第37話 VSギルマス

 妖艶な女魔導士が殺気をみなぎらせ両手持ちのワンドをガンと床に叩きつける。


「だーかーら! 奴隷風情がワタクシに意見するんじゃないわよッ!!」


 金属を引っ搔いたような怒声が青年に突き刺さる。

 クエスト開始前に一戦始まりそうな不穏な空気だ。

 すかさず有能秘書が仲裁に入る。


「ギルマス! ご意見を!」


 この場における最高権力者であるギルマスに裁量さいりょうを促すことで冒険者を一瞬にして黙らせる。見事な機転である。

 巨漢のイケオジがゆっくりと前に出てくる。


「ソウジン……てめえ、吠えたからには自信があんだろうなァー?」

「うっす。俺、強いんで」


 黒髪青年は平然と答える。まさしく日和ってる場合ではないのだ。


「テキトーこいてんじゃねーぞおおおおおぉぉぉぉぉいッ!!!」


 ギルマスの怒号が鼓膜を殴打する。


「あん? 死にかけの捕虜だったらどーすんだァ? 捕虜が女子供だったらどーすんだァ? それが三人も四人もいたとして、てめえひとりで守り切れんのかァ!」


 即座、黒髪青年が吠える。


「くだらないこと聞かないでくださいよ! こちとら! それができねえんだったら端っから名乗り出てねーんすよ!」


 売り言葉に買い言葉。失礼は承知の上。

 ギルマスは正論を言ってる。それが分からな元社畜リーマンではない。しかし、ここは絶対に引き下がってはいけない場面なのだ。


「俺の言葉を信じられないなら、自分の手で確かめればいいじゃないっすか――」


 青年は剣呑に目を細め、腰を落とし、漆黒のロングソードの柄に手を添える。



「――――それが冒険者って生き物なんでしょ?」



 はったりではない。ギルマスとガチでやり合うつもりだ。ちなみに勝てる気はまったくしない。


 だが、一定時間、目に映る世界の動きをスローモーションにする〈先見之明せんけんのめい〉を発動させれば一撃くらいは躱せるはずだ。もっともその後はノープランだ。

 無謀な賭けと言えよう。しかし、これくらい大きなリスクを背負わなければ奴隷の自分が格上の冒険者たちを納得させることはできないと考えたのだ。


「ソウジンッ! てめえええええ! この俺様に喧嘩を売るたァ! いい度胸してんじゃねーかああああああああああああああああ!!!」


 まるで落雷だ。あまりの大音量に建物全体が揺れた気がするほどだ。

 ギルマスの殺気に当てられ冒険者たちが一斉に息を呑む。中にはガクガクと震えている者もいる。

 唯一、娘のジャンヌだけは「親父殿もまだまだ若いねえ」と嬉しそうだ。


「ギルマスとやり合う気かよ……いかれてんのかコイツ?」

「バカだ。ドラゴンとも互角に渡り合うギルマスに勝てるわけがない……」

「死んだね。あのガキ」

「いや、むしろバカは一回死んだ方がいいよ」


 青年は身動ぎすることなくギルマスと睨み合う。

 凄まじい殺気に呼吸が乱れる。眉間にショットガンの銃口を突きつけられているような緊迫感だ。

 額から嫌な汗がツーっと流れ目尻を伝う。だが、瞬きすら許されない。

 少しでも動けば、戦いの火ぶたが切って落とされるだろう。

 無言の圧力にやけに時間がゆっくりと感じる。


 永遠に続くかと思われた数秒――――。

 それを片手で握りつぶすみたいに強面のイケオジが「ガハハハハハハハハハ」と豪快に笑い飛ばす。


「良い面構えじゃねーか! お前の漢気トコギ! しかと受け取ったぞォ! いいだろう! 許可してやる! やってみろォ!」


 青年は海の底か浮上したかのように大きくを吐く。

 正直、生きた心地がしなかった。

 冒険者たちもあからさまに安堵している。

 ところが、気に入らないのは女魔導士だ。


「ギルマス! 奴隷の戯言を信じるんですか!」

「ドナァ! そういきり立つな! そもそもだ! 必ずしも捕虜がいるとは限らんだろうが?」

「それは……」


「だがなァ! もし捕虜がいたとして、それがだったらどうすんだァ? お前たちも知っての通り今回のクエストには連中も噛んでだぜ?」


 ギルマスの言葉に動揺が広がる。

 

「万が一、商人ギルドの関係者をにしたとなったら大事ですね」

 

 したたかなダークエルフが絶妙なタイミングで加勢する。実に抜け目がない。


「少なくとも、ソウジンを助けに向かわせりゃ、うっかり捕虜がおっちんだとしても『冒険者ギルドとしてはやれるだけのことやった』という体裁は保てる」


 正しく政治である。


(ってか、その口ぶりからして……最初から誰かを捕虜の救出に向かわせる気だったんじゃないかよ……まったく食えないオッサンだ)


「ま、大人事情ってやつよ? お前らガキじゃねーんだ、わかんだろ?」 


 組織の上の人間からそこまで言われてしまったら現場の人間は黙るしかない。それは前世でも異世界でも変わらぬ普遍的な真理である。


 もっとも、お陰様でドナたち反対派の敵視ヘイトを青年が一身に受けることになった。ちっとも嬉しくないのである。


「そういわけでソウジン。ひとつ頼むわ」

「謹んでお受けいたします」


 ピンクゴールドの少女が隣で「あー、ドキドキした! でも良かったねソウジン!」と嬉しそうに微笑んでくれる。実に報われるのだ。


「おう! てめえら! 最後に俺様からひとつ! 投降する意思があるなら生け捕れ! だが、あくまで俺様たちとやり合おうってんなら――」


 イケオジが不敵に微笑み、自らの掌に拳をドンッと打ち据える。



「――――容赦はいらねえ。やっちまえッ」


 

 途端、冒険者たちの双眸そうぼうが月夜の狼のごとくギラリと光る。舌なめずりの音が聞こえてきそうなほどに。


「俺様たちの縄張りで好き勝手やったことをあの世で後悔させてやれ!」



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」



 ギルド内に雄たけびがこだまする。完全に任侠の世界だ。

 最早、青年にはギルマスが組長に見えているし、その掛け声は『タマ取ってこいやあああああああああああああ』とかし聞こえなかった。


 ちなみに苦労が一瞬で水泡に帰した銀髪褐色の受付嬢が「もうヤダ……」と右手で顔を覆っていた。ご愁傷様である。 

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