋ねた。
「言葉どおりさ!おめーらには見えねーのか?地中深くから上まで伸びてきてらあ。なんかの根っこがな!」
いきなりエンマは左手を突き出して手の平を上に向け、手の中から火の玉を生じさせた。そしてその握り拳大の赤い火の玉を、地面に向かって投げつけた。
投げられた火球は空気中でぼうっと大きく膨れ上がって、空の彼方から飛んでくる星のように、地面にどかんと衝突して、そのまま土を掘り進むようにして、地面を焼き削っていった。
「炎を…!」
蘭丸はそれを見て思わず声を上げた。人型の魔物が火を使って攻撃するのはよくあることだったが、エンマの放った火球は、それを超える凄まじい威力の妖術であり、ただの火ではないようだった。皆、エンマの技を見て驚いていた。
土煙と白煙が混ざって様子の見えなくなっていた地面が現れると、そこには大きな穴が開いていて、空洞が下に向かって長く続いているようだった。
「うははっ!でけー穴を開けてやった!この下になんかいるらしーぜ。こっから下に降りてきゃいんじゃね?」
けらけらと狂気を孕んだ楽しげな表情で、エンマは笑っていた。
「それはすげーけど、兄貴!いつまでそんな変な兄貴なんだよ!おいらやだ!そんな兄貴は!」
フータはエンマを睨み付けたが、エンマに睨まれると、フータはすっかり威圧されて、しょんぼりとなって肩をすくめた。
だが、フータを睨み付けていた赤い眼がすっと元の緑の目に戻り、エンマは決まりが悪そうにして下を向いた。
「ごめんな、フータ。…おめーらをドン引きさせちまったみてーだが…。しょーがねーんだ、こればっかりは。魔物の俺の一面てやつでな…。」
エンマはぼりぼりと頭を掻きながら言って、気分を切り替えるように頭を振った。
「まあでも、なんとか制御できてるみたいじゃないか。僕は、魔物の赤鬼君の方に、親近感が湧いたけれどね。」
椿は普通に笑って言ったが、狂気じみているという点では、確かにこの二人は似ていた。
「やっぱり、兄貴は緑色の目の方がいいや!さっきの赤くてぐるぐるした眼は変だったよ!きもちわるかった。」
正直にそう言うフータに、エンマは返す言葉もなかった。
「…炎を出せたのも、妖力のおかげか?」
蘭丸が聞いた。
「ああ。火はフツーに出せるぜ。けど、さっきぐれーでけー炎は魔物になりきらねーと出せねーんだ。…一応、通り道は発見したし、しばらくはさっきみてーに魔物になりきる必要はなさそーだから、安心していいぜ。」
エンマにいつもの明るい笑顔が戻っていた。
「けど、この空洞はさっきの炎で空けたやつだからな。この空洞が通り道ってわけじゃねえ。この下に、なんかいるんだよ。生き物みてーな…。」
そうしていると、地面がぐらぐらと揺れ始め、地下から何かが地面の上へ、ぐにゃぐにゃと這うようにして出て来た。
「うげっ!」
穴の中を覗き込むようにして身を屈めていたエンマは、反射的に後ろへ飛び退いた。
出て来たものは、巨大な蛇の尾のようなもので、奇妙な色をしていた。蛍光色――と言えば一番分かりやすいのだが、蓮花たちはそのような色を見たこともなかった。唯一エンマだけは、そのような色を黄泉の国の地下で見ていた。あの、七色に光っていた苔の色だ。蛍光の黄や緑の斑点が、これも蛍光色の、青い体の表面の至る所に浮き上がってチカチカと光っていた。穴から出ているものはごもごもと蠢いていて、そこから更に奥へと続いていそうだったので、おそらく何かの巨大な生物の一部分なのだろう。ぶにぶにと柔らかそうな体にはたっぷりとした重量感があり、ぬるぬるとした粘液に覆われて、ねっとりと光っていた。
「こいつだ!こいつが、魔物の通り道の正体だ!」
エンマは刀の柄に手を掛けた。
「ちょっと待って。」
それを、蓮花が止めた。
「これが通り道って、それじゃあ、魔物たちはここを通って来てるってわけ?これはどう見ても、通り道というより、何かの生き物みたいに見えるけど。」
「こいつの中だ!」
エンマはたいして気にしたふうもなく、ぐにゃぐにゃした生物の体表をまさぐって、入り口となりそうな穴の開いた箇所を発見した。そこを無理矢理こじ開けるようにして押し開き、そのまま生物の体内へ入っていった。
「え…!?この中に入るのか…?」
それを見て蘭丸は少し青くなっていた。
エンマの入っていった穴は伸縮するようで、ゆっくりとその穴はまた閉じて、体内に消え入りそうになっていた。
「全くもう。考えなしなんだから!…蘭丸、電光丸に伝えてくれない?その子のこと。おそらくこのまま通り道探索に入るから、生き残っている人のことは救援隊に任せたいの。」
と言って、蓮花もエンマの後を追って、閉じそうになっていた穴をがばっと開いて中へ入って行った。
「あっ!蓮花。…くっ!」
蘭丸は鷹の電光丸を呼び、救援を頼んだ。そして狼の鈴蘭には、生き残った子供の身の安全を任せ、意を決したような顔をして、得体の知れない生き物の体内に入って行った。
「はあーーー…。」
フータはただ一人、このおかしな生物の光る斑点を物珍しそうに眺めていた。
「ほら、フータも行くよ。」
楓が、フータの肩をぽんと軽く叩いて、さっと生き物の体内へ入って行った。
「ふん、気味が悪いね。」
呟くように言って、椿も入っていき、最後にフータと小太郎が中に入った。
「わあ…!」
フータは、足元のぐにぐにした感触に驚いていた。内部は思ったほど広くなく、大人の人間が二、三人通れるくらいの幅で、足元から天井まで、青くて厚い皮膜が一続きになって繋がっており、生き物の腸のような感じだった。
「フータ!大丈夫か?」
少し離れた先から、エンマが振り返って叫んだ。
「おいらは平気だよ。」
フータは、柔らかい肉壁にそっと手を触れた。
「あ…。」
「どうしたんだい?小鬼君。びびってるのかい。」
にやっとして椿がフータをちらりと見た。
「なんか…こいつ、苦しんでるみたいだ。」
フータは肉壁に触れながら、何かを感じ取った様子で言った。
「ねえ、エンマ。確かにこれが、魔物の通り道なのね?」
念を押すように、蓮花がエンマに聞いた。
「ああ。この奥から、ものすげー妖気ってのを感じるぜ。フツーじゃねー、とんでもねー気だ。多分こりゃ、根の国直行だぜ。そう考えると、武者震いがしてくらあ。」
「でも、どういうことかしら。私には何も感じられないわ。そんなに巨大な妖気なら、霊力を持つ私たちが感付かないわけがないのに。どうして誰も見つけられなかったんだろう…。」
蓮花は、この通り道の奇妙な感覚に疑問を覚えていた。
「だってよ、魔物の通り道ってんだろ。おめーらに気付かれちゃ、おしまいだろ。だからなんか仕掛けがしてあんだよ。例えば霊力を使えねーようにするとかさ。まあ俺みてーな、半分魔物入ってる奴には通じなかったわけだが…。」
いきなりエンマの姿が消えた。
「あっ!」
蓮花は、今まで水平だった道が、エンマの消えた所から下に向かって急降下しているのに気付いた。エンマは消えたというよりも、下に落ちていったのだ。
「…痛…くはねーな…。」
ほとんど垂直に近い細長い穴の中を、突然物凄い速さで落下していって、エンマはぐにゃりとした肉の床に尻餅をついた。
そこはさっき通った道よりも大分広くなっていて、広場のようになった所から、四方八方にまた道が幾つも分岐していた。
「一体どーなってんだコレ…。ぐあっ!」
エンマの背中に何かが勢いよくぶつかってきて、そのままうつ伏せに倒された。
「ごめんなさい!」
上から蓮花が落下してきたのだった。
「蓮花か…。」
背中に蓮花が乗っていても、ふわふわと軽くてほとんど重みを感じなかった。
「なんだか力がうまくコントロール出来ないみたい…。いつもなら、わけなく着地できるはずなのに、体がうまく動かないのよ。」
エンマから離れて、蓮花が言った。
「ふーん…。ぐお!」
「わ、悪い!エンマ!」
立ち上がろうとしたエンマに、今度は蘭丸がぶつかり、のしかかられた。
「お、重い…!」
「ごめんごめん。なんかいつもと違うんだ。霊力の調子が悪いというか…。」
「早くどけ!重てーんだよ!」
しかし、今度は蘭丸が立ち上がろうとした所に、椿がぶつかってきた。
「アハハ!やっぱりね。なんかこうなるような気がしたんだ。」
エンマは、蘭丸にのしかかられ、その上更に椿の重みが加わって、押し潰されていた。
「は、早くどけってんだ!く、苦しい…。」
呻き声を上げるエンマの様子に、椿は可笑しそうに笑いながら、わざとゆっくりと立ち上がって、上の方をちらと見上げた。
丁度、蘭丸が立ち上がってエンマから離れた所に、楓が落下してきて、またしてもエンマは着地台にされてしまった。
「ごめんよ、エンマ。」
「おめーら…。俺を何だと思ってやがんだ…。」
「わあーーーっ!」
今度は小太郎に載ってフータが降りてきたが、フータだけはエンマにぶつからずに、ふわりと別の場所にきちんと着地した。
「面白かったあ!」
フータは楽しげに笑っていた。
「やれやれ…。」
やっと立ち上がることの出来たエンマは、痛そうに背中を撫でていた。
「だめだわ。この先がどうなってるのか、さっぱり何も見えない…。伝視もきかない。おかしいわ、やっぱり。」
蓮花は困惑したように言った。
「へっ、だから俺に任せろってんだ。どれどれ、どの道が根の国行きの道なのかねえ。」
だが、急にエンマの顔が険しくなった。
「なんか来るぜ。」
「え?何も感じないけど…。」
蓮花は、必死に霊力を引き出そうと努めていたが、いつも当たり前のように使っているはずの力が、何かに押さえつけられ、歪められたかのように、乱れていた。
蘭丸も椿も楓も、皆霊力の異変に気付いていた。霊術を使おうとしても、その根源の霊力が乱されていて、術として機能しないのだ。
そこへ、魔物たちが四方八方の道から飛び出してきた。
十数匹の魔物。どれも人型で、手強い妖気を発していたが、その妖気を感じ取れたのは、エンマだけだった。
「エンマ以外は雑魚だ。ぶち殺せ!」
魔物たちは、エンマを狙わずに、蓮花や蘭丸たちを狙って襲い掛かってきた。
「霊剣が…使えない!?」
蘭丸は、襲ってきた魔物に刀を振るったが、いつもなら魔物の肉を星屑と変える所なのに、魔物の体は霧散して、刀の当たった感触がなかった。
「ケケケ。ここでは何をやっても無駄だ。」
魔物の攻撃を避けるのが精一杯で、とても攻撃するどころではなかった。
それは蘭丸だけでなく、蓮花も椿も楓も皆同じだった。
「楓。霊力が使えなくても、君の言霊の術でどうにか出来ないのかい。」
椿が言ったが、楓は首を振った。
「どうも、ここは何か結界のような場所になっているらしいよ。あたしの言霊も、ここでは何の力も持たないただの音でしかない。」
「確かに使えねーみてーだな、霊力は。だったら俺は妖力の方を使えばいいだけのことだ!」
エンマは赤い妖気を発して、それを紫炎刀に纏わせた。赤い色は紫の光に包まれ、雷のような激しい光が広がって、一瞬辺りが真っ白になった。
その光に魔物たちは驚いて、一瞬攻撃の手を止めた。その隙に、蓮花たちは一所に固まって、陣形を組んだ。
「兄貴!」
エンマが刀を振るおうとしたのを、フータが止めた。
「だめだよ!こいつは苦しんでるんだ。こいつに兄貴の力が当たったら、こいつはもっと苦しむよ!今だって、魔物の力で苦しめられてるんだ!」
「こいつって、この通り道になってる奴のことか?」
「そうだよ。こいつは悪い奴じゃないんだ。魔物じゃないんだよ!おいらには分かるんだ!だから、こいつを殺さないで!」
「けど、今は魔物をやらなきゃなんねーだろ。霊力が使えねーなら、妖力を使うしかねーんだよ。」
「やめてよ!だめなんだ!こいつは!おいらの仲間だから!」
「じゃあどうすりゃいいってんだ!」
目の前に迫り来る魔物たちを前にしながらも、必死にすがり付いて止めようとするフータに、エンマはすっかり困惑してしまった。
「うわっ!」
襲い掛かってきた魔物の鋭い爪が、椿の手首を掻き切り、傷口から魔物の毒が椿の体を蝕んでいった。
「椿!くそっ!」
蘭丸はなおも刀を振るったが、やはり魔物の体をすり抜けるばかりで、攻撃は一切当たらなかった。最早逃げるしかない状況にあったが、魔物たちに取り囲まれて、それも出来なくなっていた。
人一倍武術の訓練を積んでいる蓮花は、霊力を使わずとも、身軽に魔物の攻撃をかわすことは出来たが、やはり霊力が使えなければ、魔物に攻撃を当てることは出来なかった。
「あたしの再生術が使えれば…!」
みるみる顔色が青ざめていく椿を見て、楓は悔しそうに唇を噛んだ。
「フフ…。さすがに今の僕にはジョークを言う余裕もないよ…。」
椿はやっとの思いで立っていた。
霊力を使えなければ、人間には絶対に魔物を倒すことは出来ない。魔物の体は、人間とは違って、肉の体はあくまでもその魔物を形作っている塊に過ぎず、その本体は肉ではなく魂であり、その魂を霊力による心眼で見極めて破壊しなければ、魔物は消滅させることが出来ないのだ。
だが、同じ魔物どうしなら、攻撃し合うことは可能だ。人と人とが争い殺し合うのと同じように。
「くそっ!フータ、すまねえっ!」
エンマは、皆が苦戦しているのを見て、腕にしがみついていたフータを振り払って、妖気を纏った刀を魔物たちに向けて放った。
魔物たちは斬りつけられて後退したが、あくまでも同じ魔物の力で攻撃されただけなので、それだけでは倒れなかった。
「魔眼…。」
エンマは、全力で魔物になりきって攻撃しようと、魔眼を完全に開いた。赤い眼がぎょろりと光る。
突如、生き物の体が振動した。
「兄貴!だめだって!こいつは魔物の妖気で変にされてるんだ!これ以上、こいつを苦しめないで!」
「なにっ!?」
フータの言葉を聞いて、エンマは、自らが妖気で狂ったことを思い出した。
「おいらが皆を守るよ!」
フータは、魔物たちの前に立ちはだかって、両手をぱんと打ち鳴らして拝むように手を合わせた。
すると、フータの周りに風が巻き起こり、風が防壁のようになって皆を包み、攻撃しようと向かってきた魔物たちを吹き飛ばした。
「ううう…。」
だが、フータの風術では、皆の身を守ることは出来ても、魔物たちを傷付けることは出来なかった。
「これではらちがあかねー!くそ!どうすりゃいい!?」
エンマは緑の目に戻り、紫炎刀に聞くように言った。
「俺に、全てを超える力を使えたら!人間も魔物も、なんもかんも超えちまって、俺は皆を守りてえ!誰よりも強い力で!」
紫炎刀の強い光を見つめながら、エンマは心の底から叫んだ。
「俺はちっぽけだがでけえ存在なんだ…!じじいとか星空みてーに…!」
エンマの心の中で、草吉が笑っていた。
草吉のように大きな存在になりたい――その思いが、エンマの心の奥、魂に眠るものへと伝わった。
腹の奥底、魂深く、体のどこかに眠っていたそれは、強い意志に叩き起こされ、外界への扉を開けて、宿主の表に現れた。
光り輝く紫の光が、エンマを優しく包んだ。
(これが…神力…。)
地獄里のときとは違い、エンマの意識ははっきりとしていた。
しかし、エンマは、まるで自分がそこにいないかのような、不思議な感覚を覚えていた。いや、そこにいるが、いないのと同じような、矮小でありながら巨大なような。
全てと一体になっている感覚。
意識は中心にある。
その中心から、世界が輪となって広がっている。
輪の中にある者どもは星のように散らばっている。
星たちを動かすのは中心にある己。
そして星たちに動かされるのもまた己。
――それが神力というものであった。
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