第4話 神様って一人じゃないから
マタイの福音書(2章19節から23節)では、ヨセフとマリアは、ヘロデ王が幼子を捜し出して、殺そうとしていると知って、イエスを連れてエジプトに逃げますが、ルカの福音書ではイエスはエルサレムにとどまっています。
つまり、マタイの福音書とルカの福音書には、それぞれ異なる視点や目的で、異なるイエスの幼少期が書かれているのですが、それは必ずしも矛盾するものではないと解釈されています。
マタイの福音書はユダヤ人の視点からイエスがメシヤであることを強調しており、ヘロデ王の迫害から逃れてエジプトに行ったことは、旧約聖書の預言の成就として記されています。
ルカの福音書は異邦人の視点からイエスが全人類の救い主であることを強調しており、ヘロデ王の迫害については触れられていません(注)。代わりに、イエスの誕生がエルサレムの神殿で祝福されたことや、12歳の時にエルサレムで律法の教師たちと議論したことが記されています。これらはイエスが神の子であることや、神の御心を知っていることを示しています。
マタイの福音書とルカの福音書の相違が、必ずしも矛盾することではないということは、神様は一人ではなく、其々の心の中にあり、一人一人を導いてくれるものであることを示唆するように思います。
(注)ヘロデ王の迫害は、新約聖書のマタイによる福音書にだけ記されているエピソードで、ヘロデ王がイエスの誕生を恐れてベツレヘムの2歳以下の男子を全て殺害させたというものです。この事件は、旧約聖書のエレミヤ書の預言の成就として描かれています。
しかし、この事件については、他の福音書や歴史家の記録には一切言及されていません。ヘロデ王の迫害は歴史的事実というよりは、マタイがイエスの生涯を旧約聖書の預言の実現として描こうとした創作的なエピソードであるという見方が有力です。
***
「手紙、なんて書いてたの?」
香澄に手紙を手渡す聡太。
「聡太先輩、大好きです。
あと10回くらいは言わせて下さい。
好きです。好きです。好きです。好きです。
好きです。好きです。好きです。
好きです。好きです。
好きです。
本当は、あと百万回くらい言いたいです。
でも、心の中だけにします。
ありがとうございます。」
「これだけ?名前も、好きになった理由も、どうして欲しいのかも、そういうのはなしですか」
「なしですね。でも、俺、前にも会ってる。多分、香澄ちゃん家で」
香澄の父は、えぼし教会の近くにあるイタリア料理店『イルマーレ』のオーナーシェフだ。海を見下ろす景色と、美味しい料理が評判で、週末は特に忙しい。聡太は、香澄の両親に頼まれて、週末のお昼、特に用事がない限り、そこでバイトしている。そのイルマーレで、聡太が手紙男子にあったのは5月も終わりの頃だった。
「聡太にしては、良く覚えてたね」
「お客様ですからね、当然ですよ」
「そうなんだ、でも一人でいたわけじゃないよね」
「確か、女の子と一緒だったかな、覚えてない」
「女の子は覚えてないんだ」
「当たり前でしょ。でも、二人とも、うちの後輩だと思う。俺のこと知ってるみたいだった」
「で、どうするの?」
「どうもしないでしょ」
***
次の日の昼休み。
『どうもしないわけないでしょ』
サッカー部の後輩に会いに来た振りをして、1年生の教室を1組から順番に確認する聡太。
あの子、結構、可愛いかったんだよな。こんな小さな島国、探せば見つかるに決まってる。
15分後
世界は未だまだ広いんだな、案外、見つからない。それに、香澄ちゃんがいないと、女子が話しかけてきて、面倒くさい。って言うか、俺が愛想良すぎるのか?どうせなら、男に話しかけられたいのに、どうしてこうなる?
30分後
「やっと、見つけた」
後ろから声を掛けられて、手紙男子が振り返ると、聡太が後ろの席に両手をついて立っている。視線が重なる二人。
『聡太先輩?何で?しかも、先輩、近すぎ』
「何で1年9組なの?」
「えっ?」
「タイムオーバーしてる。午後の授業に戻らないと不味いから、放課後、俺の教室に来て欲しい」
***
放課後、2年1組 。聡太の教室には、二人以外は誰もいない。しばらく、二人並んで3階の窓からグラウンドを眺めていたが、聡太から話しかける。
「何で、心の中だけにするの?」
「何でって、先輩に迷惑かけたくないから」
「別に迷惑じゃないけど」
「でも、僕、男だし、気持ち悪いですよね」
「全然、可愛いし、嬉しいよ」
「本当ですか?」
「本当。恋人にはなれないと思うけど」
「やっぱり、今、僕、振られてるんですね」
「ごめんね、可愛いけど、弟って感じ」
「ですよね。でも、嬉しい」
手紙男子の名前は
付き合って暫く経った6月の終わり頃、圭翔は彼女と江ノ島水族館でデートして、予約したお店にランチを食べに来た。その店は、彼女が行きたがっていたイタリア料理店で、聡太がバイトしているイルマーレだった。
「癒しの天使ラファエルが働いているんだって」
彼女から聞いていたので、圭翔もそこで聡太が働いていることは知っていた。だから、無意識のうちに用心していたはずだった。でも、駄目だった。
「後輩かな?二人とも可愛いね」
オーダーを伺う聡太が何気なく口にした言葉につられて、圭翔は無防備に、そこで微笑んでいた聡太と目を合わせてしまった。その瞬間から、聡太から目が離せなくなった。
「凄いショックでした。僕、気づいちゃったんです。やっぱり男の人が好きなんだって。ずっと先輩から目が離せなくて、彼女にバレたらどうしようって、料理の味なんて全く分からなかった」
時々、グラウンドから上がってくる声が、どこか懐かしく、静かな教室に響いている。サッカー部の練習を眺めながら、『拓海先輩、御免なさい。今日は会いに行けません』と思う聡太。
「結局、御免なさいって、デートも終わらないうちに彼女とはお別れしました。他に好きな人がいて、その人のこと諦めたかったから、良いよ、って返事したけど、やっぱり無理みたいって、、さすがに男の人が好きだなんて言えなかったので」
「言えないよね。でも、神様って一人じゃないから。圭翔は圭翔のままで良いと思うよ、好きな人に好きだって言った方が良い、きっと圭翔の神様が圭翔を導いてくれる」
はじめて会った日から、聡太は変わらない、と思う圭翔。何なんだろう、空のように優しくて、透き通る太陽のように眩しい、遠くにいるようで、側にいる、、不思議な人だと思う。
「僕、やっぱり先輩のこと大好きです。わざわざ、僕を探してくれて、ちゃんと返事もしてくれた。先輩を好きな気持ちは、僕の宝物です」
「何か大袈裟、でも、宝物は大事にして下さい」
「僕、絶対に、両思いになれる彼氏を見つけます。そしたら、1番最初に先輩に紹介します」
雲一つない空を眺めながら、彼氏を紹介?俺のこと勘違いしてるのかな?どうなっても知らないよ、と思う聡太。何か可笑しい、、それに、お腹も空いてる。そうか、お昼食べてなかったんだ、、
「そうだ、イルマーレで何かご馳走しようか?俺、カルボナーラだったら自信ある」
その聡太の言葉を掻き消すように、教室の後ろの扉が開いて、誰かが圭翔を呼んだ。
「圭翔」
「あれ、
扉の前で、五十嵐颯人が聡太を睨んだまま立っている。
「何してんの?こんなところで」と、聡太から視線を逸らして近づいて来た颯人が、圭翔の肩に腕をまわす。
『なんだ、彼氏、いるじゃん』、さっきからずっと感じてた誰かの視線、彼だったのか、と思う聡太。
「御免、やっぱり、カルボナーラは今度にしよう。俺、香澄ちゃんを御迎えに行かないと駄目だった」
***
教会の祭壇の十字架の前で手を結び、お祈りする聡太と香澄。
「好きな人に好きだって言った方が良いか」
「香澄ちゃんも、そう思うでしょ」
「自分はカムアウトしないのに、良く言うわ」
「本当だね、どうしてかな。可笑しいね」
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