第3話 僕を一人にしないで

 福音書ルカ1章27節から38節『受胎告知』


 御使(天使ガブリエル)がナザレの町にあるマリアの家を訪れ、マリアに神の恵みと受胎の奇跡を告げます。マリアは処女であり、戸惑いますが、天使の言葉を信じ、神の御心に従うことを表明します。


 28 御使がマリアのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。30 「恐れるな、マリアよ、あなたは神から恵をいただいているのです。31 見よ、あなたはみごもって男の子を産うむでしょう。その子をイエス(注)と名づけなさい」。

 34 そこでマリアは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」。

 35 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生まれ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう」。

 38 そこでマリアが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。


(注)イエスという名前は、ヘブライ語で「神は救う」という意味です。これは、イエスが神の救い主として人々の罪を赦し、神の国をもたらすことを予言しています。



 ***


 夕方、いつも通りに、聡太と香澄が祭壇の十字架に向かって、手を結びお祈りをしている。


「香澄ちゃんが、一人で幸せになりませんように」

「聡太、あんた、黙ってお祈りできないの?」

『できません』

『いつものことか』


 お互いにお互いを見ずに、十字架に向かってお祈りを続ける二人。


「神様、僕を一人にしないで下さい」

「大丈夫、神様は聡太を見捨てたりしない」

「僕は、神様より香澄ちゃんと一緒にいたい」

「、、、ちゃんと神様にお祈りした方が良いよ」

「、、、いいよ、香澄ちゃんが僕の神様だから」


 少し時間を巻き戻して、放課後の教室、香澄が突然現れた3組の磯田にコクられている。香澄は、聡太と違い成績優秀、凛として清楚で弓道着も良く似合う、それでいて誰とも付き合っていない。モテないわけがない。ただし、何故か香澄にまとわりついている聡太が厄介だ。


「磯田だったよな、香澄ちゃんは駄目だから」

「高梨には関係ないだろ」

「あるよ、香澄ちゃんがいないと俺が困る」


「御免なさい、そう言うことだから」と、香澄が磯田にお断りしようとすると、磯田が真顔で聞き返してきた。


「二人は付き合ってないんでしょ?」

「そんなのどうでも良いの。俺は香澄ちゃんと一緒にいたいの。それだけ」


 聡太の応えに、ため息をく香澄。


「だって、御免ね、聡太も一緒に引き取ってくれるなら、かな?」と、香澄。

「何それ?マジかよ」

「マジだよ、それが神様の御心だから」と、聡太。

「何それ?全然、分かんない」

「分かんなくて良いよ」


 そのあとは、聡太も香澄も、何事もなかったように部活をして、部活後に一緒に教会まで帰って来たところだ。


「さっきの良い考えだね。一緒に彼氏を探そうよ、俺を好きで、香澄ちゃんも好きになってくれる人」

「なんで香澄ちゃんもなの、聡太がオマケでしょ」


『駄目だ、香澄ちゃんは全然、分かっていない』


「香澄ちゃん、分かってる?男女の恋愛なんて人生の墓場だよ。だから、代わりに僕と僕の彼氏が、香澄ちゃんの面倒をみてあげようとしてるんだよ」

「それ意味が違うから。恋愛ではなく、結婚だし、結婚が人生の墓場というのは、本来は、清らかに一人の人と生涯、墓に入るまで深く愛しあいなさいという意味だから」

「そうなの?」

「少なくとも、言った本人(ボードレール)は、そういうつもりだった」


「そんな目で見ないで欲しい。『あんた、本当にクリスチャンなの?』って目してるけど、そんなの嘘だから」

「嘘って何よ?」

「香澄ちゃん、男と女はお互いを利用しあうだけで愛したりしないよ。ナポレオンは子供が欲しくて、41歳で22歳も年下の人と結婚したし、クレオパトラだって、エジプトのために31歳も年上のカエサルと結婚した。秀吉だって淀君とは30歳も離れてた。分かるよね、結婚なんて綺麗ごとじゃないんだ」

「あんた、良く調べたね」

「みんな香澄ちゃんのためだから」

「自分のためでしょ」

「そうかも知れないけど、黙って聞いて。権力者だけじゃないから。ピカソも自分の創作のために4回も結婚してる。2番目の奥さんは45歳年下、3番目の奥さんも40歳年下だった。ついでに、ソクラテス。哲学者なのに、52歳の時に15歳のクサンティッペと結婚したらしい。37歳年下の未成年とだよ、犯罪でしょ。お笑いさんだって笑えないから。チャップリンも54歳の時に18歳の少女と結婚してる。36歳差だよ、そんなの真っ当な愛じゃない。男女の間に愛なんてあるはずない」


『相変わらず説得力がない』と思う。聡太のように、男は男に恋するために生まれる、異性愛なんて不純だ、と信じるのは自由だが、マイノリティでしかない。

 取り敢えず、香澄は、今すぐに誰かと付き合う気はない。でも、いつか誰かを好きになったら、どうする?もしも聡太が同じ人を好きになってしまったら、、『きっと、面倒なことになる』と思う香澄。黙っている香澄に、聡太が微笑む。


「大丈夫だよ、子供が欲しいなら、神様に頼めばいい。きっと天使と聖霊を遣わせてくれるよ」


***


 そろそろ、お腹が空いたので、丘の上の教会から其々の家に戻ろうと、二人が教会の扉を開けると、夕陽の中から突然、一人の少年が現れて、聡太の顔も見ずに、慌てて、何かを聡太に手渡すと、そのまま二人に背を向けて、真っ直ぐに丘を駆け降りて行った。渡されたのは、白い紙のラブレターだった。

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