第10章「畏怖と憧憬」

 ずんずんと早歩きで先へ進んで行く蓮花を、エンマは急いで追いかけた。

 追いついたかと思うと、蓮花はそれよりももっと早く歩いていって、絶対にエンマを並ばせなかった。

「おいおい、なんか怒ってねーか?」

「別に怒ってないわ。」

 蓮花は、振り返りもせずに言った。

「そんなに、あの木を倒したのが悪かったのか?」

「それは悪いわね。」

「へっ、長老にでも何でも、言ったって構わねえさ。それより何より、霊力が使えたってのが嬉しいんだ。怒られたって、どーってことねーぜ。」

「ふーん。」

 蓮花の返事はそっけなかった。しかしエンマは、霊力の感覚を思い出して、それを身に付けたのだという確信があり、それが嬉しくてたまらなかった。

 蘭丸の家に到着すると、蓮花は、エンマにろくに目も合わせずに、

「もう遅いし、私は帰るから。」

とだけ言って、さっさと自分の家へ帰っていった。

「なんだよ、冷てえな。霊力が使えるようになったってのに…。そこまで怒るこたあねーじゃねーか。」

 去っていく蓮花の後ろ姿を見ながら、エンマはぼやいた。

「エンマ。随分遅くまで修行頑張ってたのねえ。おなかがすいたでしょう。私たちはもう先に済ませてしまったけど、ちゃんとエンマの分もありますからねえ。」

 みぞれはエンマを優しく出迎えると、大きな握り飯を三つと温かい味噌汁に、煮魚とぬかづけを盛った皿を盆に載せて運んできた。

「エンマ。蓮花は?」

 エンマが飯を食べている脇で、蘭丸は障子を開けて外を見ながら聞いた。

「帰っていったぜ。なんか怒らせちまったみてーでよ。」

「なんだって?一体蓮花に何をしたんだ?」

「蓮花にっつーか、俺が霊力を使って木を倒しちまってな。まさかそこまで悪いことだったとはなあ…。」

「霊力…って、お前、使えるようになったのか!?」

 蘭丸は驚いたようにエンマを見た。

「ああ。霊術はまだだが、とりあえず霊力は出せるようになったぜ。木刀に纏わせてな。」

 エンマはにやりと笑った。

「ええ!?それじゃ、お前、霊剣を使えるようになったってのか!?」

「ああ。やっぱりあれが霊剣か。」

「…普通は、霊術が一通り使えるようになって初めて、霊力の出し方が分かるものなんだがなあ…。霊力を放出するってことは、結構難しい技なんだぜ。それを先にやっちまうとは…。」

 蘭丸の声には、驚きとともに、呆れたような響きがあった。

「へー。そうなのか。俺ってすげーな。」

 エンマは、ぬかづけをぼりぼりと食いながら言った。

「……。」

 しばらくの間、蘭丸は、じっと何かを考え込むようにして立っていた。

「蘭丸!明日から、霊剣の修行に付き合えよな。霊術はまだだが、霊力が出せたってことで、魔物を叩っ斬ることは出来んだろ?」

 飯を全て平らげて箸を置くと、エンマは蘭丸の方を向いて言った。

「…そうだな。」

 蘭丸は、どこか浮かない顔をしていた。

「なんなんだよ。てめーまでそんな顔して。蓮花も蘭丸も、俺が霊力を使えたってことを素直に喜んでくれんじゃねーのかよ。」

 不満げにエンマは言った。

「…蓮花は、喜んでなかったのか?」

「なんか知らねーが、やけに冷たかったな。わけ分かんねーよ。」

「……。」

 蘭丸は何も言わずに、じっと外を見ていた。


 家に戻った蓮花は、戸を閉めたあと、深く息を吐いた。

 怒っているわけではなく、むしろエンマが霊力を身に付けたことを嬉しく思っていた。

 しかし、いつものように接することが出来なかった。

 紫の光を纏ったような、エンマのあの姿が、心に焼き付いて離れなかった。

 まるで別人かと思うくらい、威厳に満ち溢れ、神々しいほどに輝き、そして、どこか危険な魅力を放っていた。そしてあの緑色の目に、心の奥まで射抜かれたようになって、頭の中が混乱してしまった。

 そして、そんな自分を必死に誤魔化そうとして、わざと冷たい態度をとってしまったことを、蓮花は後悔していた。

「私ったら、どうしてこうなのかしら。エンマは、きっと喜んでほしかっただろうに。」

 蓮花は、頭を冷やそうと、窓を開けて星空を眺めた。


 「蘭丸!起きろっ!」

 朝になり、エンマは木刀を片手に持って、まだ寝ている蘭丸を布団の上から蹴った。

「うう…。やかましい目覚ましだなあ…。」

 眠そうな目を擦りながら、蘭丸は恨めしい目でエンマを見た。

「おらっ、霊剣てのを教えろっ!」

「教えろ、じゃないだろ。教えて下さいと言えよ。なんでお前がそんなにエラソーなんだ。」

 文句を言いながら、仕方なく蘭丸は起き上がって、服を着替えて寝癖を直すと、木刀を取り出して庭へ出た。

「まずは、本当に霊力が出せるようになったのか、確認させてもらおうか。」

「へっ、望む所だぜ。」

 そう言うとエンマは、右手に持っている木刀に、霊力を込め始めた。

 星空の意識。波動。それらを体内から外へ、そして木刀へ。

 目には、青白い光となって霊力が木刀を包み込んでいるのが分かる。

「どうやら、本当に霊力を出せるようになったみたいだな。」

 腕を組んでその様子を見ていた蘭丸が、エンマを認めるように笑って見せた。

「へへっ。」

「まあ、霊術が使えなくても、霊力が出せれば一応、霊剣は使えるからな。よし、これから、お前に霊剣を教えてやろう。」

「やっと、本当の修行って感じだぜ。霊剣が使えりゃあ、魔物を倒せるんだろ?そう思ったらな。」

 エンマは拳を握り締めて、嬉しそうな顔をしていた。

「甘いな。霊力が使えても、霊剣使いには、その他に、絶対に必要な技がある。いや、霊剣使いだけじゃない。魔物を倒すために必要不可欠な技だ。」

「なんだそれは。」

「心眼さ。」

「シンガン?」

「そう。心の目だ。魔物に実体はない。だから、普通の人間では魔物を倒すことが出来ないんだ。だが、心眼を使えば、実体のない魔物の本体を捉えて、魔物の魂や、弱点や急所を見ることが出来る。そこを霊剣で攻撃して倒すわけさ。」

「要するに、その心眼ってのを身に付ければいいんだろ。」

「ああ。だが、霊術の中でも一番高度で難しいぞ。そんなに簡単にはいかない。」

「やってやる!」

 エンマの目が燃えるように輝いた。

「…しかし、うーん…。どうやって教えたら…。」

 蘭丸が考えていると、そこへ、蓮花がやって来た。

「あ…。蘭丸。エンマ…。」

 心なしか声がいつもより少し小さく、いつもと様子が違って、しおらしかった。

「やあ、蓮花。今、エンマに霊剣を教えてる所なんだよ。」

 どこか偉そうに蘭丸が言った。

「そうなの…。ずっと霊剣を教わりたいって、言ってたものね。良かったわね、エンマ。」

 優しげにそう言って、蓮花は微笑んだ。

「なんだ。昨日はあんなに怒ってたくせに。」

 エンマは、ちらりと蓮花を睨んだ。

「怒ってたんじゃないのよ。まさかエンマが、こんなに早く霊力を身に付けるなんて思ってなかったから、びっくりしてしまって…。」

 蓮花は少し俯いて言った。

「ふーん。ま、どうでもいいぜ。そんなことは。それより蓮花、お前も心眼ってのを使えんだろ。」

 けろっとしてエンマが蓮花に聞いた。

「ええ。霊術使いも霊剣使いも、皆心眼を使って魔物を倒すのよ。」

「やっぱそうか。」

「心眼は、感覚としては、伝視に近いわ。だから、伝視術の修行をしながら、感覚を掴んでいくといいんじゃないかしら。伝視を使っているうちに、心眼も分かってくると思うから。」

「さすが蓮花だな。今、心眼をどう教えたらいいかと思ってたんだよ。俺って、剣は一番だけど、人に教えるのは苦手だからさ。」

「ふん、剣は一番か。そんなら蘭丸、てめーには、剣術の修行相手になってもらう。そして蓮花には、心眼とか伝視ってのを教えてもらう。頼むぜ、てめーら。」

 エンマは、木刀の先を蘭丸と蓮花に向けて言った。

「だから、なんでお前がそんなにエラソーなんだよ!」

「俺はこんな言い方しか出来ねーんだよ。」

「ふふっ。」

 エンマと蘭丸の様子を見て、蓮花は思わず笑みがこぼれたのだった。


 一方、花霞の里の長老、芭蕉は、エンマの育った里である地獄里へ、しばらく前に出した使いの者が、一向に戻って来ないことを案じていた。

 エンマを襲った魔物が一体どうやって、根の国から程遠い地獄里まで行ったのか。その魔物を蓮花が仕留めたとはいえ、そのことが芭蕉の心に引っ掛かっていた。

 魔物が人間の国に入るためには、必ず天霊山を越えなくてはならない。しかしその麓を、花霞の里が厳重に守っているし、それ以外の道で魔物が人間の国へ入ってくることは出来ないはずであった。

 しかし、エンマが自力で根の国まで行ったという事実。これは、根の国と人間の国とを繋ぐ道が、どこかにあるという証拠ではないのか。

 更に、それを証明するかのように、以前よりも花霞の里の周辺や、里から遠く離れた所にまで魔物が出没することが増えてきているのだ。

 芭蕉は、里周辺の見回りをこれまで以上に強化し、魔物が出没したとの知らせを受ければ、即座に里の者を送って対処していた。

 当然、エンマや蓮花たちにもその役目が回ってきた。

 里の上役に呼ばれて、エンマ、蓮花、楓、椿の四人は、里周辺の見回りをすることになった。

 見回りは、基本的に班交代制で、里で決められた班で三、四日間行動する。

 必ずしも魔物に出会うとは限らず、魔物を見つけた場合は、速やかに排除する。ここで最も有効となる術が、伝視術なのであった。伝視術を用いて魔物を捕捉し、霊術や霊剣で攻撃し撃退するのである。

「早速使えるようになった霊剣を試してーぜ。魔物出てこねーかな。」

 門を出ると、エンマは木刀を振り回して言った。

「何言ってるの。魔物なんていない方がいいに決まってるでしょ。こっちからわざわざ魔物を呼ぶことはないのよ。」

 蓮花が呆れた顔で言った。

「すごいじゃないか。もう霊剣が使えるようになったなんて。エンマは、人一倍修行を頑張ってたからね。」

 楓が涼しげな微笑みを浮かべて言った。

「赤鬼君。霊剣が使えるようになったって、ほんとかい。」

 椿は懐から布袋を取り出して、そこから豆を一つ取り出して上へ投げ上げると、落ちてきた豆を口に放り込んでぽりぽりと食べた。

「…ああ。霊力を出せるようになったんだ。」

「フッ。まだ飛天術もろくに出来ないんだろ。なのに、先に霊力を出せるようになるとはね。さすが赤鬼君だね。」

 皮肉たっぷりに言うと、椿は豆を投げ上げて食べた。

「そうだ。あとでてめーと再戦させろ。剣の腕も前より上がってるからな。早くてめーを倒して、二度と赤鬼なんて呼ばせねえ。」

 エンマは椿を睨み付けた。

「まだ無理だと思うけどねー。別にいいよ。それくらいなんてことない。アッハッハッ。」

 椿は豆をぽりぽりと食べながら、馬鹿にしたように笑った。

「エンマも霊剣を使うなら、木刀でなく、ちゃんとした刀を持っておいた方がいいよ。木刀では、魔物を倒せないからね。」

「そうなのか!?」

 楓の言葉を聞いて、エンマは驚いたように言った。

「なんだ。そんなことも知らなかったのか?ま、君には刀なんて似合わないね。その棒切れみたいな木刀で十分さ。」

「椿…。ほんとにてめーはムカつく奴だな…。けど、確かに俺は、刀なんて持ったこともねえぜ。」

「霊剣使いは皆刀を持っているんだよ。あたしや、蓮花みたいな、霊剣でなく霊術で魔物を倒す奴は持っていないけどね。あくまでも、とどめ用に小刀を持ってるくらいでさ。最もあたしなんかは、武器を使うってことはほとんどないけどね。」

「そういや、楓。お前はどうやって魔物を倒すんだ?再生術ってので、人を治療したりするのは見たけどよ。」

「あたしは月影の里に伝わる、言霊ことだまの術ってのを使うんだ。その術は、死と生を司る術でね。治療だけでなく、魔物には死を与えることも出来るんだよ。」

「なんだかすげえ術なんだな…。」

 エンマは、楓が唱えていた呪文のようなものを思い出した。言葉で魔物を殺せるとは。


 何事もなく夜になり、四人は山の中の小川の近くで、野宿することにした。

 焚き木を燃やして火を焚いて、川で獲った魚をそこで焼いたり、そこらに生えていた野草や木の実を採ってきて、それらを食べて腹を満たすと、四人は、持参してきた毛布を敷き、その中にくるまって寝たが、魔物を警戒して、二人ずつ交代で眠ることにした。

「刀か…。」

 蓮花が伝視で警戒している隣で、エンマは刀のことを考えていた。

「刀のことだったら、蘭丸に相談すればいいわ。それに、花霞の里には、腕のいい刀鍛冶もいるし、頼めば作ってもらえるわよ。」

「いや、そういうことじゃねえんだ…。俺、今まで木刀で、じじいと一緒に修行してきたけどよ、刀とかで、人を斬ったこともねえし…。」

「当たり前でしょ!人を斬るなんてこと…。」

「でもお前らは、魔物を殺してんだろ。人じゃなくてもさ。」

「それはそうだけど…。」

「別に魔物を殺すのが怖くなったってわけじゃねえけど、実際、殺すってなったら、どうなんだろうな、って思ってな。」

「変なことを言うのね。あんなに、魔物が憎いって言ってたのに。」

「うーん…。なんつーか、多分、お前らとは違うことを俺は考えてんだ。魔物を刀で斬り殺したら、どんな感じなのかなってな…。」

「え…?」

 思わず蓮花はエンマを見た。

 心なしか、エンマの顔が笑っているように見えた。

 その顔が、あの紫の光に包まれていたときのものと、どこか似ていた。

 蓮花の心に、エンマに対して、畏怖とも呼ぶべきものが浮かんでくると同時に、強烈に惹き付けられるものが湧き起こった。

「何言ってるの!?魔物だろうと何だろうと、殺すなんて、気分がいいわけないでしょ!」

 そう大声で言って、蓮花は立ち上がった。

「どうした、蓮花。」

 蓮花の声を聞いて、楓が起き上がってきたが、椿はぐっすりと眠っていた。

「ごめんなさい。何でもないのよ。」

 慌てて言って、蓮花は座り込んだが、心のざわめきはしばらく治まりそうになかった。

「エンマ。何かおかしなことを蓮花に言ったんじゃないだろうね。」

 蓮花の様子を見て、楓が言った。

「別に。俺も早く刀を使いてーって言っただけだ。」

 エンマは平然としたものだった。


 魔物と遭遇することなく、三日目の朝を迎えた。

 毎朝の習慣で、エンマは決まった時刻に目を覚まし、そしていつでも剣術の修行を怠らなかった。

「いつも早いねえ。赤鬼君。」

 椿があくびをしながらやって来た。

「椿。俺と勝負しろ。」

「いきなりかい。でも、僕は今、真剣しか持ってないよ。それでやって君を殺したらさすがにマズイだろ。」

「もう一本ある。これを使え。」

と言って、エンマは暇をみて作った木刀を椿に投げてよこした。

「へえ。君が作ったのかい。けど僕はまたこいつを壊すかもしれないよ。」

「構わねえ。俺の実力を知りたいんだ。てめーと戦うことでな。」

「そうかい。じゃ、遠慮なく壊させてもらうよ。」

 椿はにやりと笑って、木刀を左手に握って斜めに構えた。

 エンマの構え方は、以前のような硬い姿勢ではなく、どこか余裕があるようにも見える、自然な姿勢だった。

「やあっ!」

 先に椿が攻撃してきた。力強い一撃を、エンマに向かって叩きつけてきたが、それをエンマは木刀で受け流し、素早く身を翻して距離をとった。

「へえ。動きが軽くなったんじゃないか?」

 椿はそう言いながらも、攻撃を止めることなく次々と鋭い打撃を繰り出してきた。エンマはそれらを受け流し続けている。

「でも、僕に攻撃を当てられないと意味ないね。」

「てめーだって、俺に当たってねえ!」

 ぐぐっと力を入れて、エンマは椿の攻撃を押し返した。そこに集中して、足元にわずかな隙が生まれ、椿はそれを見逃さず、すかさずエンマの足元をすくって転ばせた。

 うつ伏せに転んだエンマは、椿の上からの攻撃を、体を横に回転させて避けて、素早く立ち上がって体勢を立て直した。

「やるじゃないか。」

 感心したように椿は言ったが、相変わらずエンマを馬鹿にしたような表情だった。

「口ではそう言ってるがな、てめー内心焦ってんじゃねーか?前より俺が強くなってるってな。」

「ふん。」

 二人が戦っている間、蓮花と楓は朝餉にする山菜を摘んだり、木の実を採ったりしていた。

「エンマと椿が戦ってるね。」

 楓が伝視で二人を見て言った。

「ええ?こんな朝から…。きっと、エンマが戦えって言ったんでしょうけど。」

 呆れたように蓮花が言った。

「ほとんど互角だよ。あの椿を相手に、すごいじゃないか。エンマは、どんどん強くなっていくんだろうね。あたしには分かるよ。」

「…霊術もまだ使えないのに、先に霊力を出せるようになったり…。やっぱり、エンマは私たちとは違うのね。」

「それは、どういう意味?」

「だって、アヤメ様の血を継いでるのよ。私たちとは比べ物にならないくらいの霊力を秘めているのよ、エンマは…。」

 どこか遠くを見るような目で、蓮花が言った。

「ふふ。蓮花。エンマが特別に思えてきたんだね。でも、エンマはどこへも行かないさ。長老が何を言おうともね。エンマはこの里の仲間になったんだし、この里以外のどこへも行ったりしない。エンマだって望まないはずだよ。」

「楓も、長老様が言ってたことを聞いたの!?」

 びっくりしたように蓮花が言った。

「ああ。いずれエンマに根の国を治めさせるってことをね。」

「長老様ったら…。皆にそんなことを話してるんじゃないでしょうね。」

「こないだ、私の家に長老が来たときに、親と話してるのをちらっと聞いたのさ。でもあたしから言わせてもらえば、そんなのは長老の勝手な考えだと思うよ。それに、蓮花だって、そんな所に行きたくないだろう?いくらエンマと一緒でもさ。」

「あのね、楓。勘違いしないでほしいんだけど、私はそんな気ないから!」

 蓮花は、むきになって言った。

「そうか?あたしはてっきり、蓮花はエンマに気があるんだと思ってたよ。いつも一緒にいるしね。」

「やめてよ、もう。別に私は…。長老様に見守れって言われてるから、それで…。」

「ふふ。分かってるさ。蓮花は人のことを放っておけないってことをさ。」

 頬を赤らめている蓮花を見て、楓は微笑んだ。

 一方で、勝負のつかない戦いに、椿はだんだん苛立ってきていた。

 椿が一撃を叩き込んだと思えば、すぐさまエンマが反撃し、お互いに譲らなかった。

 戦いの最中、エンマに気付かれぬように、椿は霊術を使い始めていた。瞬足術を使うことで、攻撃をかわす速度、攻撃を当てる速度を高め、動きを俊敏にすることで、攻撃の威力も高めていた。

 しかしそれでも、エンマは食らいついてきた。椿が速度や威力を高めれば高めるほど、エンマの方もそれに追いついてくるようであった。それが、椿をますます苛立たせた。

「このおっ!!」

 椿は最早霊術を隠そうともせず、瞬足術で一気にエンマの方まで移動してきて、木刀を力一杯エンマに叩きつけた。

「汚ねえぞ!椿!霊術を使いやがって!」

 渾身の一撃を食らって、地面に叩きつけられたエンマは椿を睨み付けた。

「何も汚くないさ。別に霊術を使うなとは言わなかったろ。」

 精一杯の余裕を取り繕って、椿はエンマを見下すような笑みを浮かべてみせた。

「へっ、それなら…。」

 エンマは、木刀を持っている右手から霊力を放出し、木刀に纏わせた。

 そして、懐に飛び込んできた椿を迎撃した。エンマの重い一撃が椿の攻撃を受け止め、弾き返し、椿はよろけて倒れ込みそうになった。そこへ、エンマが強力な一発を椿の肩に叩き込んだ。

「ぐあっ!」

「どうだっ!勝ったぜ!」

 エンマは勝ち誇ったように叫んだ。

「…君の方が汚いじゃないか。霊剣は、人に向けるものじゃないよ。僕が使ったのは、瞬足術だけだ。この勝負は引き分けだね。」

「なにっ!」

「霊剣は、魔物を殺すためのものだ。その意味で、君の方が反則技だよ。…それにしても、確かに君は強くなったみたいだね。それだけは認めてやるよ。赤鬼君には変わりないけどね。」

「ちっ…。なんか納得いかねーな。てめーが先に霊術を使ったくせによ。」

 しかしそれでも、エンマはからっとした表情になって、右手を伸ばして、手にしている木刀を見つめた。

「霊力ってすげーな。力が何倍にもなった感じでさ。」

「赤鬼君。喜んでばかりはいられないよ。霊力はバランスが大事だからね。使いすぎると精神が壊れるよ。」

 椿が、エンマに攻撃を叩き込まれた肩を押さえながら言った。

「調子に乗って使いすぎれば、危険な力にもなり得るのさ。そのことは、肝に銘じておいた方がいいよ。特に、魔物の血の混じった君はね…。」

「分かってるさ。」

 エンマはそう言って、木刀を収めた。

「エンマが勝ったみたいだね。」

 二人が戻ってくるなり、楓が言った。

「違うよ。引き分けさ。こいつは、僕に霊剣を向けたからね。反則さ。」

「てめーだって、霊術を使ってきたくせに!」

 エンマは椿を睨んだが、椿はエンマに目もくれず、懐から豆を取り出して口に放り込んだ。

「はは、仲良くなってきたみたいだね。エンマ、椿はこんな奴だから、友達なんかいないのさ。でもエンマが来てから、椿は楽しそうだよ。」

「勝手なことを言わないでもらえるかな。楓。僕は友達なんていらないのさ。僕が欲しいのは、戦う相手と、からかいがいのある奴さ。」

「てめー。俺をからかって楽しんでるっつーのか。タチ悪りいな。」

「ふふん。」

 椿は鼻で笑って、豆を食べていた。

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