第30話 かけがえのない存在
「みんなァ! 今がチャンスだよ――—ッ!」
エウレカの号令に弾かれて全員がありったけの魔法やアビリティを、大地で苦悶するブルーサラマンダーに叩き込む。
悲鳴のような咆哮が響く。確実にダメージを与えている。現に見る間にブルーサラマンダーの動きが鈍くなってゆく。
「効いてるにゃ! このまま押し切るにゃ!」
――だが、ロウソクの炎が消える直前に激しく燃え上がるがとく。
怒り狂ったブルーサラマンダーが怒号のような咆哮を放つ。
途端、闇雲に青い舌を振り回し始める。
天井に地面にと縦横無尽に青い舌が暴れまわる。
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁァァァァァ」
直後だ。ピンクゴールドの少女がその無軌道な攻撃をまともに食らう。
少女が洞窟の天井に背中から叩きつけられドスンと地面に落下する。
「お嬢ッ!」
ブルーサラマンダーが少女に血走った目を光らせる。
前足を一本失ってはいるが、蛇のような長い胴体と尻尾をくねらせながらグングンとエウレカとの距離を詰める。いや、むしろ四足の時より速いまである。
「ピンクちゃん逃げるにゃァァァァァァァァァァ!」
少女が逃げようと足掻くが、苦しそうに咳き込んで動けない。
【――—〈
黒髪青年は脇目も振らずに少女に向けて疾走。
青年は突進するブルーサラマンダーとの間に割り込み地面の少女を抱き起す。
「お嬢をお願いしまああああああああぁぁぁぁぁぁすッ!!」
ありったけの力で少女を皆に向かって放り投げる。
モモさんとお坊ちゃんが身体を投げ出して少女を抱きとめてくれる。
安堵する青年。同時、頭上から迫りくる巨大な影。
大きな口が青年をガバッと覆いつくす。
それは一瞬の出来事――――――。
「え? 嘘……そ……ソウ、ジン……?」
ピンクゴールドの少女が愕然と声を絞り出す。
黒髪青年がなすすべもなく巨大な魔物に丸呑みにされてしまった。
青年を飲み込んだブルーサラマンダーはズルズルと洞窟の奥へと後退してゆく。
「ちょ、ちょっとッ! 待ちなさいッ!」
エウレカは痛む身体を奮い立たせてブルーサラマンダーを猛追する。
ブルーサラマンダーは水場まで後退する。そのままラピスラズリのような深い色をした海中に尻尾からズズズと巨躯を沈めてゆく。
「待って! ダメ! お願いッ! ソウジンを! あたしのソウジンを連れてかないでぇぇぇぇぇ――――ッ!」
ブクブクと泡立つ海面にエウレカは形振りかまわず光槍を連続で撃ちこむ。
しかし、分厚い海面の壁に阻まれてブルーサラマンダーに届かない。
ならばと少女が海中に飛び込もうとしたその時だ。
背後から何者かに
「ピンクちゃんッ! バカな真似は止めるにゃッ!」
「離してッ! モモさん! このままじゃソウジンが死んじゃう!」
「ダメにゃ! 海中に飛び込んだらピンクちゃんが死ぬにゃ!」
「あたしにソウジンを見捨てろって言うの!?」
「そっくりそのまま返すにゃ! ウチにピンクちゃんを見捨てろって言うにゃ!?」
モモさんから完璧な切り返しをされて心優しき少女は言葉に詰まる。
海面の泡が完全に消え失せるのを目にして少女は地面に項垂れる。
人は心から絶望した時、呆然とすることしか出来ないらしい。
それはきっと一度の大量の感情が湧き上がるからだろう。
エウレカの心に悲しみ、後悔、失望、さまざまな感情が洪水のように押し寄せてきて収集がつかない。
脳みそに棒を突っ込まれてかき回されたみたいに頭の中がぐちゃぐちゃだ。
それでも、エウレカの中でひとつだけはっきりとしていることがある。
気づけばエウレカにとって黒髪青年が『かけがえのない存在』になっているということ。もう彼のなしの生活など考えられない。
「ま……待ってよ……ソウジン……こんなのってないよぉ…………明日からあたしは……ど……どうやって生きてけばいいの…………」
愕然とする少女を見かねて皆が気遣う。
「エウレカ! 一旦、外に出るぞい! 外の空気を吸うんじゃ!」
「そうにゃ! 少し冷静になるにゃ! ソウジンのことはそれからにゃ!」
「ピンクの娘よ。ここで手をこまねいてしても仕方あるまい。ギルドの職員と相談して速やかに対策を講じるべきだ」
だが、少女は一向に動こうとしない。いや、動けないでいた。あまりの絶望に身体に力が入らなかったのだ。
その時だ――――。
【――—秘剣〈
刹那、海面から昇り龍のごとき巨大な水柱がズドンッと天井付近にまでそそり立つ。同時、水柱の中から――――黒髪青年が飛び出してくる。
地面に這いつくばる少女の眼前に、ずぶ濡れの青年が着地する。
「うっえー、気持ちわりぃ……」
黒髪青年の全身は青い体液でベタベタだ。青年は「にがッ!」と口の中に入った青い液体をペッペと地面に吐き出す。
「そ、ソウジンッ!?」
ピンクゴールドの少女が青年の濡れた身体に飛びついてくる。少女は二度と離さないとばかりに強く強く青年を抱きしめる。
「ちょっと、お嬢、離れてください」
「……え?」
まさかの拒絶に少女は言葉を失う。
「ど、どうして……?」
「いや、だってお嬢までベタベタになっちゃうじゃないっすか」
青年にまったく悪気はなかった。
少女は細い両肩をわなわなと震わせる。
「もう! ソウジンのバカ! そんなの今はどうでもいいじゃん!」
「いやいや、でも
「お金じゃないよ! 今はソウジンが生きてたことが大事なんだよ!」
「ってか? お嬢、なんで泣いてんすか……?」
なんだったら青年は少し引いている。
「もう! やだー! うちの奴隷が底なしのバカなんだけどぉー!」
少女は唇を尖らせてポカポカと青年の胸を殴ってから「ひんっひっくひっ」そのまま青年の胸に顔を埋めて嗚咽しはじめる。
黒髪青年は困惑しながら「えーっと、よしよし?」とピンクの髪をおそるおそる撫でる。
二人の様子を見守っていた四人が盛大なため息を零す。
「ちょ! なんすか? なんでみんな呆れてるんですか?」
「ソウジンはなんというか……デリカシーがないにゃ」
アフロドワーフもぽっちゃりお坊ちゃんも青髪奴隷少女も揃って「うんうん」と頷いていた。
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