第33話 紅蜘蛛団

「マジっすか……」


 ソウジンから驚きの声が漏れたのは言うまでもない。


「【紅蜘蛛団】という名前の通り親切な地元の人間の振りをして旅人に毒を盛るのが連中の手口なんだわ」

「そうなんだー!」


 ダークエルフのお姉さんがタブレット片手に身を乗り出してくる。


「ソウジンくん……それって〈スプライト大草原〉付近のなのね?」

「はい。村ってほどの規模じゃなかったかと」

「正確な場所は分かるかしら?」


「すみません、分かりません。俺、連中に毒を盛られて朦朧としてて……意識をはっきりと取り戻したのは奴隷商館の地下なんです……」


「困ったわね……〈スプライト大草原〉と一口に言ってもとても広いの。なにか心当りはないかしら?」

「何日も飯を食ってなくてフラフラだったんで記憶が曖昧で……」


 青年は必死に記憶を探る。だが、思い浮かぶのは断片的な光景だけである。

 

「あたし思い出したよ!」


 ピンクゴールドの少女が勢いよくソファーから立ち上がる。



「ソウジンなの! 『大草原の殺し屋プレーリー・アサシン』を討伐したのって!」



「おいおい! あれソウジンの仕業だったのかよ!」


 ギルマスたちが驚きの表情を浮かべる。


「ソウジンくんこれはすごく有用な情報よ! 『大草原の殺し屋プレーリー・アサシン』の遺骸いがいが発見されたポイントを中心に探索範囲を広げれば、アジトを発見できるかもしれないわ!」


 エウレカが頬を紅潮させ「ソウジン!」とバシバシと背中を叩いてくる。


「奪われたを取り戻せるかもよ!?」

「あ! そっすね!」

「刀? なんだそりゃ?」

「【剣豪ケンゴウ】の武器だよ。片刃の剣だっけ?」

「はい。身ぐるみはがされた時に盗賊団に武器を奪われたんです」


 ラヴィアンが申し訳なさそうに眉をさげる。


「二人とも悪いんだけど……盗賊団から接収したお宝はギルド預かりよ。そこからクエストに参加した冒険者に分配されるわ」


「そっか。それが共同クエストのルールだったよね……」


「ええ。他に刀を報酬として希望する者がいれば、ソウジンくんの元々の所有物だったとしても、クエスト達成の貢献度によって優先順位は変わってくる。それは覚悟しておいてね」


「でもでも! ラヴィアン! アジト発見に繋がるかもしれない有益な情報をソウジンは提供したわけじゃん! それってすごい貢献じゃない?」


 ピンクゴールドの少女が率先して交渉してくれる。


「本当にアジトが見つかればね」

「じゃあ、もし本当にアジトが見つかったらソウジンに刀を優先してくれる?」

「ギルマス? どうします?」


「いいだろう! 盗賊団の宝物庫にソウジンの武器があったらのなら働き次第では優先してやらんでもないぞ!」


「さすがギルマス! じゃあ受けるよ! クエスト!」


 ギルマスが立ち上がり拳を振り上げる。


「おっしゃァァァァァ! ラヴィアンッ! すぐに斥候部隊を編成して送り出せ! アジトの場所が判明次第クエスト開始だァ!」


 そこからはとんとん拍子だった。

 隠密系のアビリティを持つ冒険者で編成された偵察部隊が、数日ほどで盗賊団のアジトを割り出す。

 さらに数日ほどでソウジンたちにクエストの通達が届く。

 その夜。動きを気取けどられぬように深夜の冒険者ギルドにクエスト参加者たちが集められる――――。

 

          ◆◇◆◇◆


 クエスト参加者の数はざっと20名ほど。

 その面構えや佇まい、装備品のクオリティなどから集められた冒険者たちが精鋭揃いなのは一目瞭然だ。


「ピンクちゃん! 久しぶりにゃー!」

「わー! モモさんとダダンさんだ! 嬉しい!」


 参加者の中にはモモさんダダンさんの姿もあった。

 二人はもともとC級だったそうだが、ブルーサラマンダー討伐でB級にランクアップしたことで今回のクエストにお声がかかったらしい。

 二人の実力は折り紙付き。気心も知れている。実に頼もしい仲間である。


「ふふーん! エウレカ! ソウジン! アタイもいるぜ!」 


 さらに見覚えのある赤髪少女がドヤ顔で近づいてくる。


「ラッキーだな! アタイと同じクエストに参加できてさ! A級のアタイがいれば盗賊団なんてわけないぜ!」

 

 相変わらずの上から目線である。


「どうせエウレカたちは盗賊相手に戦うのは初めてなんだろ?」

「うん、初めて……」


 ピンクゴールドの少女が緊張の面持ちで応える。


「C級ランクに上がったからって調子にのんなよ! 盗賊どもは汚ねえ手を平気で使ってくるからな! 油断してると足元をすくわれるぜ!」


 口調こそ偉そうだが、アドバイスをしてくれてるらしい。

 赤髪少女が素直じゃないことラヴィアンから聞いたからだろう。


(ベロニカはなんだかんだお嬢のことが心配なんだろうな……)


 子犬同士のじゃれ合いを見ているような微笑ましい気分である。


「うん! ありがとベロニカ。気を付けるよ」

「お、おう……」


 予想外の反応だったらしい。素直にアドバイスを受け止めるピンクゴールドの少女に赤髪少女が戸惑っている。


(お嬢は少し変わったよな)


 社畜時代に『立場が人を作る』なんて言葉をよく耳にしたが、C級にランクアップしたことでエウレカは変わった。

 卑屈さや自信のなさが影を潜め、最近の態度はずいぶんと前向きだ。


「ベロニカ! アクエスの街の人たちのためにも頑張ろうね!」

「あ、うん……じゃなかった! エウレカに言われるまでもねーよ! アタイのような強い者が弱い者を守るのは当然さ!」


 エウレカの実力に疑いの余地はない。

 しかし、亡国のお姫様という特殊な事情や、生来の慎重さが邪魔をして積極的に振舞えていなかった。そのせいでベロニカに水をあけられてしまった。


(お嬢に必要だったのはちょっとした自信だったんだ。もしかしてギルマスはそのことに気づいてたのかもしれないな……)


 その時だった。

 巨大なビルのような長い影が青年たちの頭上をぬっと覆う。

 なにごとかと見上げると、逞しい背中に成人男性もかくやというサイズのバスターソードを背負った大柄な女性が立っていた。


 その圧倒的な存在感に青年は思わず息を呑む。


 二メートルを優に超える長身。分厚いプレートアーマーから溢れんばかりの鍛え抜かれたダイナマイトボディ。自信に満ち溢れた凛々しい面立ち。

 周囲の反応からしても彼女が只者ではなのは間違いなさそうだった。

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