第31話 ギルマスのお気に入り

 賑やかな冒険者ギルドに驚きの声が響く。


「え? 嘘? ソウジンくんブルーサラマンダーを討伐したの!?」


 ダークエルフの彼女が切れ長の目を大きく見開く。彼女の声に弾かれ周囲の冒険者も「マジかよ……」とざわついている。


「いや、俺が一人で倒したわけじゃありません。パーティーみんなのお陰です」

「それでもすごいわ。ブルーサラマンダーはB級ランクの冒険者パーティーの討伐対象よ。F級やD級ランクのパーティーじゃ絶対に勝てないわ」


 ピンクゴールドの少女が唇を尖らせ受付カウンターを叩く。


「ラヴィアン聞いてよ! ソウジンってば! ブルーサラマンダーに食べられちゃったんだよ!」


「あら、よく無事だったわね」

「しかもだよ? わざと! 信じられる?」

「わざと? なぜ?」


「だってブルーサラマンダーって『ヌメヌメした表皮』が邪魔して物理攻撃も魔法攻撃も通り辛いじゃないですか?」

「ええ。武器やアビリティを吟味しないとまともに戦えないわ。しっかりと事前準備をして挑む魔物よ」


「でも、むき出しの腹の中なら『イケるんじゃね?』って思って」


 平然と応える黒髪青年にダークエルフがやれやれと長い首をすくめる。


「信じられない……ソウジンくんそれでわざと食べられたの? 普通、思いついても実際に試さないでしょ?」

「でしょ! 信じられないっしょ! 一歩間違えてたらどうなってたことか!」


 エウレカがソウジンの横顔を睨みつけてくる。洞窟に響き渡るほどわんわん泣いたせいで少女の目元は未だに赤い。


「いや、でも実際に俺の作戦で倒せたじゃないっすか?」

「そ、そうだけどぉ……でも! でも! 海の奥深くに引きずり込まれてたじゃん! 倒せなかったらそのまま終わってたかもじゃん!」

「いや、でも――」

「でもじゃない! ソウジンはちゃんと反省して!」


 17歳の少女からガン詰めされ27歳独身奴隷は身体を小さくする。


 青年には勝算があったのだ。

 転生者特典としてあらゆる耐性に優れる自分ならば食べられても簡単には消化されないだろうと踏んでいた。【剣豪ケンゴウ】の身体能力なら海中で溺れることもないと確信していた。

 青年にとっては決して無謀なチャレンジではなかった。


 だが、主人が心から心配して怒ってるのは理解できる。

 こんな自分のために本気で涙を流してくれたことにも感謝しかない。


「お嬢、すみません……今度からはこういう無茶はしません」


 だから心から謝罪する。関わる人間すべてに『彼女を悲しませたくない』と思わせる魅力がールピンクゴドのお姫様にはあるのだ。


「うん。分かればよろしい。今度からは無茶なことをするなら、せめて事前にあたしにだけは相談して」

「うっす」

「はい。無事に仲直りね」

 ラヴィアンが生徒を見守る教師のような優しい眼差しを浮かべている。

 直後だ。

 平穏な空気をぶち壊す雷鳴らいめいのような叫び声が頭上から降って来る。



「エウレカァ! ソウジンッ! ちーとばかし面貸せやァ!」


 

 強面のイケオジがギルドの二階で仁王立ちしている。ギルマスの登場にギルド内の空気が一瞬にして張り詰める。


「ギルマス顔こっわ、なに……お叱り……?」


 蛇に睨まれた蛙のようにピンクゴールドの少女が縮こまる。


「ラヴィアンッ! ついでにお前も来い! 諸々の手続きがあるからよォ!」

「はいはい。そんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ」


 一方、ダークエルフの彼女は慣れたものである。

 ソウジンたちは力なく顔を見合わせギルドの二階に向かう。


 執務室に入り、中央のソファーの腰掛けると、対面のギルマスが言い放つ。


「でかしたぞォ! エウレカァ! ソウジンッ!」


 開口一番、ブルーサラマンダーの討伐を褒めてくれた。


「ギルマスとして正式に礼を言う! お前たちがあのデカブツを抑えなけりゃ、どれくらいの被害が出たか分かったもんじゃねえからよ」


 ギルマスが言うには以前にも逃げる冒険者を追いかけてブルーサラマンダーが洞窟の入り口付近にまで上って来たことがあるそうだ。


「ラヴィアン! その時は百人以上の冒険者が犠牲になったよな?」

「ええ。しかも無事に蘇生できたのはその半分でしたね」

「うっわ……止められて良かったよ……」


 青年は地獄絵図を想像して身震いする。


「だからよォ! あの場で時間稼ぎをしたエウレカたち『三組のパーティー』にはギルドから特別報酬を出す!!」


「分かりました。ギルマスからの『特別クエスト』として処理します」

「おう! ラヴィアン! 冒険者ポイントもタンマリくれてやれ!」

「ほんとー! やったー!」


 有能美人秘書ラヴィアンはギルマスの隣でタブレットを片手で器用に操作する。

 慣れか努力か、いや、その両方だろう。左腕が不自由なのを感じさせない仕事ぶりである。


 だからこそ『彼女が左腕がもし自由だったら……』と考えずにはいられない。


 ピンクゴールドの少女も同じ気持ちなのだろう。切なげな視線を彼女の左腕に向けてしまっている。


「ギルマス。ご確認を」

「おう!」


 ギルマスはタブレットの画面を睨みつけるようにガン見する。身体のデカさもあっていちいち威圧感が半端ない。


「少ねえなラヴィアン! 今回の貢献ポイントは過去の事例を参考に『百人の冒険者の命を救った』という想定で計算しろ!」


「よろしいんですか? その大量の貢献ポイントを加算すると……エウレカたちがF級から一気にC級にランクアップしてしまうんですが?」


「うむ! 構わん!」

「いや、構うでしょ? 前例がないわジラルド」

 

 即答するギルマスにダークエルフの有能秘書が呆れている。


(いや、てか。ギルマスってジラルドって名前なのかよ……)

 

 青年はそのことに驚いている。

 

「問題あるか? ブルーサラマンダーを討伐したんだろ? 実力的にはすでにB級クラスと言っても過言じゃねえだろ?」

「実力的にはね。でも他の冒険者が納得しないわ」


 ギルマスのプレッシャーにもラヴィアンはいささかも怯まない。


「大体、ジルラド。強い冒険者が好きだからと言っても、ソウジンくんのこと特別扱いしすぎよ。ギルマスが特定の個人を贔屓するといらぬ軋轢が生まれるわ」


「そうそう! 俺様がソウジンを贔屓したせいでベロニカに目をつけられたらしいな! 災難だったなソウジン! フハハハハハ!」


「笑いごとじゃないないよ! ギルマス! 危うくソウジンの首がはねられるところだったんだよ!」


 ピンクゴールドの少女もラヴィアン側につく。

「政治すりゃいいだろうが! 政治をよォ!

 女性陣二人から睨まれてもギルマスはお構いなしである。


「ギルド掲示板に『ギルマスが今回のエウレカたちの活躍を大絶賛してる』って記事を載せりゃいいだろうが! 俺様のお墨付きがありゃ誰も文句は言えねえだろ?」


 そんなギルマスにあるまじきセリフを豪快に吠えるのだ。

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