第11章「紫炎の煌き」

 見回りを始めてから四日目となり、四人は来た道を引き返し始めた。

 しかし花霞の里へ帰る道中、蓮花が伝視で魔物の姿を捉えた。

 こちらのいる道に森を挟んだ向こう側に、魔物がいた。

 魔物は一匹。こちらに気付く様子もなく、うろうろと歩き回っていた。

「魔物がいるんだな。早速霊剣を試せるぜ!」

「だめよ。まだ心眼も使えないでしょ。闇雲に攻撃したって無駄よ。」

 はやるエンマを蓮花が冷静に止めた。

「くそっ!」

「エンマ。まだお前には、あたしの技を見せてなかったね。言霊の術。それを見せてやろうか。」

 楓が言った。

「あの程度の魔物なら、あたしの術で一発さ。」

 四人は魔物のいる方まで移動し、茂みに隠れて、魔物の様子を窺った。

 形は人間の格好に似ているが、尾が生え、背中が異様に曲がり、背骨が飛び出して見えて、醜い姿だった。全身が黒い毛で覆われていて、その中で目だけが緑色にらんらんと光っている。

 エンマは魔物を見て、魔物に襲われたときのことを思い出して、気持ちが高ぶっていた。木刀を持つ手が怒りに震え、今にも飛び出して行って、魔物に殴りかかりたい衝動にかられたが、それを蓮花が懸命に抑えていた。

「…ニンゲンノニオイ…。」

 魔物は、四人の存在に気付いたようだった。茂みの方を凝視している。そして、舌を出して涎を垂らしながら、こちらに向かって近付いてきた。

「シンゾウ…ノ…ニオイ…。」

 魔物は人間の内臓を食べたがるのだ。

「動くな!」

 大声を発したのは、楓だった。その声は、いつもの楓の声とは違っていて、まるで鐘が鳴るような、低く通る声だった。

 楓は眼前に迫ってくる魔物を見据え、左手の人差し指と中指を上に向けて印を結び、颯爽と魔物の前に現れた。

 魔物は楓の声を聞くと、身動きが取れなくなり、動けなくなった。

 さらに楓は、呪文を唱えながら、印を作った左手を右手の指で横一文字に切るような動作をした。

「破邪滅殺。」

 最後に唱えた言葉で、術は終了だった。魔物は一瞬にして塵となり、消滅した。後には何も残っていない。まるで、最初からそこに何もいなかったかのように。

「ただなんか唱えただけで…。なんもしてねーのに。」

 エンマには、今の戦いがやけにあっけなく見えた。

「今の魔物はそこまで強くなかったからな。もっと強い奴だと、もっと強力な言霊が必要だ。あっけなく見えるかもしれないが、これでも霊力は消費している。相手が強ければ強いほど、大きな霊力が必要になるんだ。」

 ふうと一息吐いて、楓が言った。

「…すげえ術なんだな。それって、お前の里…月影の里だったな。そこにしか伝わってない術なんだろ。」

 気持ちが治まったエンマは、改めて楓の術を思い出して言った。

「そうだ。しかも、使いこなせるのはほんの一握りの者だけだ。血と才能が要求されるからな。あたしの家系は先祖代々、この言霊を操ってきた。そしてその血と才能が、今のあたしにも脈々と受け継がれているってわけさ。」

 楓は、事もなげに言った。

「傷を治したり、魔物を呪い殺したり…。楓、お前も強い奴なんだな。」

 感心したように、エンマは言った。

「楓を怒らせない方がいいよ。言霊で、何を言われて呪い殺されるか分からないからね。」

 くっくっと笑いながら、椿が言った。

「椿、あたしの神経を逆撫でしようったって、無駄だよ。わざとそんなことを言って、からかおうとしているんだろう。その手には乗らないよ。」

 楓は冷たく言い放った。

「ちぇ、つまらない奴だな…。」

 そう言い捨てて、椿は豆を放り投げてぽりぽりと食べていた。


 結局、魔物が現れたのはそれだけで、あとは何事もなく、里に帰ることが出来た。

「お帰り。どうだったね、エンマ。初めての見回りは。」

 見回りを終えて、皆で長老の元へ報告に行くと、芭蕉が労うようにエンマにそう言った。

「面白くなかったぜ。俺はただ見てるだけで。」

「まあ、見回りはそんなもんだ。出来れば魔物がいない方がいいのだからな。魔物が出たときには、お前たちにも、退治に向かってもらう時がくるかもしれん。それまで、しっかりと修行をして戦いに備えておくことだ。」

 長老の家をあとにし、見回りを他の班に引き継ぐと、四人はそれぞれの家へ帰って行った。

「ただいまー!兄貴!」

 エンマが帰ってくると、フータが嬉しそうに玄関先の土間まで飛んできた。

「ただいまってのは、俺のセリフだろーが。お前が言ってどうする。」

「へへっ。おいら、兄貴がいなくて寂しかったから、すっごくウレシーんだ!」

 フータはエンマに抱きついた。

「もう、大変だったのよ。フータったら、エンマがいなくて、泣いたんだから。」

「そんなに寂しかったのか?」

 みぞれの言葉を聞いて、驚いたようにエンマはフータを見た。

「だって、夜寝るとき、蘭丸しかいなくて、兄貴がいねえんだもん。兄貴がいねえと、おいら悲しくて、寂しくて。おいら、兄貴が大好きなんだよう!」

 嬉し泣きしながら、フータはエンマの顔を見上げて言った。

「フータ…。」

 素直な感情をぶつけてくるフータに、エンマも思わず笑みがこぼれて、柔らかいフータの髪を撫でてやった。

「すっかり、フータはエンマに懐いてるんだなあ。」

 それを見て氷助がしみじみと言った。

「でもなあ、フータ。これから俺は、今よりもどんどん強くなって、魔物を倒しに行ったりして、家を離れなきゃならねえときがある。いつまでもおめーと一緒に遊んでもいられねえんだ。」

 エンマは座り込んで、フータと同じ目線になって言った。

「おいらもついていきたいよ。兄貴のために、おいら頑張るからさ。」

「おめーまで危険な目に遭わせるわけにはいかねーだろ。」

 そう言ってエンマはフータの頭にぽんと手を当て、笑って見せると、家の中に入っていった。

「蘭丸。俺も刀を持ちてえ。」

 蘭丸を見つけると、エンマはいきなりそう切り出した。

「刀?そうか。お前は刀も持ってなかったんだな。しかしなんだって急に…。」

「俺は今まで知らなかったんだ。木刀でも魔物を倒せると思ってた。刀なんて持ったこともねえが、魔物を斬るためには、必要なんだろ?」

「ああ。そうだな。じゃあ明日にでも、刀鍛冶の躑躅つつじさんの所へ行こう。俺はいつもそこで刀を鍛えてもらってるんだ。この、星龍刀せいりゅうとうをね。」

 蘭丸は、部屋の奥に置いていた一本の刀を取り出した。

 柄を握って、濡れたように艶々と光った黒い鞘から刀をすらりと抜くと、銀に煌めく美しい刀身が現れた。

「きれいなもんなんだな、刀ってのは。」

「エンマのじいさんも、剣術をやってたんなら、刀くらい持ってたんじゃないのか?」

「じじいが持ってたのは、こんな立派な刀じゃねえよ。古くなって、錆び付いてたな。じじいはもう、刀は使いたくねえとか言ってたし。」

「そうなのか…。」

 昔、人同士の戦があった。おそらく、草吉はその時代を生きてきて、嫌というほど人を斬ったり斬られたりということを経験してきたのだろう。それは、はっきりと草吉が口に出さなくても、エンマにも分かっていたし、蘭丸にもそれは伝わった。

「エンマ。躑躅さんはいい刀鍛冶だし、剣術の腕前も相当なものだ。それに、躑躅さんには皐月さつきさんという娘がいて、皐月さんも剣の使い手なんだ。お前の腕前を見てもらってもいいかもな。」

「そいつも、お前の訓練所に出入りしてんのか?」

「いや、彼女は俺の所じゃなく、別の訓練所で教えているんだ。俺たちより五歳くらい年上だよ。蓮花には敵わないけど、皐月さんもかなりの美人なんだ。」

「ふーん。女でも剣術をやってて強い奴がいるんだな。」

 エンマの興味は、強くなることにしかなかった。


 次の日、朝早くからエンマと蘭丸は、刀鍛冶の躑躅の家へと向かった。

 躑躅の家は、蘭丸の家からは遠く離れていて、たつの刻(午前八時頃)に出ても、徒歩で三時間ほどもかかり、着いたのはうまの刻(午前十一時頃)を過ぎてからだった。

 家とは別に、木造の大きな小屋があり、そこから鉄を打つようなカンカンという音が外まで聞こえていた。

「躑躅さん。蘭丸です。」

 開け放たれている入り口で、蘭丸は大きな声で挨拶した。

 小屋の中には、鉄を熱するための炉があって、中に入ると暑かった。

「おう、蘭丸か。ん?そっちは?」

 振り返った躑躅は、エンマを見て聞いた。がっしりとした逞しい体つきの男で、年は氷助と同じくらいに見えた。躑躅は白いかみしもを着て、金槌で鉄を打っていた。

「エンマです。」

 蘭丸に紹介されて、ぎこちなくエンマは頭を下げてみせた。

「ほう、お前がエンマか。なかなかいい目つきをしているな。」

 躑躅は、にやりと笑ってみせた。

「俺の刀を作ってほしいんだ。」

 いきなり、エンマは言った。

「魔物を倒すために、刀が必要なんだろ。俺は今まで刀なんて持ったこともねえが、どうせならちゃんとした刀がいいぜ。すぐに壊れるようなやつじゃなくてな。」

「ふふん。生意気なことを言う小僧だな。」

「おいおい、エンマ。失礼だろ!」

 蘭丸はエンマと躑躅を交互に見ながら慌てて言った。

「まあいい。しかしな、お前の剣の腕前も知らないってのに、いきなり刀を作れと言われてもな。俺は、俺が認めた奴にしか作りたくねえんだ。まずは、お前の腕を見せてもらおう。」

「ああ、いいぜ。」

「それじゃ、俺の娘と戦ってもらおう。娘の皐月も剣の使い手でな。今は訓練所にいるはずだ。そこに行って、皐月と戦って勝ったら刀を作ってやろうじゃないか。」

 皐月の訓練所は、躑躅の家から十分ほどの所にあった。

 三十人ほどの訓練生の中に混じって、一際目立つ美しい女性が剣を教えていた。

「あら、蘭丸じゃない。」

 女性は、蘭丸を見て優しく微笑んだ。柔和でいて、艶やかな顔をした美女だった。

「皐月さん。こんにちは。」

 蘭丸は爽やかに挨拶をした。

「どうしたの?その子は?」

 エンマは、皐月の雰囲気がどこかみぞれに似ているような気がしていた。

「俺はエンマだ。お前が皐月だな。俺と勝負しろ。」

 唐突にエンマは言った。

「どうして私のことを…。あっ、もしかしてお父さんに言われたのね。刀を作るからって。」

「そうだ。お前に勝てば、刀を作ってもらえるんだ。」

「そうねえ…。あなたのために、私が負ければいいんでしょうけど、でも、そうなると私がお父さんに叱られてしまうし、困ったわね。」

「困る必要はねえ。お互いに全力で戦えばいいだけの話だ。わざと負けるなんてことはするなよ。俺は自分自身の力で勝ちたいんだ。」

「まあっ、かっこいいことを言うのね。ふふっ、気に入ったわ。」

 皐月は微笑みながら、木刀を構えた。

 いつしか、皐月の周りにいた訓練生たちは、二人を取り囲むように遠巻きにして見ていた。

「エンマ。油断するなよ。皐月さんは、ああ見えて、ものすごく強いぞ。」

 離れた所から、蘭丸が叫んだ。

 エンマは木刀を構えて、皐月の出方を窺っていたが、皐月は微笑んだまま、何も仕掛けてこない。痺れを切らして、エンマは皐月に向かって木刀を振るった。

「はい!」

 皐月は素早くエンマの攻撃を見切って避けたかと思うと、即座に木刀をエンマの背中に軽く当てた。痛みはないが、攻撃が当てられたことに変わりはない。

「なんだよ、それ。全然痛くもかゆくもねえ。」

「だって、痛いのや、傷つくのは、嫌でしょう?でも一発は一発よ。」

 うふふ、と皐月は微笑んだ。

「俺は手加減しねえぜ。例え女だろうとな!」

 エンマは勢いよく走ってきて、木刀を皐月めがけて振り下ろしたが、またもかわされ、軽い一撃をもらった。

「はい!終わり。」

 皐月はエンマの頭にコツンと木刀を軽く当てて、にっこりと微笑み、木刀を納めてしまった。

「まだだ!」

「だめよ。これが真剣勝負だったら、とっくにあなたは死んでるわ。ごめんね。私が勝っちゃって。でも、お父さんには私からお願いしてみるから。」

「そんなことしなくていい!…くそっ!」

 エンマは悔しさのあまり、外へ飛び出していった。

「ありがとうございました。それでは。」

 蘭丸は皐月に頭を下げて、急いでエンマを追いかけていった。

「ふふ…。あの二人は友達なのかしら。」

 皐月はただにこにこと微笑んでいた。

「エンマ!待てって!」

 追いかけていった蘭丸が、エンマの袖を掴んだ。

「ちくしょう!なんであんな女に!」

「仕方ないさ。皐月さんは訓練所で教えてるくらいなんだ。お前が負けてもおかしくはないさ。」

「でもよ、お前は勝ったんだろ。刀を作ってもらったってことはさ。」

「まあな…。」

「くそ!俺は強くなったと思ってたってのに…。」

「エンマ。お前は確実に強くなってるよ。最初ここに来たときより、ずっとな。あのときは、お前を俺がこてんぱんにしてやったけど、今は、どうだろうな。…エンマ、また俺と戦ってみないか。勿論、俺が勝つだろうが、どれくらいお前が強くなったのか、見てやるよ。」

 蘭丸は、精一杯の励ましのつもりで言った。

「…そうだな。たかが一回負けたくらいで落ち込んでられねえ。それに、椿。あいつとこないだ闘って、互角だったんだ。それで自信がついたけど、それで満足してちゃだめなんだ。俺の目標は、お前だからな。お前を超えてやるんだ。」

 エンマは緑色の目を煌めかせて、蘭丸をまっすぐに見て言った。


 翌日、エンマは蘭丸の訓練所へ向かった。

 フータにせがまれて、フータもともに行くことになったのだが。

「おいら、くんれんじょってとこには、行ったことねえ。どんなとこなんだ?」

「剣術の修行をする所だ。おとなしくしてろよ、フータ。」

「兄貴の言う通りにしてるよ。おいらは、ただ兄貴について行きたいだけだから。」

 訓練所に着くと、エンマが話しかける前に、蘭丸が椿と一緒にエンマのもとへやって来た。他の訓練生は既に帰っていて、訓練所にはその二人しかいなかった。

「今丁度話してたんだ。エンマ、これからは、お前もここで修行していいぞ。」

「いいのか?蘭丸。」

「ああ。ただし、練習相手は椿だ。」

「ふん。せいぜい、よろしく頼むよ。赤鬼君。」

 いつもの馬鹿にした態度で、椿はエンマに言った。

「なんだこいつ!兄貴を馬鹿にしやがって!」

 フータが椿を睨み付けた。

「ん?このちびは何者だい?兄貴って、赤鬼君の子分なのかい?」

 椿は、フータを見下して笑った。

「赤鬼じゃねえや!兄貴には、エンマってかっけえ名前があるんだ!おいらは、兄貴の弟分さ!」

「ははっ。じゃあ、君は小鬼君ってとこかなあ。あっはっはっ。」

「こいつ!」

 フータは、椿の足を思い切り踏み付けた。

「痛っ。」

「椿。フータを馬鹿にするな。こいつはなあ、これでも結構すげーんだぜ。飛天術を覚えたしな。」

「へーえ。君よりも先に子分が術を覚えるなんてねえ。兄貴としての面目丸潰れじゃないのかい。」

「そんなことは関係ねえよ。全く、その減らず口は何とかなんねえのか。」

 怒りを通り越して、エンマは呆れて椿を見た。

「おいおい、それくらいにして、修行を始めたらどうだ?それともエンマ、先に俺と戦うか?」

 蘭丸が二人の間に割って入った。

「そうだな。よし!蘭丸、勝負だ!フータは危ないから下がってろ。」

 エンマに言われて、フータは訓練所の隅に走っていった。

 椿も二人から離れた所で、じっと腕を組んで見ていた。

「普通にやるとあまりにも差が激しいからな。エンマ、遠慮なく霊力を使っていいぞ。俺は霊術も何も使わないからな。」

「ほんとにいいんだな。霊力をぶっ放しても。」

「ああ。構わないさ。」

 蘭丸は余裕だった。

 エンマは霊力を木刀に込めた。青白い光が、木刀を包む。

「おらあっ!」

 大きく声を張り上げながら、エンマは木刀を一振りした。

 凄まじい突風が巻き起こり、蘭丸の髪を乱したが、これは攻撃ではなく、準備運動のようなものだった。

 それで弾みをつけると、エンマは、まっすぐに蘭丸に突っ込んできた。

「またそれか。」

 以前と同じような動きに、蘭丸は攻撃を見抜いてかわそうとした。が、エンマの直線的な動きが急に変わり、蘭丸がかわした直後、背後にぐるりと回られた。

 後ろをとられ、体勢を整えようとする暇なく、エンマの攻撃が蘭丸に襲い掛かった。

 しかし、蘭丸の素早さと身軽さは群を抜いている。エンマの鋭い攻撃を、後ろを向いた状態で上体を下げて避け、そのままくるりと前転してエンマから離れた。

 エンマの方は、勢い余って前につんのめり、うつ伏せに転んだ。そこを、蘭丸に一撃食らわされた。

「いってえーー!」

 起き上がった後、間髪入れず、エンマは鋭く攻撃を繰り出していったが、ことごとくかわされ、食らいついても食らいついても、蘭丸の素早い動きにはついていけなかった。

 椿とのときよりも、やはり大きな差を感じた。

 エンマは、肩を激しく上下させ、呼吸が荒くなってきていた。

「…前よりいい動きだよ、エンマ。」

 蘭丸はそう言ったが、全く疲れた様子もなく、エンマを見て微笑んでいる。

「ちくしょう!」

 エンマの負けず嫌いな心に火が付いた。

 霊力が、妖しく揺れた。

 青白い光が一瞬燃え上がったように見えた。

 蘭丸も、椿も見ていた。

 エンマの体が、紫の光に包まれたのを。

 神々しく、妖しい煌き。

「ウオオラアアッ!!」

 獣のような雄叫びを上げて、エンマは紫の光に包まれて、妖しく光り輝いた木刀を振り回した。

 それは、突風という生易しいものではなかった。

 紫の光から生じた力は、衝撃波となって、訓練所の壁を貫き、大きな穴を開けた。

 衝撃波を一瞬早く読み取って避けた蘭丸は、あっけに取られて穴の開いた壁を見ていた。

「なんて力だ…。」

 エンマは、木刀を投げ捨てると、息を切らして膝をついた。紫の光は、消えていた。

「兄貴!」

 そこへフータが駆け寄ってきて、エンマの顔を覗き込んだ。エンマの意識は飛んでいなかった。フータを見て、エンマは少し笑ったようだった。

「…赤鬼君。君は感情が高ぶると、危険なことをしでかすようだね。」

 椿は冷静に言った。

「霊力と妖力…。この二つは、元は一つだったんだからね。君が特に気をつけなきゃいけないと言ったのは、そういう意味だからさ。妖力に取り込まれたら、魔物にもなりかねないんだよ。」

 エンマは、椿の言葉を黙ってじっと聞いていた。

「兄貴!さっきの…おいら見たよ!」

 フータだけは、瞳を輝かせていた。

「兄貴が綺麗な色に光って…。まるで神様みたいにさ!」

「神様…?」

 椿が眉をひそめた。

「神様ってさ、おいら見たことねえけど、きっとあんな感じなんだ。さっきの兄貴みたいなさ。なんかすげーんだよ。それで壁もぐわあーって壊すんだ。すっげえ力で!」

 フータは両手を大きく広げながら、興奮して話していた。

「やっぱり兄貴はすげーや!」

「…けどよ、俺は蘭丸に負けたんだぜ。」

「勝ち負けなんかどうでもいい。おいらは、兄貴がすげーと思ったから、兄貴がいいんだ!」

「変な奴だな、おめえは…。」

 エンマの心の中を、一気に吹き抜けていった嵐は消え、フータの爽快な風が吹いていた。

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