第38話 待機時間

 ブリーフィングが終了して、再び明かりが灯るのと同時だ。


「モモさん! ダダンさん! あたしのパーティーに入って!」


 意を決してエウレカが顔なじみに声をかける。


「その言葉を待ってたにゃ!」

「うむ。ワシとモモは最初からそのつもりじゃったぞい」


 金髪猫耳族とアフロドワーフの二人は快諾してくれる。ピンクゴールドの少女が「ありがとー」と満面の笑みを浮かべる。


「ラヴィアンに報告してくるねー!」


 エウレカ、ソウジン、モモ、ダダンの4人パーティーを組むことを少女は足取り軽やかに知らせに向かう。


「二人ともお嬢のことよろしくお願いします。ご覧の通り、俺、ちょっと単独行動しなきゃなんで」


「お嬢ちゃんのことはワシらに任せとけい!」

「ソウジンこそ一人で大丈夫なのにゃー?」

「まあ、だぶん……」

「たぶんって頼りないにゃー」

「相変わらずお主は自信があるのかないのかよう分からんヤツじゃのう」


「言い訳させてくださいよ。映像を見ると黒い防護テントの位置は後方経路から割と近いんです。高速移動系のアビもあるんで単独行動にも自信があるんすよ」


「ソウジンが盗賊団の三下どもに後れを取ることはないじゃろうな」

「けど、ギルマスに可能性の話をされちゃったんで……不測の事態が起きたら困るなって、ちょっと不安になってきたんです」

「あー、確かににゃー」


「もし本当に複数人の捕虜が捕まっていたらさすがに俺一人の手に余るって言うか……その時はモモさんに応援頼んでいいっすか?」


「しょうがないにゃぁー」

「さーせん」

「モモが一番機動力があるからのう。適任じゃな」

「ただいまー」


 二人と話してる間にエウレカが戻って来る。手には通信用の魔具マグを持っている。うずまき貝のような形状だ。


 どうやら他のパーティーも無事に参加者の振り分けが終わったようだ。

 それぞれアジトの映像を最終確認して、

「無事に帰ってくるのよ」

 ダークエルフの受付嬢に見送られながら転移魔方陣テレポーターで大草原に移動する。


 見渡す限り真っ暗闇の大草原にクエスト参加者たちが転送される。

 ここからしばらく南下すると、エビアン渓谷にたどり着くらしい。


 セドリック率いる工作部隊が一足先に出立しゅったつ。ジャンヌのパーティーを先頭に青年たち強襲組も目立たぬように徒歩で移動。

 濃紺の夜空に煌めく星々を頼りに真夜中の大草原を進んでゆく。


 クエスト前に余計な会敵かいてきを避けるために焚かれた『魔物除けのお香』が独特な匂い放ち鼻孔をくすぐる。魔物にとってはこの独特の香りが鼻がひん曲がるほどの悪臭らしい。


 真夜中に出発しているのは『夜明け』と共に襲撃するためだ。

 なぜなら、盗賊団にとってのゴールデンタイムは真夜中であり、明け方は仕事を終えて眠りつく時間だからだ。


 つまり、敵がもっとも油断しているタイミングで襲い掛かかろうというわけだ。


「ゾッとするね……」

 

 元社畜リーマンは身震いする。

 それは明日は休日だからと徹夜でゲームした翌朝に上司からの『今日、休出してくれん?』との電話で叩き起こされるレベルのエグさである。

 

「こちらエウレカチーム。指定ポイントに到着」

『しばらく待機だァ! 今のうちに休んどけ!』


 青年は谷底に目を凝らす。『認識阻害』の影響だろう。そこには茶褐色の大地がただただ広がっている。どう見ても集落が存在しているとは思えなかった。


 青年たちは岩陰で干し肉などの軽い食事を腹に入れてから【紅蜘蛛団】が得意とする毒攻撃の対策に各種ポーションを事前に飲んでおく。


「盗賊連中は刃物や矢じり、それに吹き矢なんかにも毒を仕込むからのう」

「毒系の罠や毒入りの煙玉なんかも使うにゃー」

「うむ。致死毒に痺れ毒、対策せんとかすり傷が致命傷になりかねん」


 経験豊富な猫耳とドワーフのコンビがアドバイスをくれる。

「……頑張らないと」

 少女が胸の前で漆黒の槍をぎゅっと握りしめ深呼吸を繰り返す。


(お嬢、リーダーという大役を任されてだいぶ気負ってるな……)


 金髪猫耳女性と目が合う。彼女が『任せろ』とウィンクする。


「ピンクちゃん! 温かいハーブティーを淹れたから飲むにゃー!」

「うむ。気持ちも落ち着くし、毒の耐性アップ効果もあって一石二鳥じゃぞい」


 少女の様子を察してベテランの二人が声を掛ける。


「うわー、美味しい! 心と身体に沁みるよー!」

「ソウジンも飲むにゃー!」

「あざーっす」


 黒髪青年はベテラン二人に『ありがとうございます』と口だけ動かして小さくお辞儀する。二人は小さく笑って応えてくれる。


「む! エウレカ! 新しい槍を買ったんじゃな!」

「うん! ダダンさんに紹介してもらった街の鍛冶屋で新調したんだ! ダダンさんの名前を出したらすごく親切にしてくれたよー」

「うむ。あの鍛冶師ドワーフはワシと同郷じゃからな」

「ソウジンとお揃いの黒鉄製にしたにゃー?」

「うん。ちょっと重めで値段も張ったけど、丈夫で切れ味があるから。しばらくこの槍を大事に使うんだ」

「んー? でも、以前の槍よりちょっと短くないかにゃー?」

「さすがモモさん! あたし『盾装備』を考えててさー、片手で取り回せる槍に慣れおこうって思って」

「にゃるほど、ピンクちゃんにはがいるからにゃー」

「誰が攻撃バカじゃい!」


「うん。そなの。超攻撃特化のソウジンがいるから聖姫士クルセイダーのあたしは防御寄りのほうがパーティーバランスが良いかなって思ってさ」


「うむ。悪くない判断じゃな」

「ブルーサラマンダーの時もピンクちゃんが盾役タンクしてくれて助かったにゃー」

「じゃのう。エウレカには盾役タンクの才能があるのやもしれん」

「ダダンさん、盾を買う時は相談に乗ってよー」

「うむ。いいじゃろう」

「なら盾を買うためにもがっぽり稼ぐにゃー」

「おー! がっぽり稼ごうー!」


 すっかり少女の肩の力は抜けている。ほっと一安心だ。

 自ら決断したこととは言え、一時的に主人であるエウレカの傍を離れることにソウジンは心苦しさや不安を抱えていた。

 しかし、この頼もしき二人が少女と一緒にいてくれるなら心置きなく自分の戦いに集中できそうだ。


 その時だ。通信用の魔具マグが小刻みに震える。


『――こちら工作部隊のセドリックだ。間もなく夜が明ける。朝陽が谷底を照らすのと同時に四か所に設置された認識阻害の魔具マグを射抜く。その後、幾つかのテントにも火矢を放っておく』


『了解だァ! セドリック! 魔具マグの破壊後は援護に回ってくれ!』

『いいだろう。適当に狩りを楽しむとするさ』

『ベロニカァ! アジトが視認可能になった後は! お前の出番だァ! 飛び起きた連中に冷や水を浴びせてやれェ!』

『ふふーん! アタイに任せな! 大暴れしてやんよー!』


『ベロニカ以外の強襲組は全力で経路を抑えろ! 見張りがいるならぶっ飛ばせ! 基本はその場に待機して迎撃! ネズミ一匹通すんじゃねーぞォ!』


「了解だよ! 全力で後方経路を死守するよ!」


『ねえベロニカ。ワタクシが待つ南の岩壁に派手に追い込みなさいよ。じっと待つだけってのは退屈なのよ』


『ソウジンッ! 捕虜は任せたからな! 親父殿にでかい口を叩いたんだ! ヘマすんじゃないよォ!』


「ういーっす。できれば捕虜が一人もいないことを願ってまーす」


『けッ! しまらねえー野郎だぜェ!』


 そうジャンヌが父親と同じように豪快に笑う。

 やがて大草原の稜線に陽が差し掛かる。

 間もなく壊滅作戦の開始である。

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