第5話 それで恋愛フラグは?


「うわ。これはすごい。すごい濃厚!」


「だ! また食ってる!」

「でもちょい甘すぎだね」

「それはリンゴジャムだから。甘いんです」

「甘くないのはないの?」

「それならこっちのキイチゴジャムなら程よく酸味があって……って、あ! あ! また開けた!」


 一度開封したジャム瓶はもう保存がきかないんだって。何度教えてもこれだ。


「次からは給料から引きますよ」

「え!」

「あ、こら、だから開けたの棚に戻すなってば!」


 え、恋愛フラグ? んん。そうね。いや、これだけは僕の予想通りにはいかなかったんだよ。


 おかしいな。フラグ感知には自信があったのに。



 あの後彼女は自ら「じゃあもう逃げるのやめるよ」と言い出し実家のお屋敷にひとりで乗り込んだ。そしてこのジャム屋で働くと明言してきたんだ。


 ──私は私を必要としてくれる場所で過ごします。私が居たいと思う場所で。


 以来彼女を連れ戻そうとする人は来ていない。


 それで前よりも更にのびのびと……


「だ! また開けた!」

「あ、開けてない開けてないっ! お花入りってどんな匂いなのかなって思っただけだよ」

「絶対開けてるだろ……」


 やりたい放題やられてしまっている。


 まあ、いいんだ。いいんだよ。

 恋愛だとかそういうのはさ、ジャムみたいに、ゆっくりじっくり作っていけば。


 ただ、弱火でとろとろやればいいってもんじゃないのがジャムの難しいところ。強火で一気に作り上げないと色や風味は悪くなる。だけど焦って強火が過ぎると、それはそれで焦げ付くんだよな。


 恋愛も、そうなのかな。


 ──ジャム作りてぇなぁよ、色恋と同じさな。アレンよ。


 昔、じーちゃんが赤い顔して言ってたっけ。当時は冷めた目で「はあ」と答えただけだったけど今はなんとなく……わかる気がする。


「なに難しい顔してるの?」

 暗いとお客さん寄り付かないよ。ぷぷぷ。



 はあ、まいったよ。あんたのせいだ、なんてとても言えない。



 じーちゃん。

 それにしてもあんたがのこしたジャム屋は、今、なんだかすげー楽しいよ。


 ま、がんばるから。空からか仏壇からか知らんけど、見ててよね。いつか、すんげー美味いジャムを作ってみせるから。


 それじゃ。



 (おしまい)



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恋するジャム屋と美女の秘め事 小桃 もこ @mococo19n

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