第27話 ステップバイステップ

 青年と少女は再び紺碧の楽園を訪れる。

 ベロニカとひと悶着あったせいで昼過ぎになってしまった。

 ちなみに少女の表情は未だに優れない。


 エウレカになにか言葉をかけようかとも思ったが、悩んだ挙句、ソウジンは静観を決め込んでいる。

 昨日今日出会った自分が軽々しく口を差しはさむことがはばられたのだ。


 洞窟に向かう道すがら。

 繊細な少女はそんな微妙な空気を察する。


「ごめんソウジン……気を遣わせちゃってるよね」


 少女は眉をへの字にして小さく肩をすくめる。


「ベロニカの言葉が思いのほかグサリと刺さっちゃってさ……」

「もしかして俺に関することですか?」

「うん。ベロニカならソウジンの実力をもっと発揮させてあげられるかも……ってのは素直にショックだよね」

「なるほど」

「でも、それ以上に自分のことが情けなくなっちゃってさ」

「なにが情けないんですか?」


 触れないと決めていたが、少女から口火を切ったのなら話は別である。青年は積極的に聞き手に回る。


「あたしはずっと自分に言い訳ばかりしてたんよ。ベロニカとは性格が違うから仕方がないって、あたしには『特別な秘密』があるから他人と深く関わっちゃいけないって……そうやって人間関係の煩わしさから逃げてたんだよね」


 ピンクゴールドの少女が長いまつ毛を伏せる。


「でも最強の冒険者を目指すんなら誰とも関わらないなんて無理じゃん」

「まあ、孤高にして最強とか憧れますけど、現実的じゃないっすね」


 なんだかんだ仕事でもなんでも人当たりが良くて顔の広い人間ってのがいつの時代も強いのだ。


「うん。だからあたしもベロニカみたいにいろんな人と関わっていろいろ学んで、時には失敗したり傷ついたりするかもだけど……そうやって経験を積んで成長しないとダメじゃんって改めて思い知らされたっていうか……」


「確かに学ぶべきところはあります。ただベロニカの距離の詰め方はちょっと個性的すぎますけど」


 青年が苦笑する。


「挨拶代わりに斬りかかるってどうなんすか? 挙句、自分の奴隷になれとか。ぶっ飛びすぎてて異世界生まれの俺にはついてけませんよ」


「ふふふ、ベロニカってパワフルだよね。あたしはベロニカのようには振舞えないな。でも、あたしなりのやり方はがきっとあると思うんだよね」


「そうっすね。お嬢にはお嬢の良さがあります」


「うん。頑張る。頑張って自分からいろんな人に話しかけるようにする。ちょっとづつかもしれないけど自分を変えてこうと思う」


 ピンクゴールドの少女が決意を込めて胸元で両手をぎゅっと握る。

 同時。高貴なる膨らみがむにょんとスライムのように揺れる。


『お嬢、安心してください! おっぱいランクではベロニカに負けてません!』


 そう青年は咄嗟に思ったがこの空気で言うセリフではないので黙っておく。 

 すると、ピンクゴールドの少女がモジモジと上目遣いで窺ってくる。


「で、でも、その……いざとなったらあたしのこと……助けてねソウジン」


 まるで子犬のように愛らしい。


「はい。もちろんです。そのために俺がいるんですから」


 黒髪青年が優しく微笑むとピンクゴールドの少女が「えへへ、ありがと。頼りにしてるね」と嬉しそうにはにかむ。

 心から余計なことを言わなくて良かったと思う青年だった。


          ◆◇◆◇◆


 洞窟内は昨日と同様に大混雑である。

 だが、昨日と違うのは初見ではないということだ。


「昨日の狩場までとりあえず行ってみよう!」


 すると、偶然にも昨日と同じパーティーが陣取っていて、


「おーい! ピンクちゃーん! こっちにゃー!」

「ソウジン! ワシらの隣を使うがいいぞい!」


 こちらに気づいたモモさんたちが手招きしてくる。


「ありがとう! 今日も隣を借りるね!」

「気にするにゃー! これもなにかの縁にゃ」

「あと! 昨日は二人に挨拶もしないで帰ってごめんなさい! あたしが酔っぱらって寝ちゃって……」

「おう! 構わん構わん! ワシらもお前さんたちを放ったらかして喧嘩に参加しちまったからのう! ガハハハハハ!」


 アフロのドワーフが豪快に笑う。

 有言実行。お嬢がさっそく積極的にコミュニケーションを取っている。

 娘の成長を見守る父親の気分である。独身だけど。


「あの! お隣さんも今日もよろしくお願いします!」


 ぼっちゃり貴族のお坊ちゃんと青髪魔族の奴隷少女にも挨拶を忘れない。

 貴族のお坊ちゃんはこちらを一瞥いちべつして「好きにしろ」と鼻を鳴らす。奴隷少女は主人の不愛想を補うように深々とお辞儀する。


「じゃあソウジン始めよう」

「うぃーっす」


 昨日と同様に青年たちは快調に狩りを進めてゆく。

 いや、ベロニカより譲り受けた黒鉄のロングソードの切れ味が素晴らしく昨日以上にソウジンは絶好調だ。

 黒鉄のロングソードはブロードソードよりも刀身が長く細い。より刀に形状が近く手にしっくりくる。


 お陰で今日はお隣パーティーの様子をチラチラと窺う余裕があった。


 拳闘士グラップラーのモモさんと戦士ウォリアーのダダンさんのコンビは圧倒的な破壊力。

 モモさんはかぎ爪のよう鋭い武器と素早い動きで、ダダンさんは巨大なハンマーでパワフルにブルーシザーズを撃破しまくっている。


 面白いのがぽっちゃり貴族のお坊ちゃんの魔導士系パーティーだ。

 魔核コアを媒介にしているのだろう。青髪の奴隷少女が四つ足のスケルトンを召喚してそれを囮にブルーシザーズを一か所に集め、


【——〈ビックバンボルケーノ〉―—】

 

 お坊ちゃんのど派手な炎の範囲魔法で殲滅してゆく。カニ身の焼けるジューシーな匂いが洞窟内に漂う。

 

「わー、あの奴隷の女の子【死霊術士ネクロマンサー】じゃん」


 ピンクゴールドの少女の反応からして珍しいのだろう。

 

 その時だ。若い冒険者パーティーが断りもなく目の前を横切ってゆく。


「チッ! ここも一杯だぜ? もっと奥行くか?」

「いんじゃね? ブルーシザーズなんてクソ雑魚だしよ」

「だねー、青蟹は弱い人たちに任せてウチらは青海老ブルーロブスター狩ろうよ」


 若者たちは小馬鹿したような会話を聞こえよがし残してゆく。


「なんなの! 感じわるーい!」

「シャーッ! 生意気な連中にゃ!」

 

 エウレカとモモさんがプンプンしている。

 ダダンさんが険しい表情で立派なアゴ髭を太い指で摩る。


「ふむ。若造どもが調子に乗っておるのう。痛い目に遭わねばよいが」

「ああ。洞窟の奥には強敵が出現するんでしたっけ?」

「おう。時よりブルーロブスターに釣られて大型の魔物が深部から来よるんじゃ」


 海老で鯛を釣るなんて言うが、恐ろしい魔物は釣りたくはないものだ。

 ところが、悪い予感ほどよく当たるのは前世も異世界も同じらしい――。


 数十分後、叫声きょうせいが青い洞窟に響き渡る。

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