第32話 壊滅作戦

 ギルマスのあまりのストロングスタイルにダークエルフの有能秘書が呆れている。


「表立ってはね。けど、出る杭は打たれるわジラルド。特に新参のソウジンくんがまた活きのいい冒険者に目を付けられるわよ? いいの?」


「え? 俺、嫌なんですけど?」


 黒髪青年が即答する。またベロニカのような血気盛んな冒険者に絡まれるのはごめんだ。シンプルに疲れるのだ。

 血気盛んな若者という存在は、人生に疲れ果てた元社畜リーマンには油ギトギトのロースカツくらい重いのである。


「構うもんかァ! なあ! ソウジン!」

「いや、構うんですけど?」


「軋轢なんぞ余裕で吹き飛ばすくらいの実力がソウジンにあると思うからこそ! 俺様はコイツを特別扱いしてんだよ!」


 対面のギルマスがローテーブル越しに青年の肩をグイと抱いてくる。

 試しに逃れようと抵抗してみる。瞬間接着剤でくっついているのだろうか。丸太ごとき腕はまるで剥がれない。


オトコなら俺様の気持ちが分かるよなソウジン?」

「いやいや、俺、嫌って言いましたよね?」

「わ、か、る、よなァ!」

 イケオジの野太い声に鼓膜が貫かれる。


「分かりますッ! 自分! 初めからそう思ってましたッ!」


 強面の権力者からの『はい』か『イエス』で答えろ的なプレッシャーに元社畜はあえなく屈する。強くなっても人間の本質とは簡単には変わらない。


(ってか……ギルマスはなんとしてでも俺たちをB級ランクにしたいらしいな)


「ソウジン! 負けちゃダメだよ!」

「ソウジンくん! 後悔するのはアナタよ?」

「そう言われてましても……」


 女性陣から一斉に責め立てられる。取引先と現場の板挟みになる営業時代の世知辛い気持ちを思い出してしまう。


 だが、なんと言われようともノーとは言えない。

 青年はギルマスの真の目的を知ってしまっているからだ。


(実はギルマスが本当に特別扱いしてんのはラヴィアンなんだよな)

 

 ダークエルフの彼女の実力を高く買っているからこそギルマスは急かしているのだ。一日でも早く彼女を冒険者に戻してやりたいと。

 それは娘を想う父親のような気持ちなのかもしれない。


(いや、ってか……なんでお嬢はラヴィアンの味方してんだよ! アンタはどう考えてもこっち側だろうが!)


 最強の冒険者を目指してるんじゃないのか。

 ラヴィアンの呪いを解いてあげたいんじゃないのか。

 ベロニカを見返してやりたいんじゃないのか。


(だったら前例がなかろうが、多少の軋轢に曝されようが、頂点目指して駆け上がるしかないでしょうが……)


 青年は『目的を思い出してください』とばかりに必死でアイコンタクトを送る。


「なに睨んでんの! あたしに文句あるの!?」

「……いいえ。ありません」


 しかし、どこまでも真っすぐなご主人様は奴隷の憂いに気づいてはくれない。

 この純粋さは少女の特筆すべき美徳だが、もう少しだけ空気を読んで欲しいと思う今日この頃である。


 すると、ギルマスがローテーブルを割れんばかりの勢いで叩く。


「そこでだ! 俺様にいいアイデアがあるんだがなァ!」


 途端、ダークエルフの彼女がため息をこぼす。


「最悪だわ。ギルマスがそういう子供みたいに目を輝かせる時って絶対に面倒なことになるんだもの」

「まあ聞け! ラヴィアン! 判断するのはそれからで遅くはあるまいよ?」

「ならば聞きましょう」



「エウレカたちを『盗賊団壊滅作戦』に参加させるぞォ!」



「『盗賊団壊滅作戦』……?」

 エウレカが眉をひそめる。


「おう! 近頃〈アクエス〉周辺で悪さをしてる【紅蜘蛛団べにぐもだん】って馬鹿どもがいてよォ! 商人ギルドの連中からも『キャラバンが襲われて商売にならねえからどうにかしてくれ』って催促されてんだよ」


「ここだけの話……近々ギルマス依頼の『特別クエスト』として『盗賊団殲滅作戦』を決行しようという計画があるのよ」


 すかさず褐色の有能秘書が補足する。


「この〈アクエス〉にをして許されるわけがねえよなァ?」

「うん! 許せないよ!」


「だからよ! 盗賊団を徹底的に叩きのめすためにB級以上の冒険者限定クエストにする予定だったんだが、俺様の権限でそこにエウレカたちをねじ込むッ!」


「え? B級以上? あたしたちが参加して大丈夫なの?」


「わからん!」

「わからんってダメじゃん!」


「しょーがねえだろうが。【紅蜘蛛団べにぐもだん】がどれくらいの数なのか実力なのかも未知数なんだからよ。アジトの場所も判明してねえしな」


「え? それって大丈夫なのー?」

「大丈夫じゃねーよ。だが、手をこまねいていたって仕方がねえだろ? とにかく動き出さなきゃ始まらねえからな」

「不確定要素が多いのは事実ね。だからこそギルドとしても実力者に声をかけているのよエウレカ」

「そうなんだ。ちょっと不安だな……」


「リスクはある! だが、厄介者の盗賊団を壊滅させりゃ間違いなく箔が付く! エウレカたちに文句を言う奴らはいなくなるはずだ!」


「そうね。盗賊団を壊滅に追い込めば街の人たちも喜んでくれるわ。商人ギルド協賛のクエストだから報酬も期待できる。ジラルドにしては悪くない提案だわ」

「だろォ?」


「うーん……悪者は許せないし〈アクエス〉の街の人たちにはお世話になってるから恩返しはしたいけど……」


 ピンクゴールドの少女が逡巡する。


「エウレカ! この作戦を成功させたらBランクに昇格させえてやるぜえ?」

「ほんとー! じゃあそのクエスト受けようかなぁ……」


 ギルマスのダメ押しに少女が目を輝かせる。

 同時、少女の視線がダークエルフの動かない左腕に向けらる。

 エウレカは心から彼女を救いたいと願っているのだ。

 ところが、ハッとした表情を浮かべて少女が青年に謝ってくる。


「ごめんね。ソウジンの気持ち考えてなかった……嫌だよね?」

「へ? なんの話ですか……?」


 心当たりがなくて黒髪青年は眉をひそめてしまう。


「だって……ソウジン。盗賊のせいでしちゃったわけじゃん? だから盗賊団なんかに関わるのは嫌かなって……違った?」

「ああ! そういうことですか!」


 心優しき少女は青年が手ひどい目にあった『盗賊という存在』にトラウマを抱えているのではないかと気遣ってくれたわけだ。


「おいおい? お前たちなんの話をしてんだァ?」


 ギルマスとダークエルフが怪訝そうにしている。


「いや、実はですね――――」


 黒髪青年は『異世界転生者』ということは伏せつつ『盗賊に毒を盛られて身ぐるみはがされ気づいたら奴隷商に売られていた件について』をギルマスたちにする。


「いやー、ついでに記憶も失くすし、踏んだり蹴ったりですよ。ま、でもそのお陰でお嬢のような可愛いご主人様と出会えたんで結果オーライってことで!」


 深刻な雰囲気にしたくなくて青年で努めて面白おかしく語る。

 しかし、ギルマスとダークエルフの顔に笑みはない。

 むしろ、説明が進むにつれ表情は徐々に険しくなっていった。


 なにやらギルマスとダークエルフの二人は真剣な面持ちで耳打ちし合っている。


(あれ? 恥ずかしッ……俺、めっちゃくちゃ滑ってない……?)


 羞恥に青年の顔が引きつる。

 ところがだ。

 二人の反応は青年が想像しているものとは別物だった。

 ラヴィアンがおもむろに口を開く。

 

「ソウジンくん……その盗賊っておそらくだけど【紅蜘蛛団】よ」

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