第41話 クエスト報告

 黒髪青年がシャルロッテを連れて仲間たちの下に戻る道中、


『野郎どもォ! 制圧完了だああああああああァァァァァ!』


 拡声器よろしく通信用の魔具マグからジャンヌの『勝利宣言』がアジトに響き渡る。


『ギルド職員が来るまで各自持ち場で待機だァ! 分かってるとは思うが宝物庫のブツには指一本触れんじゃないよ!』


 裏門に戻ると、エウレカたちはさらに数人ほどの盗賊の身柄を確保していた。さすがの手際である。

 ピンクゴールドの少女が真っ先に駆け寄ってきてくれる。


「ソウジン! 無事だったんだね!」

「お陰様で! 捕虜も救出できました」


「皆さん、シャルロッテと申します。ソウジンさんに助けて頂かなければ奴隷商館に売られてしまうところでした」


 背後のシャルロッテがうやうやしくお辞儀をする。


「お姉さん無事でよかったね! ソウジンは実際に奴隷商に売られちゃったから」

「お嬢、それは言わないで!」

「なるほど。この方がソウジンさんのご主人様なんですね」


 紫髪の女性が興味深そうに微笑む。

 なぜだろう。不倫相手が正妻と対面したらまさにこんな反応をしそうだと思ってしまった。不倫とかしたことないけど。


「実際に捕虜がおったんじゃな。賭けはソウジンの勝ちじゃのう」

「みんなの前で啖呵を切った甲斐があったにゃー」

「結果オーライってやつですけどね」

「ギルマスも褒めてくれるぞい」

「プークスクス! ドナの悔しがる顔が楽しみにゃー!」


「ちょっとモモさん! 怖いこと言わないでくれよ……俺、ただでさえあの女魔導士に目をつけられてんだからさ……」


「ドナは執念深い女にゃー! 覚悟しておくにゃー!」

「やめろー! 人を不安にさせるのやめろー!」


「うむ! ギルド職員が生け捕りにした盗賊連中やら! 宝物庫をあらために来るまで祝いの酒でも呑んで待つとするかのう!」


「ダメだよ! ダダンさん! さすがにお酒は街に帰ってからにして!」

「一杯だけじゃぞい?」

「ダメったらダメ。クエストはギルドに報告するまで終わらないよ」


 遠足は家に帰るまでである。


 ピンクゴールドの少女に諫められアフロドワーフが「……むう。しょうがないのう」と残念そうに酒のボトルをアイテム袋に仕舞う。


「にゃははは! ダダンもピンクちゃんには形無しにゃー」


 そんな朝焼けに照らされた仲間たちとの愉快なやり取りを、背後のシャルロッテは眩しそうに眺めていた。


          ◆◇◆◇◆


 現地でギルド職員たちに生け捕りした盗賊たちを引き渡し、入れ替わるように黒髪青年たちはアクエスの街に戻る。


 冒険者ギルドに顔を出してダークエルフの受付嬢に無事を報告して終了。

 全パーティーがそこで解散。


 報酬に関しては、ギルド職員たちが盗賊団の宝物庫を検分して、後日、クエスト貢献度に応じて適正に分配するらしい。


「お疲れにゃー」

「また【報酬分配会】でのう!」


 モモさんたちが特に疲れた様子もなくでギルドを去ってゆく。

 ダダンさんに至っては昼間からやってる飲み屋で一杯引っかけたから帰るそうだ。果たして一杯ですむだろうか。


「さすがB級ランク以上の冒険者は別格だな」


 多少の怪我人は出たものの冒険者は全員生還。エウレカチームは相手が下っ端だったということもあって無傷。


 一方で【紅蜘蛛団】はほぼ壊滅。数人ほど取り逃がしたようだが、幹部クラスは残らず始末。


「……え? マジっすか?」


 ちなみにソウジンが斬り捨てた盗賊たちの中に『副団長』が含まれていたらしい。


「ジャンヌたちには最初から期待してなかったけど、ソウジンくんだけは生け捕りにしてくれると信じてたのに……」


 ダークエルフの受付嬢にジト目を向けられ目を逸らすしかない青年である。


「もう! ジラルドが煽るからだわ……情報収集のためにも幹部を一人くらいは生け捕りにして欲しかったのに!」


 彼女の気苦労は計り知れない。


 すると、ピンクゴールドの少女が丸い頭をこてんと青年の肩口にぶつけてくる。

 何事かと思ったら、子供みたいに眠そうに目を擦っている。

 リーダーという大役をやり遂げてすっかり消耗してしまっている。

 

「お嬢、先に宿に戻っててください」

「んー、でもぉ……」

「俺は捕虜の件があるんでもう少し時間が掛かりそうなんです」

「……うん。ごめんね。先に帰るぅ」

 

 眠気の限界だったのだろう。

 少女は振り子のように頭をフラフラさせながら歩いている。

「ダメだこりゃ」

 見ていられない。

 結局、青年は足取りのおぼつかないご主人様を近くの宿屋まで送り届ける。


「ゆっくり休んでくださいお嬢」

 

 青年は急いでギルドに戻ると、

「ラヴィアン、ちょっと……」

 ダークエルフの受付嬢に捕虜のシャルロッテが『ヴァンパイアハーフ』だということを耳打ちする。

「了解、執務室に案内するわ」

 有能受付嬢はすぐさまギルマスに取りなしてくれる。

「シャル。俺について来てくれ」

 ギルドの二階に上がる青年たちに残ってたクエスト参加者たちの視線が刺さる。


「あれが捕虜か? いい女じゃねーか」

「確かにあれだけの美人なら高く売れそうだ」

「残念だな。俺が奴隷として買いたかったぜ」


 主に紫髪の彼女に向けられた視線だった。

 連中も彼女がヴァンパイアハーフだと知ったら腰を抜かすだろう。

 

「ほう! ヴァンパイアハーフかァ! 珍しいじゃねえーかァ!」


 強面のイケオジとの対面に紫髪の女性は怯えている。気持ちは痛いほど分かる。

 青年は初対面ではないが、気圧されている。


「すまねえがお嬢ちゃん! しばらくアンタの身柄はギルド預かりつーことで頼むわ! いろいろ盗賊団についても聞きてーからよォ!」


 シャルロッテは「よろしくお願いいたします」と素直に従う。この物分かりのいいお嬢さんが本来の彼女の姿なのかもしれない。


「ソウジンさん! 先ほどは失礼しました!」


 彼女が申し訳なさそうに紫の頭を下げてくる。


「久しぶりのしまったようで……アナタの都合もかえりみずに自分の欲望を一方的にぶつけてしまいました。お恥ずかしい限りです」


「いや、気にしないでくれ。あれは特殊な状況だったからさ。仕方ないよ」


 いわゆる『吊り橋効果』のような作用も働いていたに違いない。


(実際、俺も鉱山奴隷にされそうだったのを助けられたってこともあって、最初からお嬢に強い想い入れがあったしな……)


「ギルマスは見た目は怖いけど、悪い人じゃないから安心して」

 

 青年は去り際に紫髪の彼女にそう耳打ちする。


「あん? 聞こえてんぞォソウジーン!」


 ギルマスが睨んでいるのでとっと執務室を後にする。

「さーて、これですべて一件落着か。帰ってゆっくり眠ろう」

 青年は大あくびをしながら主人の待つ宿屋に向かう。


 この時の青年は知る由もない。

 まだまだもうひと波乱、ふた波乱、あることを――——。

 

 

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