第28話 緊急事態
「ん? なんだか奥が騒がしいにゃ……」
最初に異変に気付いたのは金髪猫耳のモモさんだ。
モモさんが狩りの手を止め猫耳をぴょこぴょこと反応させる。
直後だ。先ほど横切って行った若い冒険者の一人が洞窟の奥から
その若い冒険者が悲痛な形相で叫ぶ。
「アンタらッ! 今すぐ地上に逃げろおおおおぉぉぉぉォォォォ――ッ!!」
それが彼の最期の言葉だった――――通路の奥から鞭のように伸びてきた青いそれにシュルリと巻き取られ若い冒険者が一瞬にして消え失せたのだ。
「わああああああああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ――――――」
断末魔は途中でプツリと途切れる。
ソウジンはすぐさま皆の顔を見回す。陽気なモモさんの険しい表情が事態の深刻さを物語っている。
「モモ。こりゃちと不味いのう……若造どもがやらかしよったぞい……」
「最悪にゃあ! 【ブルーサラマンダー】に手を出すなんてどアホにゃ!」
聞き覚えのある魔物だ。
『エウレカ良いわね? 【ブルーサラマンダー】と【クラーケン】にだけは手を出してはダメよ。命がいくつあっても足りないわ』
出発直前にダークエルフの受付嬢から念を押されたのを青年は思い出す。
ドスン。ドスン。ドスン――—――—。
重低音の地響きが徐々にこちらに近づいてくる。
ブルーシザーズの群れが蜘蛛の子散らすように慌てて海中に逃げてゆく。
モモさんが通路の奥を見据えたまま鋭く言い放つ。
「ピンクちゃんたち! 今すぐ地上に避難するにゃ!」
「おう! 戻る途中で他の冒険者どもにも避難するように伝えるんじゃ!」
鼻息荒くダダンさんが巨大なハンマーをグローブのような大きな手に構える。
「ま……待ってよ! 二人はどうするの!?」
「ちいとばかし時間稼ぎでもしてやるわい!」
ピンクゴールドの少女が「ソウジン!」と丸い瞳で訴えかけてくる。
エリート奴隷たる青年は主人の気持ちを瞬時に汲み取って抜刀の構えを取る。
心優しき少女がモモさんたちを置いて逃げるはずはないのだ。
「お嬢。やれるだけやってみましょう」
「ソウジンありがと!」
「ただし! いざとなったら俺はお嬢の命を優先します。そこんところよろしく」
なにを犠牲にしても主人を守り抜く。それが奴隷の本分である。
「モモさん! あたしたちも残るよ!」
「悪いことは言わないにゃ! 死にたくないなら今すぐ去るにゃ!」
「モモさんたちがあたしたちを気遣ってくれてるのは分かるけど、足止めなら人数が多いほうがいいじゃん!」
ピンクゴールドの少女の無垢な瞳で真っ直ぐ見据えられたら誰も敵わない。金髪猫耳の彼女は白旗を振るみたいに首をすくめる。
「ハァ……しょうがないにゃあ」
「あたしたち足手まといにはならないよ!」
「おう! ソウジン! ワシらに付き合え!」
「了解です!」
モモさんはぽっちゃり貴族のお坊ちゃんたちにも声をかける。
「
「おう! ついでに地上に戻ってギルドの連中に報告してくれい!」
直後、ぽっちゃりお坊ちゃんが哄笑を響かせる。
「
ゲルトはそう魔導士のマントを颯爽とひるがえす。
失礼ながら、お坊ちゃんは見た目に反して中身はイケメンだった。
「おっけー! 六人パーティーだね! じゃあみんなあたしの近くに集合して! 強化魔法を発動するよ!」
【————〈ダイヤモンドプロテクション〉————】
透明な防壁が六人を覆う。瞬間だ。
「おう! お前たち! 来るぞいッ!」
重低音の咆哮に洞窟内が振動して小石が天井からパラパラと降ってくる。
『ブオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――ンンンンッ!!』
同時だ――通路の奥からヌメヌメとした青白い
「で……でけえ……」
青年は思わずごくりと喉を鳴らす。
エウレカから事前に聞いていた通り見た目は確かにオオサンショウウオだ。だが、サイズはまるで浜辺に打ち上げられらクジラだ。
大草原で戦ったワイバーンをも
「アイツは動き自体は
モモさんの言葉に全員がしっかりと頷く。
「全員、出し惜しみなしにゃ! 最初っから全力全開にゃ!」
「クロエ! デコイだ!」
「かしこまりました。ゲルト様」
ぽっちゃりお坊ちゃんことゲルト・マイヤーに指示され奴隷少女が腰のアイテムボックスから複数の
奴隷少女は
【————〈
同時、イヌ科の動物を連想させる数十体の四つ足スケルトンが召喚される。
続けてモモさんがアビリティを発動。
【————〈
おそらく移動強化だ。全身が風のようなエフェクトに包まれるのと同時にただでさえ素早いモモさんの動きがさらに加速する。
重力など無視だ。青い壁を駆け上がり青い天井を疾走しながらブルーサラマンダーに肉薄してゆく。
【————〈
さらにドワーフのダダンさんだ。
こちらは肉体強化系。アビリティが発動した途端にドワーフの筋肉質な肉体がムクムクと数倍のサイズに膨れ上がる。
「ウオオオオオオオオォォォォォォォォ――――ッ!!」
巨大化したダダンさんは野獣のような雄叫びを上げながら、両手持ちの巨大なハンマーを片手で握りブルーサラマンダーに猛進してゆく。
そう、モモさんが言う『出し惜しみしない』とは短期決戦を意味していた。
【————〈忠実なる騎士の
ピンクゴールドの少女も戦闘態勢に移行する。
「お嬢! 俺も最初から全力で行きます!」
【————〈
途端、ソウジンの目が赤く輝き、全身が禍々しい黒いオーラに包まれる。
これは防御大幅ダウンの攻撃大幅アップの強化アビリティ。まさに諸刃の剣。だが、リスクは承知の上だ。
「当たらなければどうということはないッ!」
そう人生で一度は言ってみたいランキング上位のセリフを叫びながらソウジンは走り出す。
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