第40話 予想外の捕虜

「ヴァンパイアハーフだって……?」


 眉間に警戒心をあらわにしながら青年は反芻はんすうする。


「はい。人間とヴァンパイアのハーフです。どうぞシャルとお呼びください」


 シャルロッテと名乗った浮遊する存在は空中ではスカートの裾をひょいっと摘まんでしとやかに微笑む。

 青年はさらに強くロングソードの柄を握り締める。あまりに不可解だ。


「なぜ! ヴァンパイアハーフの君が盗賊団の捕まっている?」

「なぜとは?」

「とぼけるな。君はどう見て強いだろ?」


 青年の本能が訴えかけてくるのだ。

 彼女が恐ろしく強い存在だと。


 ギルマスやジャンヌのような圧倒的な強者感はない。

 だが、眼前の彼女からはその内に膨大な魔力マナを秘めているのをひしひしと感じる。

 そんな彼女が盗賊団にやすやすと捕まるとは思えなかったのだ。


 瞬間だ――、青年は背後に殺気を感じて振り返る。

 見ると、盗賊が吹き矢を構えている。即座、腰を落とす。

 だが、青年がアビリティを発動させるよりも早く――、



【――――〈血の弾丸ブラッディバレッド〉――――】 



 彼女の指先から放たれた紅血こうけつの弾丸が盗賊の眉間を撃ち抜く。

 瞬く間の出来事。盗賊は吹き矢を構えたまま地面に崩れ落ちる。


「ワタシは血を操る魔法使い【紅血魔導士ブラッドメイジ】です。強いかどうかは分かりませんが、お役に立てるとは思います」


 空中の彼女がそう艶っぽく微笑む。

 青年の喉がゴクリと鳴る。ずいぶんと厄介な相手に気に入られたようだ。


「それよりもワタシの話を聞いてください!」


 彼女がふんすと鼻息荒く口を開く。


「こう見えてワタシは貞淑ていしゅくなヴァンパイアハーフなのです! 誰かれ構わず血を吸うような節操のない女ではないのです!」


「いや、知らんけど……」


「ですが、ヴァンパイアハーフはヴァンパイアと同様に定期的に人間の血を接種しないと本来の力が出せないのです……ここ数年間ほど血を断ち瘦せ細っていたワタシは抵抗虚しく盗賊団に捕まってしまいました」

   

 表情を見る限り嘘をついてるようには見えなかった。


「ヴァンパイアハーフは希少種なんです。多くは生まれて間もなくして死んでしまうから……」

「そうなのか……?」


「ヴァンパイアの持つ強大な力を、人間の肉体では抱えきれないのです。多くの者が正気を保てなくなり発狂して死に至ります」


 まるでボクシングのハードパンチャーが強すぎるパンチのせいで自らの拳を痛めてしまうみたいな皮肉な話だ。


「ですから、ヴァンパイアハーフは奴隷として非常に高値で取引されるそうで……お兄さんが助けてくださらなければ私は奴隷商に売られてしまうところでした」


 そこまで話を聞いて青年はようやくロングソードを握る手を緩める。あの頃の青年と似た境遇なのは間違いなさそうだ。

 ただまだ完全に警戒を緩めたわけではない。


「それより俺に眷属けんぞくになれとはどういうことだ?」


 さすがに眷属とは穏やかではないのだ。


「大変失礼いたしました!」


 彼女が放たれた矢のごとく急降下してくる。青年は咄嗟に身構える。

 ところが、彼女はそのまま降り立ち、青年の足元でうやうやしくひざまづく。

 紫髪の彼女は上目遣いの眼差しで神妙に告げる。


「母は死際にワタシの手を強く握りしめながら言いました。『血が美味しい男は死んでも手放すな』と――」


「……ん?」


「娘のワタシが言うのもなんですが、母は世界最強のでした」


「……え?」


「男女問わず寝床を共にした相手は千や二千では収まりません。そんな幾千万の人間の血を口にした母が心の底から言ったのです。ワタシの父親の血が『これまでの人生で一番美味しかった』と。『最期にもう一度、あの人の血を味わいたかった』と」


「……は?」


「その時のワタシには母の言葉の意味がまったく分かりませんでした。むしろふしだらな母のことを反面教師として嫌っているところさえありました。ワタシが人間の血を吸わなかったのも母のようになりたくなかったからです……」


 青年は思った。自分は今、一体、なにを聞かされているのだろうと。


「ですが! お兄さんの血を味わった瞬間! 母の言葉の意味をようやく理解しました! 確信しました! お兄さんが【運命の人マイディスティニー】です!」


 そう彼女は血色の瞳をキラキラと輝かせている。

 青年は無言でロングソードを鞘に納める。それから真顔で告げる。


「えー、おめでとう。君は自由だ。その羽があれば問題なく逃げられるだろう。それではお達者で!」


 逃げるように立ち去ろうとする青年の背中にヴァンパイアハーフが勢いよく抱きついてくる。


「ま、待ってください! ワタシの話をちゃんと聞いてました!?」

「聞いた聞いた! ちゃんと聞いた上で! 君は『ヤバい奴』だと俺の勘が警告してんだよ!」


「そう言わずにどうかご一考を! お兄さんにもメリットはあるんです! 眷属になればヴァンパイアハーフの一部の力を行使することが可能になるのです!」


「結構です! 間に合ってまーす!」

 ドアフォン越しに胡散臭い訪問販売を断る勢いである。


「空を飛べるんですよ!?」

「……え? マジで!?」


 それはちょっと楽しそうかもと思ってしまう。ダメだダメだ。青年は皮手袋をめくって【従属紋チェイン】を紫髪の彼女に示す。


「てか、そもそも、俺、すでに奴隷だし」

「それは困りました……二重契約はトラブルの元です」


 これで大人しく引き下がってくれればいいのだが。


「……あ! 良いことを思いつきました! それならワタシがお兄さんの眷属になればいいんです!」


「悪いけど、無理なものは無理だ」

 青年は食い下がる彼女に首を振る。

「お願いします! ようやく見つけた【運命の人マイディスティニー】なんです。これでさよならなんて絶対に嫌なんです!」


 必死に懇願してくる相手を無碍に扱うことが心苦しい。


(あー、この押しの弱さが俺が社畜だった最大の要因なのかもな……)


 できれば気づきたくなかったそんな事実に改めて気づかされる。


「とにかく! この話はここで終わりだ! 今はこの盗賊団のアジトから無事に脱出することが先決だ」

「……おっしゃる通りです。わがままを言ってすみませんでした」


「俺の一存で捕虜の処遇をどうこうできないんだ。俺は冒険者ギルドの共同クエストに参加している。当然、君のこともギルドに報告しなければいけない。この先どうするかはギルマスの判断を仰ぐ必要はあるだろう」


「分かりました。助けて頂いた身です。アナタに従います」


 そう言って彼女がこめかみと背中の羽を折りたたみ傘のようにシュルシュルと身体の中に納める。どうやら羽は自由に操れるらしい。


「俺は仲間たちのところに戻る。君もついて来てくれ」

「はい」

 

 彼女は素直に頷く。本来は物分かりのいい性格なのだろう。


「……どうすっかな。ヴァンパイアハーフってことは仲間には伏せておくか。説明がややこしすぎる。君もそのほうがいいだろ?」


 羽がなければ普通の人間と見た目は大差ない。先ほどまで肌にヒシヒシと感じていた魔力マナの波動も消え失せている。


「助かります……ヴァンパイアハーフは奇異なる目で見られる存在です。あまり公にはなりたくありません」


 気持ちは大いに理解できる。かく言う青年も『異世界転生者』というたいぶややこしい存在なのだ。

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